第八話 呼び出し 下

「――ああ、そうなんだ。学校長に呼び出しをくらってな。悪いんだが、生徒達に――うん、委員長の三枝か副委員長の七夕に、俺が戻るまで自習だと伝えておいてくれ。今度、飯を奢る」


 教官の後輩に後事を託し、通話を切る。

 ……さて、と。

 俺は校舎四階奥にある扉の前に立ち、考え込む。

 あいつが、授業前にわざわざ俺を呼び出す。100%厄介事だろうな。

 しかも――背中からぴょこんとクレアが顔を出した。


「話は終わりましたかー? ……随分と楽しそうでしたけど。後輩さん、私は知っている人ですかぁ?」

「気が利く同僚だよ。……ったく。どうして、天羽まで一緒に」

「ふふ……校長先生も、偶には良い事を言ってくれます。公然と樹さんと一緒に授業をサボらせてくれるなんてっ!」

「『風倉教官』だ。……はぁ」


 溜め息を吐き、ノックするとすぐさま「開いています。どうぞ」と反応。

 扉を開け、中へ。

 椅子に座っていたスーツ姿の美男子――九条刀護が立ち上がり、俺達を出迎えた。

 こうして見ると、自分も歳をとったことを実感する。かつての『弱虫刀護』が、いっぱしの人物に見えるのだから。

 執務机の後ろの窓からは相模湾が一望出来る。


「わざわざすいません、先輩。……僕の方から行った方が良かったですよね?」

「阿呆。お前はこの学校で一番偉いんだぞ? 第一、だ。今の日本を牛耳る家の一つである『九条家』の若き当主様と、一介の教官が仲良くお喋りってのは体裁が悪いだろ?」

「……先輩が『継げ』と言ったんじゃないですか。僕は嫌だったのに。コレットさんもこの前、文句を言ってましたよ? 『イツキは私達ばかり働かせてるっ!』って。それはもう凄い剣幕で……」

「変わってないみたいで何よりだ。奥さんは元気か?」

「はい、お陰様で。今度の夏季休暇は家に来てください。妻と子供達に、先輩は何時来るのか、と何度も聞かれて――座ってください」

「おう」


 俺はソファーに腰かけた。

 クレアも当然のように俺の隣へちょこんと座る。

 執務机が似合う後輩へ問う。


「で? 朝っぱらから、俺と天羽を」

「『クレア』です。今、この部屋には私達と校長先生しかいません。故に、『天羽』呼びは却下します。さ、やり直してください」

「呼んだ理由を聞こうか? ……どうせ厄介事だろ? 察するに」


 少女の制帽をほんの軽く叩く。

 クレアは頭を押さえ、不満そうに俺を睨んできた。

 豪華な革製の椅子に腰かけ、執務机上で両手を組んでいる後輩と視線を合す。 


「昨日、クレア達が片付けた、旧東京の【魔力壁】を越えたっていう上級の件か?」

「……先輩には敵いませんよ。どうですか? 今日から僕と立場を交代しませんか?」

「やなこった。とてもじゃないが俺には務まらないさ。今の所、日本で二校しかない『【A.G】戦技習得学校』の校長職なんて重責はな」


 【幻影】に対抗出来るのは、実質【戦乙女】達のみ。

 各国と異なり。【門】が開いている旧東京という『爆弾』を抱える我が国にとって、この学校の重要性は計り知れない。

 並の人物じゃ、プレッシャーに圧し潰されてしまうだろう。

 だからこそ――数多の【幻影】を討った、エースオブエース【音斬り】九条刀護が必要なのだ。

 後輩は苦笑し、息を吐いた。


「……誉め言葉として、受け取っておきます。素直なのが取り柄なので。でも、山縣さんには効きませんよ? あの人、未だに統合本部へ貴方を引っ張れなかったのを、酒を呑む度に愚痴るんですから」

「天下の大参謀殿にそこまで評価してもらうのは有難いが、予備士官に言うことじゃないな――で? 何があった?? 天羽」

「クレアです」


 少女がお澄まし顔になり、俺へ要求を繰り返す。

 ……こいつは。

 再度、制帽の上から頭を軽く叩く。


「酷いです! 暴力反対です!! 校長先生はどう思われますか?」

「間違いなく――先輩が悪いね」

「……お前等、話の腰を折るな」

「「はーい」」


 後輩と我が儘なお姫様は声を揃え、引き下がった。

 普段もこれくらい素直ならいいんだが……。

 視線で刀護を促す。

 すると、後輩は後ろのカーテンを閉め、左手の指を鳴らした。

 いきなり室内が暗くなり、旧東京を中心とした広域図が浮かび上がった。

 刀護の【A.G】だ。実戦任務こそ退いたものの、俺と異なり後輩の魔力と技術は衰えていないようだ。

 図に次々と『×』と詳細情報が映し出されていく。

 旧東京から、まるで染み出すように各地へ点在しているのが分かる。


「これは、ここ一年前から半年前まで【幻影】が出現した位置を示した物です。殆どは下級ばかりで、一般的な配備で十分対処可能。死傷者も報告されていませんでした――ですが」

