第三十話 責任 上

「――佐伯俊夫。防衛軍中尉。【A.G】は比較的早く発現。所謂第二世代。各戦場を転戦し、将来を嘱望されていた。が、『A.G戦技習得学校』開校を聞いた後は、数十回に渡り、転出を懇願。隊内では直属上司だけでなく、将官級も慰留に努めたものの、本人の意志固く、任戦技習得学校教官、か…………」


 島内にある病院のベッドの上に、山縣さんが届けてくれた履歴書を置き、独白した。

 ――七年ぶりとなった大規模【幻霊】侵攻から、早一週間。

 海面に漂っていたところを、現場に急行してきたクレアに救われた俺は、辛うじて生き残り、強制的に入院中。

 学校が主導した迎撃作戦自体は成功し、刀護達、第一次迎撃隊は、山縣さんが無理矢理送り込んだ【妖精部隊】の増援を受け、超大型【海月】を撃破。

 神無が率い、クレアも参加した第二次迎撃隊は、新手の【幻霊】数百に強襲されるも、これを殲滅。

 報告書に『閃光の如し』と形容される程の速さで白鯨島に戻り、周辺海域の【幻霊】を掃討したらしい。

 なお、その際、【長】の姿は確認出来なかった、とのことだ。

 防衛軍が総力を結集した、機動防御からの包囲殲滅戦も戦略予備部隊の投入が奏功し、大部分の【幻霊】を殲滅。

 【魔力壁】を閉じ、現状は小康状態とのことだ。

 そして、俺は……【A.G】を展開しようとするも、漆黒の魔力が微かに飛び散り、消える。


「………………終わった、かぁ」


 医者の見立てによれば【Common curseありふれた呪い】が、最終段階に到り、【A.G】が停止した、とのこと。

 ……どうやら、遂に神様にも見放されてしまったらしい。

 病室の扉が開き、クレアが入って来た。

 現在、学校は臨時休校中の為、私服姿だ。


「あ、樹さん、駄目ですよっ! 寝ててくださいっ!!」

「……人はな、ずっと寝続けられないんだよ、これが」

「それでも、駄目ですっ!」


 少女は唇を尖らせ、ベッド脇の椅子に腰かけた。

 そして、上半身を俺の腹に載せて来る。


「……重いぞ」

「重くありませんっ! 女の子になんてこと言うんですかっ!! 普段は、軽い。飯をもっと食べろっ!! ってお説教するくせにっ!!!」

「それはそれ。これはこれだ」


 痛む手を伸ばし、グラスを取ろうとする。

 すかさず、クレアが麦茶を注ぎ渡してくれた。


「はい、どうぞ」

「……助かる」


 受け取り、一口。

 開け放たれた窓から、生徒達の声が聞こえる。

 あれ程の時間があった為、各自は面談後、実家に一度戻る指示が出されているのだが……どうやら、帰らず残っている者も多いようだ。

 クレアが小さく呟いた。


「……大変でしたね、本当に」

「ああ」

「いきなり、【鴉】が襲って来た時はびっくりしました」

「誰でもそうなる」

「けど、神無教官が凄くて。あの人、戦場だと普段とは全然違うんですね」

「【A.G】使いには結構いるんだ。頼りになっただろ?」

「……はい」


 多忙を極める中、先日、見舞いに来てくれた神無から戦闘のあらましは聞いている。クレアのことを、心から賞賛していた。流石は風倉教官の秘蔵っ子さんですね。……ちょっだけ、妬いてしまいます。

 俺はクレアの頭を撫でながら教える。


「一撃離脱は地味に見えるかもしれないし、弱気な戦術とも取られがちだ。けどな? 【戦乙女】にとって、最も大事なのは、生き残ることなんだ。飛翔技術に優れて、毒度で圧倒出来るのなら、習得しておいて損は絶対にない」

