第十九話 同僚 上
「樹さん、樹さん、見えてきましたよっ!」
「んー?」
行きの船と同様、船首で風景を眺めていたクレアが飛び跳ねながら報告してきた。
俺は、甲板に置かれているベンチから立ち上がる。
――水平線上に、白鯨島がゆっくりと見えて来た。
今日は休日なので、当然、授業もない筈なんだが……島の上空に複数の輝き。
間違いない【A.G】の残光だ。
訓練場内ではなく、島の沖合に出ることを許されているのは一部の生徒達と教官だけなので、自主的な模擬戦でもしているのだろう。
クレアが額に手をやり、目を細める。
「ん~……流石にこの距離だと見えないです」
「眼だけで見ようとしているからだ。――……三年が四人。教官が一人。格上と相対した時の対処訓練だな」
俺は、時折光る魔力から状況を推察する。
生徒達が誰だかは分からないが……教官は多分、神無だな。
鋭角的な飛び方は見覚えがある。
あいつが教官として、島に戻って来た時は驚いたもんだったが……性格に似合わない、飛翔法は相変わらずのようだ。
三年も実戦経験を相当積んでいるように見えるが。翻弄されている。
クレアが目を瞬かせ、何とも言えない顔になった。
「……樹さんって、変ですよね、やっぱり」
「失礼な奴だな。お前なら、もう少しすれば見えるようになる。あと、島に戻ったら、呼び方を戻せよ?」
「樹さんって呼びますっ!」
「…………はぁ」
ない胸を張った少女をジト目で見やり、俺は視線を島へ戻した。
必死に抗戦していた生徒達の陣形が、神無によってズタズタにされていく。
……超高速戦闘も今後教え込む必要があるかもしれんな。
上級の【幻霊】は、代表的な種として【海月】が有名だが、過去には鳥型のそれも出現している。
その際は、徹底的な索敵と連携で直線に誘い込み――俺が射抜いた。
俺達の中で唯一、超高速接近戦をこなした【白薔薇】様曰く『私かイツキがいなかったら、面倒』。
つまり――殆どの【戦乙女】はまともに戦っちゃいけない相手、という意味だ。
今の生徒達は、実戦に出るまである程度の時間が与えられているとはいえ、無尽蔵じゃない。
教官は、自分の経験と最新事例を鑑み、最良の教育を生徒達に与えなくてはならないのだ。
それが、生徒達の戦死率をコンマ1でも下げると信じて。
問題は、神無以外に超高速戦闘をこなせる者がいない――兆候少女が俺の左袖を引っ張ってきた。
「樹さん? どうかしたんですか??」
「――……ああ、そうか」
「???」
俺は少女を見つめ、得心した。
教導役が一人じゃ足りない。
でも――神無に匹敵する速度を発揮出来る【戦乙女】が目の前にいる。
問題は、
「話をしないといけない、ってところか。あいつに頼み事をするのはなぁ……。とんでもなく忙しくても、安請け合いしそうなんだよなぁ…………」
「う~! い・つ・き、さんっ!! さっきから、何の話をしているんですかっ!!! 私にも分かるように説明をしてくださいっ!!!! ……もしかして、今朝見た、戦闘の件、ですか?」
「あ~……違う違う。それとは直接的に関係はない。間接的にはあるが」
「結局、あるんじゃないですかっ!」
クレアが眦を上げ、肩を怒らせる。
――統合本部兵器局実験部隊【
かつての戦友にして、現役を引退した筈の高坂誠一郎率いる、【人造A.G】による部隊。
天羽の爺さんの。話だと、今朝方殲滅したのは【鴉】の群れ。
ここ最近、相次いでいる感知されていない【幻霊】だ。
部隊編成は最重要機密らしく一切不明だが、歴戦の高坂のこと。一段一段、階段を上げていくつもりだろう。
あいつが何を考えているかは、現状だと皆目見当もつかないが……少なくともこれだけは言える。
かつての戦友の声色には、【A.G】に対する底知れない憎しみが感じ取れた。
共に死戦場を超えた、あいつの身に何があったのかを俺は知らない。
