第二十七話 襲来 上

「第一迎撃部隊――間もなく、会敵します」

「了解」


 俺は、校舎内に置かれた指揮司令部で情勢を見守っていた。

 既に第二迎撃部隊も進発し、迎撃地点へ向かっている。

 ……クレアの奴を説得するのには骨が折れた。


『私は、樹さんの傍にいますっ! 万が一、奇襲部隊がいたらどうするんですかっ!!!!!』


 一理はある。

 だが……無理なのだ。


 俺達と数多の死戦場を踏破した歴戦の九条刀護。

 若手筆頭を謳われる、神無楓。


 本来、この二人の扱いは『戦略予備』。

 国家危急時でなければ、動かしたくない大駒だ。

 おそらく――迎撃を即断できなかったら、統合本部の直接指揮下に収められてしまった筈だ。

 山縣さんが、指揮命令系統を無視し連絡してきたのは、そうなる前に俺の決断を促す為。……つまり、それ程までに危機感を覚えている。

 最初から、最強の『持ち札』を叩きつけるしかない。

 刀護から情報が入る。


『敵影視認。映像、転送します』


 すぐさまモニターに映される。

 情報分析能力に優れている為、司令部に抜擢した三年生が悲鳴をあげ、百戦錬磨の教官達も呻く。


「こんな……こんな数、どうすればっ!?」「……でかいな」「こいつは、厄介だ」「幾ら九条校長でも、全ては仕留めきれないな」


 中央に巨大な深紅の【海月】を有し、その周囲はそれぞれ数百の【鴉】と小型【海月】。まともに戦えば……揉み潰される。

 俺はインカムに触れた。


「刀護、周囲の護衛を狙え。無理に中央の化け物に手を出さなくていい」

『分かってます。油断はしません。そんな言葉は死んでますからね――第一迎撃部隊、今より、攻撃を開始しますっ!』


 裂帛の気合が聞こえ、映像が途切れる。

 上級【幻霊】による小賢しい妨害だ。

 モニターには各員の情報が点滅しているが……これも何処まで保てるか。

 情報を分析していた、三年生が血相を変えて俺を見た。


「風倉教官っ! 第二迎撃部隊から緊急連絡ですっ!! 『我、会敵せり。現在、戦闘中』」

『!?』


 司令部内に動揺が走る。

 別部隊だと!?!! 

 いったい何処から――……『感知に引っかからず、突然出現する【幻霊】』。ここでかっ!

 俺は静かにオペレーター役の三年生へ問うた。


「第二迎撃部隊と連絡はつくか?」

「試みていますが、妨害が激しいです。すぐには……」

「そうか。分かった」


 俺は椅子から立ち上がり、残った教官達を見やった。

 ……皆、若い。死なせられないな。

 務めて冷静に通告する。


「戦況を鑑みるに――此方の作戦案は【幻霊】共に看破されています。まず、此方の主力を引きずり出した上で、別部隊で島を強襲するつもりです。全教官は、全生徒の護衛につき、脱出してください」

「風倉教官はどうされるんですか?」


 若い男性教官――汐留駿しおどめしゅんが背筋を伸ばし質問してきた。

 防衛軍から出向してきている、山縣さんの懐刀だ。

 俺はニヤリ、と笑う。


「無論――この島で迎え撃つさ。作戦を看破され、多くの教官と生徒達までも危険に晒した以上、最低限の責務は果たさないとな」

「そんなっ……」

「引退した風倉だけじゃ無理だろう」


 壁に背を着け、黙って状況を見守っていた筋肉隆々な男性教官が話に入って来た。

 この場で、唯一俺よりも年上な佐伯俊夫さえきとしおだ。

 防衛軍時代の階級は中尉。


「俺も残ろう。これでも、兵庫、京都を生き延びている。足手纏いにはならん」

「……生き残れる保証はないですよ?」

「そんな保証、俺達の戦場にあったか?」


 教官達から失笑が漏れる。確かにそうだ。

 俺は肩を竦め――背筋を伸ばした。


「では、お願いする! 司令部機能は脱出船に。汐留、指揮は任せる。生徒達を頼む!」


※※※


 目の前に群れを為している【鴉】を突き破ると、海面が見えた。

 最高速度のまま、スレスレを飛ぶと水飛沫が上がる。

 味方の【戦乙女】達も同じように飛翔。 

 上空から見られたら、さぞかし壮観だろう。

 インカムに女性――神無教官の鋭い声が響く。


『もう一撃します。危なくなったら、攻撃最中でも即座に離脱を。間違っても、自爆なんて考えないように。風倉教官は、その為に防衛軍から多数の救助船を出す交渉されています。先鋒は私と天羽さんです』

『了解っ!』「……はい」


 教官と三年生達が一斉に返事をし、私もそれに続きました。

 追って来た【鴉】を十分に引き離し――急上昇。

 私よりも一段速く、神無教官が所定高度へ登っていきます。……悔しいですが、樹さんが目をかけているだけのことはありますね。


 眼下には【幻霊】の群れ。

 

 私が今まで倒してきたそれよりも遥かに数が多く、ざっと見て数百はいます

 事前情報と異なり、【海月】はいません。


「……まさか、別同部隊がいるなんて……統合本部の失態ですね」


 私は呟きながら、神無教官の後方へ遷移します。

 普段は、何処かぽわぽわしている女性なのですが……戦場でのこの人は、【白薔薇】コレット・アストリーに似ていると思います。

 女性教官の静かな声。

 

『私達を別部隊で拘束してきた、ということは――おそらく、【幻霊】は更なる別部隊をもって、白鯨島を強襲することを考えている筈です。手早く片付けないといけません。皆さん、私に力を貸してください!』

『了解っ!』

『――ありがとうございます。では、いきますっ!』


 神無さんの普段よりも遥かに大きく見える身体が沈み込み――【幻霊】の群れへ向かって急降下を開始しました。

 私も即座に追随します。 

 見る見る内に、目標の【鴉】が迫って来る中、私は樹さんのことを考えます。

 ……きっと、あの人はとても責任を感じて、迎撃を実施しようとしている。

 そんなことは絶対にないし、みんな、納得しているのに。

 だから――


「邪魔なんですよっ!!!!!」


 私は顕現させた光り輝く【大剣】を振るい、神無教官が貫いた鴉の群れをまとめて切り裂きます。

 行かなくちゃ。あの人の、私を救ってくれた天使様のところへ。一刻も早く。

 ――優しい優しい私の雑用係さんが、命を賭す前に。


 決意を固め、私は空中を駆けながら新たな【鴉】に立ち向かました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る