第二十話 同僚 下

 自室に戻ってシャワーを浴び一休憩をした俺は、刀護へ電話をかけた。

 ワンコールで出る。

 ……俺の後輩達はすぐ電話に出なけれならない、なんてルールはないんだが?


『はい、九条です。先輩、お早いお帰りですね』

「ちょっと色々あってな。休日にすまん。大丈夫か?」

『大丈夫ですよ。妻と娘にバレるのはまずいですが』

「ああ……そうだよな」


 俺は、気軽に電話してしまったこを後悔する。

 刀護は若くして美人な嫁さんと結婚し、可愛い娘さんもいるのだ。

 『九条』の若き当主にして、国家を守護する【戦乙女】育成機関の長という重職を務めていて、家族と会うのは一ヶ月でも数日に過ぎない。

 映像で幾ら顔は合わせられても、それは話が異なるだろう。


『妻と娘は先輩が大好きなので、僕だけが電話をしているのがバレたら……』

「そっちかよっ! 相変わらず、というかなんというか……まぁいい。小田原であったことは聞いているな?」

『今度、絶対遊びに来てくださいね。はい、一通り聞いています。山縣さんが不気味がってました』

「どうして、兵器局の実験部隊が【幻霊】をピンポイントで迎撃出来たのか、だな」


 冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。

 コップを取り出し注ぎながら、情報を共有する。


「天羽の爺さんとも話したが、統合本部の兵器局は何せ閉鎖的な所だ。【A.G】の台頭以来、一般的な兵器はどうしたって二線級に凋落しちまったし、魔力補助装置や東京を囲っている【魔力壁】も、五名家の研究機関が開発した」

『結果、各兵器に対する効率的な整備研究が主になってしまい、予算も削減され続けていた。なのに――その実験部隊が、通常兵器では倒せない【幻霊】を討伐した。山縣さんの話だと、統合本部内でも、潜んでいた反【戦乙女】派の人間達の行動が活発になりつつあるそうです。一波乱、来そうだと』

「流石は名参謀。俺も同意見だ」


 ソファーに腰かけ、ノートを開く。

 電話が終わったら、神無の所へ行かねば。そこまで呑むつもりはないものの、相談内容は忘れないようメモしていこう。


「刀護、草野を覚えているか? 何度か、一緒に戦ったあの優等生気質だけど、頼りになる前衛だった」

『…………草野? ああ! 草野誠一郎ですか? ロンドン奪回戦の前に、コレットさんへ挑んで、大敗してましたよね』

「コレットと? ……いや、その話は知らんが。ロンドンの前にそんなことがあったのか??」

『あ……』

「刀護?」


 後輩が息を呑み、沈黙した。

 ロンドン奪回戦前、俺は珍しくコレットと別行動を取っていた。

 どうやらその僅かな期間中に、草野とコレットは接触していたようだ。

 恐る恐る、といった様子で刀護が口を開く。


『……コレットさん達に、先輩には内緒にしておいた方がいい、って言われたのを忘れてました』

「その口振りだと、あんまり良い話じゃなそうだな」

『はい。聞いても、気分を害されるだけだと思います』

「……俺絡みか?」

『先輩絡みです。あのコレットさんが、わざわざ決闘を受けて、何の躊躇いもなくボッコボッコにした事実だけはお伝えしておきます』

「あ~――……」


 呻く他に言葉を持たない。

 正直言って、俺の中で『草野誠一郎』は決して悪い男として記憶されていない。

 むしろ、何度も死にかけた戦場を共に生き延びた戦友。

 ――だからこそ、分からない。

 あいつが、わざわざ【亡霊】部隊なんてものを創設し、俺へ自分の存在をアピールしたのかが。

 麦茶を一口飲み、事実だけを伝えておく。

 

「例の実験部隊、率いているのはその草野だ。部隊名は【亡霊ゴースト】。姓も『高坂』に変わったらしい」

『…………急ぎ調べます』

「頼む。俺も神無にこれから頼みに行く。ああ、あと訓練補佐にもついてもらうつもりだ。」

『神無に、ですか? 補佐の件は構いませんが……先輩、単独行動は危険です。外見こそ、ちんちくりんですが、あいつからはコレットさんと同じ気配を感じます。油断していると、書類に捺印する羽目に――』


