第三十一話 責任 下

「到底、納得出来ません。『佐伯俊夫中尉の名誉ある戦死と、生徒達を危険に曝した責任を、風倉樹予備役少佐に』? ……正気ですか??」


 普段温厚な人間程、怒らすと怖い。

 古今東西、全世界共通だろう格言を、おそらく、今この場にいる人間全員が味わっている。

 『A.G戦技習得学校』の教官服を着た、小柄な女性――神無楓大尉は、今までの評判全てをかなぐり捨て、並み居る高級参謀を睥睨している。

 私の隣に座っている女性副官が囁いてきた。


『……山縣中佐、あれ、本当に神無大尉なんですか? あんなに怒っているのを初めて見ましたし、噂ですらなかったんですけど……』

『……それだけ、逆鱗に触れた、ということだ。予め言っておくが、会議室を出る時は注意しておけ。風倉に救われた最前線の将兵は数え切れん。一昔前なら、前線に出た途端『処理』される話が持ち出されている自覚を持っておけ』

『…………冗談ですよね?』

『そうか。なら、お前に【白薔薇】と残りの【最古の五人】への連絡を頼むとしよう。言っておくが、他の四人は全員『救国の大英雄』級だ。下手なことを言えば、外交問題に発展するのを念頭においておけ』

『………………これ、無理筋では?』

『端からそう言っている』


 副官の戯言を一蹴し、向き直る。

 前方中央に座っている少将が抗弁。


「だ、だがな……神無大尉。風倉予備役少佐の指揮により、中尉が戦死し、学生達があわや、【幻霊】の襲われそうになったのは事実なのだ。百数十名の【戦乙女】の卵達が、だっ! ……兵器局の試作実験部隊が間に合わなかった、それは現実になっていたのだぞ? 物事には、責任が伴う。そもそも、教官に作戦指揮権を与えている事自体が特別扱いが過ぎた、と思わないかね?」

「全く思いません」


 吹雪の如き極寒の声色。

 視線に当たった参謀達が気まずそうに視線を逸らす。

 立ち上がった、神無は微笑みを浮かべながら問う。


「――風倉樹少佐は我が国において最も多くの人々を救い、【幻霊】の長を二度も討伐した、本物の英雄です。各国から、今までにどれ程の数の引き抜きが来たとお思いですか? また、此度の作戦について『探知出来なかったのは瑕疵だ』『迎撃をしたこと自体が間違いだ』との、机の上でウォーゲームに興じておられる御意見を多数、目にしましたが……そもそも、【幻霊】の探知は、防衛軍の所管なのでは? 山縣参謀?」

「…………その通りだ」


 私は苦虫を噛み潰しながら、返答する。学校側に探知の責任はない。

 副官が呟く。「うわ……おっかない…………」。

 神無が淡々と事実を積み上げる。


「迎撃を行わなければ、という意見にも賛同しかねます。今回、私達が戦場で遭遇し殲滅した【幻霊】の数は、七年ぶりのものであり、島近くで迎え撃っていた場合、必ず打ち漏らしが出た筈です。これは、統合本部内のA.Iでもはっきりと示されています。失礼ですが……この意見を述べられた方々は、東京湾・相模湾・白鯨島の距離を認識されていないのではありませんか? 当然ですが――風倉少佐は、そこまでお考えになった上で、あの地点で迎撃線を張られています。部隊編成も同様です」


 会議室内に呻き声。

 ……馬鹿共が。小娘と思って侮っていたのだろう。

 この女を誰だと? 

