第三章

第二十一話 神髄 上

「――あら? もう終わり??」

「くっ!」


 地面に叩き落とされ、両手両膝をつき、ボロボロな僕へ頭上の『怪物』は、極寒の問いかけを発した。

 光り輝く金髪と純白の八翼。手には神々しい片手剣を持ち、身体には白銀の軽鎧。


 『世界最強』の【A.G】使い――【戦乙女】コレット・アストリー。


 普段、仲間内に見せている幼さは影も形もなく、そこにいるのはただただ絶対的な強者。

 現に、僕の全力攻撃は悉く凌がれただけでなく、明らかに手加減をされている。

 近日中に開始される予定のロンドン奪還作戦は、全世界の【A.G】使いが集結するし、模擬戦で参加不能に陥ったともなれば、笑い話にもならないからだ。

 だがしかし、よもや……これ程の、これ程の差があるというのかっ。

 僕とて、数多の死戦場、激戦場を超え、修練に修練を重ねてきた。

 撃墜スコアだけを見れば、【最古の五人】の一人にして、『最弱』と揶揄される【魔弾】風倉樹に勝ってもいる。


 その僕が、子供扱い……否。弄ばれているっ!  


 吹雪の如き極寒の視線を私へ向け、少女が問うてくる。


「……で? 何処の誰が『最弱』で、誰より数段勝る、ですって?? 草野誠一郎、だったかしら? 貴方、幾度かイツキと組んでいるわよね? なのに、どうして、イツキを貶める発現を公然としたのかしら?」

「………………そんなの決まっている」


 僕は大槍を支えに立ち上がり、翼を再構築させた。

 穂先を向けながら、答える。

 

「僕の方が、風倉樹よりも優れているからだっ! 確かに、あの男が勇敢なのは認める。死地へ飛び込み、都度、生きて帰って来て居るしぶとさも。……だが、彼よりも、僕の方が下、という評価には到底納得出来ないっ!! かつてはそうだったかもしれないが、今の僕は既に彼を超えているっ!!!!!」

「…………哀れね。こんな時代でも、他者と比べることでしか、自分のアイデンティティを維持出来ないなんて」

「っ!」


 直截的な侮蔑に、歯軋りする。

 怒りが沸々とこみ上げ、僕は大槍を両手で握り締めた。

 怒号を発し、


「【最古の五人】の内、彼だけが明確に劣っているのは事実だっ!!!!!」


 地面を蹴って、急上昇。

 少女の上へと遷移し、全力で急降下を敢行する。

 【A.G】顕現後、数多の【幻霊】を葬り去ってきた必殺の一撃だ。

 対して、【戦乙女】は動かず、不思議そうに僕を見た。


「――…………劣っている?」

「っ!?!!!!!!」


 その瞳に捉えられた瞬間、怖気が走った。

 心臓を握りつぶされたかのような感覚。

 これは……これは、【幻霊】の長と遭遇した時に同じ――


「……愚者ね」

「! がっ!!!!!」


 突如、少女の姿が消失し、気付いた時には顔面を不可視の【手】で握られていた。

 ミシミシ、と頭蓋骨が嫌な音を立てて、凄まじい激痛が走る。

 これは……これは、何だ? 本当に【A. G】なのか!?

 少女が淡々と事実を叩きつけて来る。


「貴方は、表面上の数字でしか物事を見ていない。撃墜スコア? いったい、誰と競争しているの?? 【幻霊】に見せたら、怖がってくれるの??? ……世界が滅びかかけているのに、そんな数字を追いかけても無価値。無意味。唯一、意味があるとしたら――何人の人を救えたか」

「ぐっ、がっ! や、やめ……」


 僕は必至に身体を動かし、拘束から逃れようとする。

 だが――外れない。

 魔力を全開にしているのに、目の前の少女の小さな手はびくともせず、身体を守ってる障壁すらも異音を放ち始める。

 対して、少女は誇らしそうに顔を綻ばせた。


「――イツキは、この人がたくさん死に過ぎた世界で、誰よりも多くの人々を救ってきたわ。貴方が、撃墜スコアなんてものを稼いでる間、彼は瓦礫をどけて、小さな子供達や老人を救助していたの。仲間が【幻霊】に包囲された、と聞いたら、どんな死地だろうと助けに行って、何度も何度も救ってきた。……上か下か。これはそういう話じゃない。そういう次元で話してもいい事柄でもないの」