 電話越しに「パパ―、誰とおはなししてるのー? あ! もしかして、いつきおじちゃん!? かわって、かわってー」という幼女の声。

 俺は微笑ましく思い、刀護へ告げる。


「可愛い娘さんの相手をしてやってくれ。詳細は明日にでも話そう」

『はい、先輩。――お気をつけて』


 通話を終え、麦茶を飲み干す。

 まるで、戦場にでも送り込まれるかのような言い草だわな。

 苦笑しながら俺はペンを取り出した。

 ――時刻は17時半。

 神無との待ち合わせは18時半だから、頼み事をリストアップする時間は十分あるだろう。


※※※


 『A.G戦技習得学校』の教官職は、【幻霊】出現後の社会的価値感からすると、かなりの地位だと言える。

 当初、『得体の知れない、怖いもの』という認識をされていた【A.G】も、戦いが恒久化した今の日本において、蔑むれることは激減したし、防衛軍も広報には積極的だ。


 そして、何より――【戦乙女】達の存在。


 可憐な少女達が恐ろしい【幻霊】達に挑みかかり、苦戦の末、勝利を収める映像程、再生されたものはない。

 ――今、俺が眺めている映像もその一つだ。

 巨大な【海月】が、一人の【戦乙女】によって、切り刻まれていく。

 戦法は超高速一撃離脱。

 単純明快だが、効果的かつ強力だ。


「お、お待たせしまし――……! か、風倉先生っ!? な、何を見ていらっしゃるんですかっ!?!!」


 キッチンから戻ってきた、エプロン姿の小柄な若い女性――神無楓がトレイを持って帰ってきて、俺を見るなり慌てふためく。

 部屋の内装もそうだが、普段の可愛い系ではなく、清楚に思えるから不思議なもんだ。トレイの上の小鉢をテーブルへ置きつつ、答える。


「ん? 明日の教材だよ。美味そうだ。肉じゃか、か?」

「あ、は、はい。急いで作ったので、あんまり染みてはいないと思います……角煮と煮卵も……サラダもあり合わせ……」

「わざわざすまん。俺も土産を出すとしよう」


 五名家の御令嬢が料理をねぇ……これも時代か。

 考えてみれば神無は従軍していたし、出来ても不思議じゃない。

 俺は内心でそんなことを考えつつ、三合瓶を取り出した。


「天羽の爺さんからくすねてきたんだ。結構、呑める、と聞いている。座ってくれ」

「! 天羽の老公の……。し、失礼します」


 緊張した様子で、神無は俺の前の椅子に腰かけた。

 小鉢と箸、猪口を差し出して、褒め称える。


「帰りの船から、お前が三年生達を訓練しているのが見えてな。山縣さんが会う度に『神無大尉を返してもらいたい』と言うのが分かるよ。飛翔技術は、此処にいた頃よりも遥かに向上しているな。大したもんだ」

「お、お恥ずかしい……私なんて、風倉先生に比べればお尻に殻のついた、ヒヨコ同然で……」

「天下のS級にそう言ってもらえるのは有難いんだが、俺はもう引退した身だよ」


 冷酒を開けていると、携帯が微かに震えた。

 誰かは分かっているので無視する。さっきから何度目だと。


「あ、私が……」

「いいって、いいって」


 神無を制し、二つの猪口に冷酒を注ぐ。

 手に取り、掲げる。


「今日は、お前さんに頼み事をしたくて来たんだ。これくらいはな。お疲れ」

「お疲れ様です」


 綺麗な所作で、教え子兼同僚は冷酒を飲み干した。

 いい飲みっぷりだ。……あの神無楓が、酒をなぁ。

 しみじみとしならが、肉じゃがを一口。


「お、美味いな」

「ほ、本当ですか? ……良かったぁ」


 神無は未だ幼さの残る顔を幸せそうに綻ばせた。

 空いた猪口に冷酒。グラスに冷や水を注ぎ、置く。


「同量の水を飲まないと駄目だぞ?」

「はい♪」


 二人でほんわかしながら、酒と料理を楽しんでいると再び携帯が震えた。

 ……あいつなら突撃してきそうで怖い。

 俺は角煮を箸でかきながら、同僚の目を見た。


「神無、折り入ってお前に頼みがあるんだが……嫌なら断ってくれて」

「何なりと。島に着任する前も、父と母から『風倉少佐の言いつけを守るように。あの御方は国を守り抜いた英雄なのだから』と。私も、学生時代だった頃からそう思っています」

「…………」


 過分な評価が面映ゆい 

 他の四人と異なり、俺は脱落した身。英雄なんかじゃ決してないのだ。

 頬を掻くと、上品な笑い。


「……おい」

「すいません。風倉先生が、私の前でそういう顔をされるのがおかしくて。大人になるのって、良いことですね」

「時の流れを感じるよ。端的に話そう。一つ目の頼みは――『高坂誠一郎』。この男を調べてもらいたい。かつての姓は草野という。【A.G】使いだ」

「畏まりました」


 あっさりと神無は承諾し、空いた俺の小鉢に肉じゃがをよそった。

 携帯が三度振動。

 素直に、かつての教え子に質問する。


「……理由、聞かないのか?」

「必要ありませんから。風倉先生が、教官ではなく『神無楓』を必要とされている。それだけで重大事だと認識しています。――……でも、そうですね」


 神無が、猪口を片手に微笑んだ。

 かつての生徒でも、同僚でもない――妖艶な大人の女性のソレ。


「出来れば、御褒美をいただきたいです」

「ふむ……具体的には?」


 冷酒をつぎつつ、魔力を探る。

 ――扉の外にいるのは三人。

 クレアはともかくとして、あの二人もか。

 当然、神無も気づいているが反応せず、猪口を大事そうに両手で持った。


「考えておきます。もう一つは何でしょう?」

「そっちの方が単純だ」


 玄関が開き、三人の少女――クレア、三枝、七夕が中に駆けこんできた。

 俺は左手をひらひら。


「お、来たな」

「『お、来たな』じゃないですっ!」「か、風倉教官……」「いい身分ですね」


 三者三様の反応を見つつ、俺は神無に片目を瞑った。

 二つ目の依頼を告げる。


「明日から、俺と一緒に、一年一組の戦技訓練に参加してもらいたい。項目は高速戦。クレアと組めるのは、全教官の中でお前だけだ。……これは直感なんだが、近い内に高速戦闘が必要になると思う。どうか、よろしく頼む。一撃離脱の神髄、ヒヨッコ達に叩きこんでやってくれ」

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