 【死神殺し】風倉樹の後を追いかけ、圧倒的な戦果を挙げて来た、エースオブエース、神無楓だぞ? 小娘だと思ってかかれば、こうなるのは目に見えていた。

 室内の空気が『処分保留』に流れつつある――そう思っていたその時だった。

 片隅に座っていた、影の薄い太った将官が挙手した。


「参謀長殿、発言してもよろしいでしょうか?」

「? 何かね、兵器局局長」

「はい、一点――皆様、忘れないでいただきたいのですが」


 気持ち悪い視線で全員を舐めつけてくる。

 副官が「うわ……気持ち悪っ………………」と零すのが聞こえた。


「此度、生徒達を救ったのは、我が試作兵器実験部隊【亡霊】であります。既に、報告書はお手元に届いていると思いますが……多数の【鴉】と【海月】を掃滅し、被害は皆無。更に、これは初めて御報告するのですが」

『!』


 空間に動画が浮かびあがった。

 『機械人形』という印象を抱かせる数体の人型が、【幻霊】を次々と落としていく。使っている武器は――以前はよく使われたアサルトライフルのようだ。

 動画が進んで行き、ついに白髪白目の存在をカメラに収めた。

 だが、人は空を飛べない。【A.G】を発現で着なければ。

 ……こいつは、まさか……。

 兵器局局長が勝ち誇る。


「我が【人造A.G】達が挑んでいる、この一見、人間に見える存在――……こいつこそが【幻霊】の長だと思われます」

『!?!!!!』


 今日最大のどよめきが巻き起こった。

 ――【幻霊】の長。

 凄まじい戦闘力を誇り、数多の【A.G】使い達を倒し、都市を破壊して来た怪物。

 世界中の軍が、その映像を撮ろうと試み、失敗してきた。

 それを兵器局が成し遂げた!?

 動画が進み、【人造A.G】達が【長】に挑みかかる。

 すると、少しずつ、少しずつ、押していき――最後は、【幻霊】達が逃走していくところで、停止した。

 ……【長】を退けた、のか?

 つい先日まで『統合本部で最も仕事をしていない』と、陰口を叩かれていた兵器局局長が勝ち誇る。 


「御論の通りです。我が【亡霊】は、これまで恐れられてきた【長】すらも、凌駕する性能を既に持ち合わせています。聞けば……此度の作戦時、件の少佐は、【長】と交戦。敗走するところを、勇敢な佐伯中尉に助けられ、自らは生き残った、とか。参謀長殿、本官は戦死した中尉の名誉を貶めた、風倉樹少佐には責任を取らせるべき、と考えます。そうでなければ、中尉の魂が浮かばれますまい」

「なっ……」「ふむ……」


 神無大尉が絶句し、参謀長が考え込む。

 ……旗色が大きく変わった。

 同時に強い違和感も覚える。

 【幻霊】は基本的に退かない。

 あいつらが退く時は、自分達の上級種が存在した時のみ。

 そして、今までの戦例において、【長】が退いた報告例は皆無。

 ……この動画、きな臭い。

 風倉がこの場にいれば、違和感を説明してくれるのだろうが。あいつは、今、強制入院中だ。

 兵器局局長が大袈裟に両手を広げた。


「では此処で、赫々たる戦果を挙げた【亡霊】部隊隊長、高坂誠一郎少佐に登場願いましょう――少佐」

「はっ」


 扉が開き、くすんだ軍服着た男が入って来る。

 ……再び強い違和感。

 『草野誠一郎』には幾度かあったことがある。言葉を交わしたことも。


 ――……だが、今、入って来たこの男はいったい、誰だ?


 俺が混乱していると、視線が交錯した。

 心臓を掴まれ背筋が凍る感覚。な、なんだ!? いったい、なんなのだ!?!!

 そんなことに全く気付いた様子のない兵器局局長は、自慢気に資料を投影させた。


『【亡霊】量産計画書』


 こ、こいつ……まさかっ!

 高坂少佐が口を開く。

 そこに――かつての『草野誠一郎』は何処にもいない。


「【人造A.G】があれば、【幻霊】恐れるに足らずっ! 何れ【A.G】なぞ不要になるでしょう。風倉教官には私も期待しておりましたが……このような事態になり、残念です。おそらく、『油断』されたのでしょうな」

 

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