「…………はい」

「神無は信頼出来る。実戦を経験すれば、どんな人間だって、多少はスレていくもんだが……あいつは、学生時代から変わってない。刀護もだけどな」

「…………半分は同意しまう。もう半分は演技だと思ってますけど。校長先生の評価には同意します」

「中々辛いな」


 これから先の事を考えたら、神無と刀護には懐いてほしいんだが。

 クレアが顔を上げた。

 俺の機先を制し、訴えてくる。


「…………樹さん、本当に、本当に、教官を辞められるんですか?」

「ああ」


 少女の小さな身体が震え、瞳には大粒の涙。

 ……爺さん、あんたの孫娘はいい子に育ってているよ。

 何しろ、こんなしくじった俺の為に泣いてくれるんだから。

 クレアが叫ぶ、


「辞める必要があるとは思えませんっ! 樹さんは、出来る限りの作戦を立案し、実際に、各部隊は戦果を挙げましたっ!! なのに……なのに、どうして、責任を取って、辞めなきゃいけないんですかっ!?」

「……その評価には感謝するけどな、実際には、作戦は崩壊していたからな。誰かが、責任を取らなきゃいけないだろ? 迎撃作戦を立案し、指揮したのは、刀護じゃなく俺だからだな」

「そんな……」


 ――作戦は概ね成功を収めはした。

 だが、防衛軍から出向していた佐伯俊夫中尉が、俺を庇う形で戦死。

 脱出した生徒達の船も【幻霊】に襲われ、あわや危ない所だった。


 なお……脱出船を救った味方部隊は【亡霊】。


 【人造A.G】部隊を率いる高坂誠一郎だったと聞いている。

 山縣さんの話だと、統合本部内ではその件もあって、俺を贖罪の羊にすべき、という意見が強まっているそうだ。

 ……これ以上は山縣さんだけでなく、刀護、神無にまで、迷惑をかけてしまう。

 涙を流す少女に告げる。


「佐伯は俺を守って死んだ。いいか、クレア? 人の命ってのは、そんなに軽いもんじゃないんだ。……軽くなっちまっているように見えはするが、決して軽くないんだよ。俺は今回の戦いで【A.G】も喪った。もう、お前達と一緒に飛ぶことも出来ない……出来ないんだ。足手纏いになっちまうよ」

「そんなことっ! そんなことありませんっ!!!!!!!!!!!! 樹さんは…………私にとって、私にとって、世界で唯一人の天使様なんです…………。飛べなくたっていいじゃないですか? お願いです。私を、一人にしないでください……」

「…………クレア」


 【A.G】を喪った者は、原則として白鯨島に残ることは許されていない。

 無論、カフェテリアのおばちゃん達は【A.G】持ちではないけれど……あの人達も、全員元軍人であり、出自がはっきりしているし、いざという時は死ぬ覚悟が出来ている。

 ……けれど、教官職は違う。

 【戦乙女】の卵である生徒達は、謂わば『国家の宝』。

 辛うじて教育時間を捻出しているものの、無駄な時間は一切ない。

 その為、国家機密に触れて来た教官が戦えなくなった場合、退去するのが慣例となっている。幾ら、刀護でもそれを覆すにはとんでもない労力が必要だろう。

 少女の涙を指で拭い、微笑む。


「大丈夫だ。二度と会えない、ってわけじゃない。不安がことがあったら、話は聞けるし、相談にも乗れる。ただ、島にいないってだけだ」

「……………………嫌です」


 クレアは頑として、譲ってくれない。

 ……困った。

 他の取っ掛かりを考えていると、携帯が鳴った。


「悪い、取ってくれ」

「……はい」

「ありがとう」


 不機嫌な少女に礼を言い、受け取る。

 ――『九条刀護』。


「はい」

『――……先輩、お疲れ様です。今、大丈夫ですか?』

「ああ。……その口調だと、碌な話じゃなさそうだな」

『はい。碌でもない話ですっ!』


 温厚な刀護が声を荒げる。

 ……どうやら、俺がこうして寝込んでいる間にも、世界は動いているらしい。

 俺は溜め息を吐き、問うた。


「そうか――教えてくれ。何があった?」


 

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