知らないが……あの男は馬鹿じゃない。
確たる目算があって、【人造A.G】なんて代物を作り出したのだろう。
何れは、現在【戦乙女】達が担っている【幻霊】討伐任務を奪いに来る。
自分の目的を果たす為、今以上の権力を獲得する為に。
……人ってのは、本当にどうしようもねぇ。
ただまぁ――俺はクレアの頭に手を置いた。
「そう怒るな。少し根回しが必要だが、お前にも手伝ってもらいたいことが出来た。勿論、嫌なら断っても」
「何でも言ってくださいっ! 樹さんの為なら、私、頑張っちゃいますっ!! その代わり、明日からの授業はサボっても」
「それとこれとは話が違う」
「……樹さんの意地悪ぅ……」
「そうだぞ? 俺は意地悪なんだ。【死神】すらも殺すくらいには、な」
船の上空を舞っていた防衛軍の【戦乙女】達が高度を上げ、高い技量を見せつけるように、宙返りや急降下を繰り返す。
インカムから若い女性の声。【妖精部隊】の隊長だ。
『風倉少佐殿、申し訳ありません。部下達が、どうしても技量を御見せしたい、と』
「見てるよ。大したもんだ。超高速戦闘の訓練は優先外だが、きっちりと押さえているみたいだな」
『少佐殿の戦訓を参考にさせていただいておりますので。――では、そろそろ御暇致します』
「ありがとう。武運を」
『有難くあります。少佐殿も』
嬉しそうな声が聞こえ、通信が切れた。
俺達が見ている前で、四人の【戦乙女】達が一斉に急上昇。
魔力の尾を残しながら、本土へ向かって飛び去って行った。見事な技量だ。
クレアが目をパチクリし、腕を組んだ。
「ふ~ん……中々やりますね」
「参考にしろよ? わざわざ見せてくれたんだ。お前の為にな」
「……私じゃなくて、樹さんに見せたんだと思います」
「古参の【A.G】使いは、新米を大事にするんだよ。じゃないと自分の負担が何時まで経っても減っていかない」
「……う~」
納得いってない様子の少女に苦笑しつつ、俺は携帯を取り出した。
白鯨島上空で行われていた模擬戦も終了したようだし、今なら出れるだろう。
かつての教え子である同僚に通話。
ワンコール待たずに出る。
『はいっ! 神無ですっ!!』
「風倉だ。すまん、今」『大丈夫ですっ! 暇を持て余していましたっ!!』
生徒達の文句が聞こえ、少し遅れて同僚の『静かにっ! 大事な電話なんですっ!!』という声。
……最近はしっかりしてきた、と思ったんだがなぁ。
『お待たせしました。何でしょうか?』
「頼み事があるんだ。今晩、部屋へ行っていいか」
『!?!!!!!!』
「樹さんっ!?!!」
神無が声にならない動揺の叫びをあげ、クレアも愕然。
……いや、そこまで変な事は言っていないような?
俺は片手で少女を押し留めつつ、同僚に念を押す。
「土産の美味い日本酒がある。それを明日の授業に影響がない程度に呑みつつ、相談させてくれると嬉しい。つまみは任せていいな?」
『――……お任せください。不肖、
「お、おぅ……あんまり気負わなくていいからな。それじゃ、後に」
『はい。失礼致します』
通話を切る。
……あいつ、気合を入れ過ぎなんじゃ?
そうこうしている内に、クレアの身体がふわり、と浮かんだ。
瞳を淀ませ、問うてくる。
「……いつきさぁぁぁん? 公然と浮気ですかぁ……」
「……どうして、そうなる。ほら、もう着くぞ」
俺は少女に構わず、鞄を手にした。
白鯨島の港が近づいて来る。
一泊二日しか離れていなかったんだが、『帰って来た』と思うのは、それだけ馴染んだってことなんだろう。
背中に声が投げかけられる。
「あーあーあー! ま、待って、待ってくださいっ!! 樹さんっ!!!」
「待ってるから、早く来い。歩きながら説明する――お前にも関係することだからな」
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