「ふむ……」「へぇ」


 刀護が左手を握り締めると、一気に『×』の数が急増した。

 情報を読む限り――


「ここ半年間余りで、下級の数が増えただけでなく、中級も加わった。数日前に到っては【海月】すらも【魔力壁】を越えた、か。天羽と三年生を投入したってことは、防衛軍も通常配備で対応し難くなってきている、と……。刀護。これ、機密資料だよな? 良いのか?? 天羽はともかく俺に見せちまって」

「先輩に……【最古の五人】の一人、【死神殺し】風倉樹に文句を言う奴はモグリですよ。あの時代、貴方に救われた人間がどれだけいたと? 誰にも文句は言わせません。山縣さんにも許可を貰っています。……まだ、軍内部でも知られていませんが、昨晩も【海月】を仕留めたそうです。どうか、意見を聞かせてください」

「いや、でもなぁ……」「むふん」


 俺は頬を掻き、何故かクレアはない胸を張った。

 立ち上がり、詳細情報に目を走らす。すぐさま、少女もついてきた。

 【幻影】は馬鹿じゃない。

 中途半端な戦力で【魔力壁】を越えても、容易に討伐されることは理解している。

 つまり――


「今までの行動は、【壁】の越え方を学習していたんだろう。そして、下級、中級、上級と段階を踏んでいった。もっと、言うとだ……」


 脳裏に八年前の戦場が蘇る。

 白髪白目をし、人の形を模した怪物――【幻影】の長。


「上級に、無為に命を喪わせるよう命令した存在がいるぞ……【壁】の中か、もしくはに。山縣さんなら気付いてるだろうが……軍の対応はどうなっているんだ?」

「……流石です。統合本部内でも実戦を経験した者程、警戒を強めています。ただ――……先輩、【幻影】の大軍と最後に殺りあったの、何時だか覚えていますか?」

「それはお前、八年前の……ああ、そういうこと、か」

「はい」


 人類は、かつて【幻影】の大群と戦い、数多の犠牲を払いながらも旧東京以外の【門】を破壊した。

 結果、各国の復興は進み、少しずつ人口も増えつつあるものの……同時に、【幻影】への脅威を忘れつつもある。

 原理は未だに不明だが、稀に【門】のない場所にも奴等は現れるが、【A.G】と、その研究開発に余念のない各国の軍ならば対処可能。

 俺は苦笑する。


「『喉元過ぎれば熱さを忘れる』……政府や軍内部に、楽観論を唱える連中が増えてきた、か」

「……はい。それどころか、天羽さんの活躍を見て『軍の新戦力が配備されるまで、一部生徒を動員すべき』という意見も出て来ています」

「アホか、そいつは」

「樹さんと一緒なら私、頑張り、~~~っ!」


 口を挟んできたクレアの額を指で打つ。

 美少女は悶絶し、涙目になった。

 右手を握り締め、広域図を崩壊させつつ後輩へ淡々と告げる。


「【A.G】を発現させた初期世代は、確かに世界で英雄になっているかもしれん。だがな――それ以上に死んでいる。何故か? 手探りで戦うしかなかったからだっ! 生徒達の戦場投入は愚策の極み。それとも、軍は『新戦力』とやらに、そこまで」


 言い終わる前に、島内にけたたましサイレンの音が鳴り響いた。俺は顔を顰める。


『【幻影】襲来警報』


 すぐさま、刀護へ電話がかかってきた。

 見る見る内に表情が曇り「なんだって!? 【海月】が島の近くに?? いったいどうやって……軍は何をしていたんだっ!」。


「刀護、そいつはだ。軍に対応させろ。すぐに本命が来るぞ。学生を避難させろ。教官の三分の二は護衛だ。残りで迎撃する」

「先輩!」


 俺は後輩へ指示を飛ばし、入り口の扉へ向かった。

 白鯨島に到るまでには、十重二十重どころじゃすまない警戒線が敷かれている。

 【幻影】登場後は無効化された衛星軌道からの監視ですら、一部を新技術によって稼働させているくらいだ。


 ――それが突破された。厄介だ。


 部屋を出て、廊下を急ぐとクレアが追いついてきた。

 探るように聞いてくる。


「樹さんも戦うんですか?」

「手が足りなそうだからな」

「……私も戦っていいですか?」


 俺は立ち止まり、小柄な少女の顔を覗きこんだ。

 ――そこにあるのは不安と高揚。強い意志。

 ふっ、と息を漏らし問う。


「油断は」「とっくの昔に削除済みです」

「ならいい――行くぞ、クレア」

「はい! 樹さんっ!!」  

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