「~~~~~っ!」


 次の瞬間――僕の身体を地面に叩きつけられた。

 土煙が舞い、【A.G】が砕け散る感覚。

 頭上から、怪物が傷を抉ってくる。


「――貴方には同情するわ。イツキと幾度か組んで、理解してしまったのよね? 自分は、彼にはなれないって。自分は『英雄』ではないんだって。だから、勝てそうな撃墜スコアなんて子供の遊びに走ってしまった。嗚呼、残念。イツキの凄さを理解出来なければ、貴方は今でも頼りになる【A.G】使いだった」

「……黙れ」


 周囲の景色が崩れていく。

 純白が蠢き、僕の身体を侵食していく。

 ――少女の細く白い指が頬をなぞる。


「可哀想な誠一郎。でも、こうやって【白薔薇】に虐められたかもしれない記憶に縋ってる。あの時の貴方は、最初の一撃で気を喪ってしまった。全力攻撃をすることもなく、完膚なきまでに敗れ去った。油断していたのよね? ……だからこそ」

「……………黙れ」

 

 辛うじて反論し、顔を上げる。

 そこにいたのは白髪白目の少女。


「貴方はロンドンという街で、A.G。あろうことか、今まで、たくさん、たくさん、倒して来た【鴉】に不覚を取って、自分自身の存在意義をも喪った」

「黙れっ!」

「でも――今度は大丈夫」


 少女を振り払おうとするも、手応えはない。

 後ろから抱きすくめられる。


「貴方は新たな【力】を得た。その力を持ってすれば、貴方を馬鹿にした連中全員を跪かせることだって出来る。そして――東京を解放すれば、貴方はなりたかった、『英雄』になれる」

「………………当然だ」


 立ち上がり、拳を握り締めた。

 ――当然だ。

 その為に私は、何もかもを……捨てたのだから。


※※※


 意識が覚醒し、私はベッドから起き上がった。

 ……嫌な夢を見たように思うが、思い出せない。最近は、起きると酷く疲れていることが多いように思う。

 此処は、愛知県名古屋市。

 防衛軍兵器局が保有している宿舎。そして、私は高坂誠一郎だ。

 私は脇机に置かれていた資料を手にする。


『人造A.G【亡霊】実験データ』


 細かな数値を確認しながら、考え込む。

 【亡霊】は、既に下級の【幻霊】を問題にしない。

 だが……限界も見えつつある。


「細かな連携は、やはり無理、か」


 【亡霊】の中身が人ならば、可能だろうが……殺される可能性は高い、と言って通る会議なぞ、今の日本にはない。

 遠隔操作で操った場合、逆探知される場合がある。

 と、なると……選択する攻撃方法は絞られてしまう。


「一撃離脱、か」


 かつて、現役時代の私が得意とした戦術だ。

 上空に遷移し、敵へ突撃。

 急降下したまま一撃を加えたら、離脱。

 再び上昇し、一撃。

 これを幾度も幾度も繰り返す。

 幸い、中身が人でなければ、超高速で突撃させる手も採用出来る。


「そうなれば――統合本部の馬鹿共も、理解するだろう。【戦乙女】なぞに、【A.G】なぞに頼る愚かしさに。大々的に【亡霊】の存在を知らしめる良い機会を見つける必要があるな……」


 私は独白しながら、周囲を歩きまわる。何か良い手はないだろうか。

 考え込みながら、冊子を捲っていく。

 すると、雑多な情報も記載されていた。


『A.G戦技習得学校の生徒達は、白鯨島周辺で模擬戦を行ってる模様』


 ……ふむ。

 これは使えるのではないか?

 私は思案し、おもむろに携帯を取り出し、の番号を発信した。

 ――面白い。

 まだ、尻どころか、身体にも殻を着けている連中に、私の【亡霊】達の力を見せつけてやるとしよう。

 そうすれば、


「私と、愚劣な風倉との差を白日の下へ晒すことにもなる。一撃離脱の神髄、思い知らせてやるとしよう」

 

  

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