第二十八話 襲来 中
「風倉教官っ!」「状況は……」
司令部を出ると、廊下では多くの生徒達が待っていた。……地下壕から抜け出したのか。
ギロリ、と護衛役の女性教官を睨むと、困った顔になり何度も頭をさげてきた。勢いに負けたようだ。
俺は佐伯に指示する。
「島の南側で待っていてくれ。ここまでやってのける【幻霊】だ。脱出船を狙うだろうからな」
「ああ、分かった」
「すまん。……さて、お前等」
生徒達へ視線を向けると、戦場に出なかった三年生、そして、二年生と一年生合わせて百名を超える生徒達は一斉に敬礼した。
最前列にいる、大人しそうな三つ編みの三年生が代表して訴えてくる。
「申し訳ありません。ですが――私達も御力になりたいんですっ! 覚悟は出来ていますっ!!」
『お願いしますっ!!!』
「……………駄目だ。許可出来ない」
「風倉教官っ!」「私だって【戦乙女】ですっ!!」
三枝と七夕が声をあげた。
俺は手で制し、諭す。
「お前達の勇気は有難いし、涙が出る想いだ。けどな……今のお前達を戦場に連れて行っても、死ぬだけなんだ。俺は血気に走って、死ぬ奴等を嫌と言う程、見て来た。だからこそ――」
生徒達を見渡す。
皆、目を真っ赤にしながら、俺を見つめている。
……いい生徒達だ。
こいつ等はきっと立派な【戦乙女】になってくれるだろう。
「仲間達と相談して、この学校を作ったんだ。死なす為じゃなく、生かす為に。……重ねて言う、お前達を戦場には出さない。急いで地下の脱出船に全員乗船せよ。俺達、教官はそれを援護する。なに、死にはしないさ。俺の現役時代の異名を知っているか? 如何なる死戦場からも生きて帰ってくる――【死神殺し】と呼ばれていたんだぞ? さぁ、急げ!」
『……はいっ!』
生徒達は返事をし、一糸乱れぬ様子で階段へと向かい始めた。
先程の女性教官へ目で合図。すると、手を合わせ俺を拝み、生徒達の後に続いた。
「…………風倉教官」「…………納得、納得出来ません」
「三枝、七夕」
そんな中、二人の少女が拳を握り締め、その場に留まっている。
俺は苦笑。
……昨日のクレアとそっくりだな。
「納得出来なくてもいい。だけど、退避はしてもらう」
「…………」「それは、私達が弱いからですか?」
「ああ、そうだな」
「「っ」」
二人の少女は唇を噛みしめる。
司令部が置かれている会議室から汐留達が出て来た。
「風倉教官! 防衛軍の偵察機から報告です」
「教えてくれ」
「はい――『白鯨島』東方に【幻霊】見ゆ。ただち退避されたし。以上です」
「了解した。と、いうわけだ。三枝、七夕、その悔しさを涙を忘れるな。そして、強くなれ。クレアよりも、【白薔薇】よりも。明日の授業は、今日の迎撃戦の再現をしよう」
「「……はい。はいっ!」」
「いい返事だ。汐留」
「生徒達は任せてください」
「頼んだ」
俺は同僚の男性教官の肩を叩き、踵を返した。
……東方に現れた未知の部隊。
まただ。また、監視網から逃れやがった。
刀護と神無の部隊を釣りだし、拘束。
別同部隊で島を強襲し、生徒達を狙う。
……これを【幻霊】が指揮しているのだとしたら、今後の戦いは。
暗澹たる思いを抱きながら階段を降りていると、携帯に新たな情報が届いた。
『第二迎撃部隊。敵【幻霊】を殲滅せり。現在、白鯨島へ急行中。第一迎撃部隊に詳細不明なれど、味方の増援あり』
自然と笑みが零れる。
抑え呆れず、声も漏れた。
「はっはっはっはっ」
階段を駆け下りていく生徒達が、驚くのは分かったが止められない。
おいおい、風倉樹。お前、何時からそんなに悲観主義者になったんだ?
昔のお前はどんな逆境をも笑い飛ばし、生き残ってみせただろうが?
確実に、新しい『芽』は育ち、何時の間にか背を伸ばしていたのに、最古参のお前が悲愴感に酔ってどうするんだっ!
そんなことをさせる為に……お前は此処まで生き残って来たのか?
「違うな。うん、違う」
独白し、一階へ降り立つ。
【A.G】を起動し、漆黒に染まった【死神殺し】を展開。
校舎の外へ出て、蒼穹の空を眺める。
――死ぬには悪くない日だ。コレットは怒り狂うだろうが。
黒翼を展開。
地面を蹴り、久しくしていなかった急上昇。身体が軋むも無視。
これで『最後』という覚悟があれば、飛べる。
インカムで、酔狂に付き合ってくれる同僚を呼び出す。
「佐伯、今から広域感知を実施する。把握次第、迎撃を開始。生徒達の脱出船とは逆方向へ【幻霊】を誘導する」
『――了解』
短い返答。あの男もまた歴戦。
俺は嬉しく思いながら、長銃を高く掲げた。
――……今日で打ち止めかもな。
そんなことを思いつつ、引き金を引く。
純白の魔弾が立ち昇り、遥か上空で炸裂。
キラキラとして光が島内を覆っていく。
さて……いったい何が…………すぐさま、インカムへ怒鳴る。
「佐伯っ! 当方は欺瞞だっ!! 本隊は西、ちっ!」
『風倉少佐っ!!』
直上から襲い掛かって来た【鴉】の群れを躱す。
その数、数百。感知に引っかからなかっただと!?!!
混乱しつつも、今度は司令部へ叫ぶ。
「汐留っ! 教官を先に出撃させて、脱出船を守れっ!! 主力は小型の【海月】だ。自爆を狙って来る。絶対に近づけさせるなっ!!!」
『っ! り、了解っ!!』
再び襲い掛かってきた、鬱陶しい【鴉】を銃剣で切り裂く。
――こいつ等は俺の広域感知の範囲を知り、避けた。
つまり、
「俺の個人的な情報を、【幻霊】が把握していやがるってのかっ!? 俺も、有名人になったもんだぜっ!!!」
悪態を吐きながら、悲鳴をあげる身体に鞭うち、魔弾を放つ。
すると、【鴉】達は一斉に散開。
直後炸裂するも、半数以上が黒線を回避した。……間違いない。
【幻霊】が【A.G】の特性を理解しているっ!!!!!
不用意に突っ込んで来た【鴉】数体を、銃剣で斬り捨てながら俺は呻いた。
……限界が近い。
だが、倒れるわけにもいかない。
戦闘に入ったことで、通信は断絶してしまっている。少なくともこの情報を、刀護か山縣さんへ伝えるまでは、死ねないっ。
「まったく難儀だぜっ。まぁ、前からだが」
愛銃を握り直し、俺は未だ二百体はいる【鴉】に囲まれながら独白した。
……今度ばかりは、死ぬかもしれない。それでも。
「可愛い生徒達もきっと、下で見ているでな。無様な戦いは出来ないんだよっ! 悪いが、最後の最後まで付き合ってもらうぞっ!!!!!」
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