第二十二話 神髄 下
「お、みんな、早いな。感心感心」
昼飯を食べ終え、訓練場へ出向くと、授業開始時間30分前だというのに、一年一組の生徒達は全員準備を整えて、自主練に励んでいた。
先程まで、山盛りサラダで泣きべそをかいていたクレアが嫌そうに呟く。
「……はぁ。どうして、こう真面目な人ばかりなんですかね……私として、樹さんと二人きりの時間を過ごしたかったんですが……」
「風倉教官だ。三枝、七夕」
既に【A.G】を展開し、熱心に話し合っている委員長と副委員長の名前を呼ぶ。
すると、二人はほぼ同時に振り返り、駆け寄ってきた。
「風倉教官っ!」
「普段よりもお早いですね。……神無教官が来られるからですか?」
「七夕は普段よりもキツイな。そうなんじゃないって。一緒にも来てないだろ?」
少女の追及を受け流し、俺は近くのベンチに腰かけた。
数名の生徒達が翼を形成し、各々飛翔訓練をしている。
先日行った後も、きちんと自習を繰り返していたのだろう。戦闘は不可能でも、ゆっくり飛ぶことは全員が出来るのようになっている。
【A.G】の発現条件は、未だに大部分が判明していないが、長年見て来た身からすると、本人達の精神性に準拠しているように思う。
この学校に入学して来る少女達のバックボーンは様々だけれど、共通しているのは、心に『芯』を持っていること。そして、それは……【幻霊】なんていう怪物と戦う上で、最も必要なものの一つなのだ。
神なんて存在がいるとは思えないものの、【神の恩寵】なんて代物をその身に受けるには、相応の【器】が必要なんだろう。
最初の飛翔訓練でボロボロだった少女達が、たった数日で此処まで成長してみせる――教官としては誇らしく、同時に重圧もかかる瞬間だ。……死なせない為に、俺も最善を尽くさねぇとな。
そんなことを考えながら、訓練を眺めていると三人の少女達が俺を難詰してきた。
「……風倉教官」「……あ、あの」「目つきが嫌らしいです。通報しても?」
「今日は酷いぞ、お前等っ!?」
「いいえっ! 酷くありませんっ!!」
「……あ、あんまり、見るのは良くないと思いますっ!」
「生殺与奪の権利を持っているのは私達なことを忘れないでください」
「分かった、分かった」
俺は両手を掲げ、降参する。
クレアと七夕はともかく、三枝に言われてしまえば仕方ない。
タブレットを取り出し、俺は動画を見始めた。
「? 何を観て――……風倉教官、ダウトです」
「はぁ? お前は何を言っているんだ。こいつは、今日の授業で必要なんだよ」
紫髪の少女は俺のタブレットを覗き込み、断じてきた。
小首を傾げ、あしらう。
すると、珍しくクレアが三枝と七夕の援護を求める。
「三枝さんと、七夕さん――でしたっけ? こっちへ来て確認を。教官と私、どっちが正しいのか判定してください」
「え? あ、は、はい」「……別に構わないですけど」
「お、おい?」
二人の少女は俺の後ろに回り込み、覗き込んで来た。
……いや、傍目から見たら、この光景の方がマズイんじゃ?
動画を確認した七夕が口を開いた。
「――教官の有罪です」
「いや、どうしてそうなる。三枝、お前なら分かってくれるよな?」
「え、えーっと……か、神無教官の訓練映像をどうして、見ていらっしゃるんですか? 理由次第で判断したいです」
「お、おぉ……」
黒髪眼鏡な優等生が、淡々と俺に尋ねてくる。
……味方が、味方がいねぇ。
現役時代、コレットにもこうやって虐められたことを思い出し、涙が零れ落ちそうになる。あの時のあいつも理不尽の極みだった。
どーして、自分よりも巧いエースの映像を見ていて、怒られるのか。未だに理解出来ん。
俺は溜め息を吐き、少女達に説明する。
「言ったろ? 授業の確認だ。今日の『仮想敵』の役は、神無だからな。俺の知る限り――こと、高速性を活かした『一撃離脱』なら、あいつは日本でも五指に入る。一年で、S級の神髄に触れる機会なんてそうそうない。少しでも、お前達に学んでもらいたいし、神無自身にも成長してほしいからな。全部確認したんだよ」
「「「!」」」
少女達が目を見開き、硬直した。いや、そこまで変なことは言ってないが?
