第四章

第三十二話 線香 上

「ふ~ん……そうか、草野が此処で出て来たのか」

「はい…………」


 夕方、俺は見舞いに来てくれた神無に、会議のあらましを聞いていた。

 クレアはいない。

 何せ――帰さないと何日でも病室にいる勢いなのだ。そして、そういうことを平然とやる奴でもある。

 仕方なく、帰省する選択をしなかった三枝と七夕呼び出し、連れ帰ってもらった。

 ……まぁ、一週間ぶりに顔を合わせた二人にも、散々泣かれた挙句『絶対に、絶対に、教官を辞めないでくださいっ!』と詰め寄られたのだが。

 ベッド脇に座る、神無は膝の上に小さな拳を置き、身体を震わせている。


「その結果、途中から会議の空気を大きく変えられてしまいました…………風倉先生にも、追って処分内容が届くと思います…………」

「あ~――……神無、敢えて言っておくぞ。お前が自分を責める必要は全くない。でも、ありがとうな」


 俺は、自分自身の怒りで身を焦がす勢いの元教え子を諭し、礼を言った。

 ……正直、神無が会議の席にまで乗り込むとは想像していなかった。

 後で、山縣さんにでも話を聞いておくとしよう。

 すると、神無は瞳に涙を溜め、頭を振った。


「いいえっ! いいえっ!! ……私は、風倉先生に何度も、何度も助けられました。だから、今度は私がっ、と思ったんです。なのに……なのに、こんなの理不尽ですっ!」

「……お前も多少は経験したろ? これが『軍組織』ってやつなのさ。生徒達は『国の宝』なんだ。それを危険に曝した俺が処分を受け、救った、草野が評される。何も、不思議な話じゃない」

「ですがっ!」

「それよりも、だ――……今後の話をしておきたい」


 俺は神無の言葉を遮り、視線を合わせた。

 夕方の涼しい海風が吹く。


「今回の侵攻で変だったのは何だと思う?」

「……【幻霊】達が高度な作戦を実行してきたことです」

「その通りだ。これが、次回以降も繰り返されるのなら――人類は負ける」

「……はい」


 神無が俺の意見に同意してくれる。

 ――うん、やっぱりこいつは優秀だな。

 俺は、タブレットを取り出し、この一週間、クレアの目を掻い潜って書き溜めた今回の戦訓や、訓練案を表示した。元教え子が目を丸くする。


「風倉先生……これは…………」

「お前に託す。刀護にも同じ物を渡しておいた。好きに使ってくれ。……今の統合本部に提出しても、握りつぶされるのがオチ、だからな。幾ら山縣さんでも、大勢には逆らえない」

「……………本当に、お辞めになられるん、ですか…………?」

「ああ、そうなるな。クレアにも説明したが、【A.G】も逝ったんだ、もう、俺は飛べない」

「……………引き留めてても、行かれるんですよね?」


 神無が、顔を真っ白にし、悲痛な表情になる。

 ……嗚呼、年下で、しかも元教え子にこんな顔をさせちまうなんて。コレットに知られたら、殺されちまうな。

 俺は微笑む。


「取りあえず、線香を上げに行かないといけないからな」

「……お線香、ですか?」

「ああ。佐伯のな」

「あ…………」


 その時、強い風が吹き込み、カーテンを揺らした。

 まるで、先に逝った戦友達が俺を叱責するかのように。

 ……いや、そうは言ってもだぞ? 俺ほど、戦って、戦って、戦い抜いた【A.G】使いもいないんじゃないか? 頼むから、少しは褒めてくれよ。

 神無に懸念を伝えておく。


「取り合えず、だ。刀護と山縣さんとの連絡は密にしろ」

「はい」

「【幻霊】達は、必ず近い内にもう一度動く。その時は『最悪』を想定しろ。【長】はおそらく死んでない」

「はい」

「それと、クレアのことなんだが」

「三枝さんと七夕さんと一緒に私が育てあげます」

「頼む。あいつらはいい【戦乙女】になるよ。後は――」

「……でも、育てる前に、私も辞めるかもしれません。貴方がいませんから」

「神無……?」

「――……失礼します。すいません。本当に……すいませんっ」


 元教え子はそう言うと、涙を拭いながら病室を出て行った。

 目を閉じ、嘆息する。

 ……本当に、何時まで経っても、女の扱い方が下手だな、俺は。

 三度風が吹き、カーテンに当たって音を立てた。

 どうやら――全面同意らしい。

 

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