訓練場に、若く小柄な女性――神無楓が、教官服を身を纏い入ってきた。
俺を見つけ、緊張した様子で近づいて来る。
「風倉先生、お待たせしましたっ! ……あ」
「神無、お前まで間違えてくれるな」
「す、すいません」
聞いていた少女達から、笑い声。
かつての教え子は、生徒達からも親しみやすい、と人気があるのだ。教官服を着ていても、十代前半にしか見えないしなぁ。……胸以外は。
「む……風倉教官?」
「天羽、お前は今日、神無と最初は組め。その後は三枝、七夕とだ。高速戦闘への対処方法を、クラスメートに教導するのが、お前達の課題となる」
「「「!」」」
機先を制し命じておく。
一組の中では、クレアが図抜けているのは間違いない。
……が、強いだけの【戦乙女】は早死にする。
【白薔薇】コレット・アストリーも、当初は糞生意気なガキで、自分本位だったが……あいつは自分自身を変え、成長し、英雄となった。
むくれ、俺を睨みつけている少女にもそうなってほしい。
神無が生徒のように挙手した。
「風倉教官! 質問です」
「何だ?」
「――本気でやっても?」
「お前が学生だった時分、俺はどうしてた? それくらいだ」
「了解しました。つまり『骨が綺麗に治るよう、綺麗に折る!』ですね? 任せてっくださいっ! 成長を御見せします♪」
「「「……………」」」「…………程々にな」
笑顔で怖いことを言い放った小柄な教官に慄いた少女達が、俺へ咎めの視線を向けてきた。
……いやまぁ『S級』って空に上がると、基本的には『怪物』しかいないからなぁ。多分、単純な戦闘力だけなら、神無は現役時の俺よりも強いだろうし。
タブレットを切り、クレア達に淡々と告げる。
「訓練場でなら、何度だって心を折られてもいいんだよ。何せ――死なないからな。それを糧にして進んでくれ」
「……風倉教官」
「うん?」
クレアが頬を膨らまし、俺を睨んできた。
珍しく、本気で怒っているようだ。
「教官は、私でも神無教官に勝てないと思っているんですか?」
「勝てないな」
「っ! そんなこと――っ!?」
俺は魔力の小さな塊をクレアへぶつけるのと同時に、立ち上がって首元に指を置いた。驚愕し、その場にへたり込んだ少女に手をひらひらさせる。
「はい、今、死んだぞ? お前」
「っ……ず、ずるいですっ! い、いきなり、こんな……」
「うん、そうだな。でもなぁ……」
何時の間にか、生徒達も俺の言葉に耳を澄まし、神無は微笑んでいる。
……学生時代に何度か、あいつにもしたな。
「【幻霊】を相手にするってのは、こういうことだ。天羽、お前は確かに強いよ。一昔前なら、今すぐにでも戦場へ出ている。……でも、それだけじゃ生き残れない」
「…………」
「覚えておいてくれ。学べるこってのはな? 恐ろしく贅沢なことなんだ。頼むから、それを放棄するな。気に喰わなくても、全てを吸収して、生き残って偉くなれ。俺のことを、好き勝手出来るくらいにな――整列っ!」
生徒達が一斉に駆けて来た。
俺はクレアの手を引き立ち上がらせ、宣告した。
「これより、模擬実戦を開始する。今日は神無教官も参加してくれる。敵わなくても――全力で喰らいつけっ! 教官は高速戦闘の名手だ。その神髄に触れる機会を無駄にするな。前半は、教官と天羽が『仮想敵』。その後、フィードバックを行い」
『!』
【A.G】を展開。
黒くぼんやりとした長銃を手にする。
「後半の『仮想敵』は俺が天羽と代わる。狙い目はどっちか分かるな? お前達に、労わりの心があるならば、引退した【A.G】使いを標的にしないように」
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