プロローグ 中

 前線の戦況を聞きながら、出来うる限りの速度で飛翔する。

 どうやら、コレット達は派手に暴れているようだ。普段は慎重な、大型の海月達の一部も既に動き始めている。

 俺にぴったり並んで飛んでいる刀護が下手くそな口笛を吹いた。

 こいつは本物のお坊ちゃまで、【A.G】を発現するまで徹底的に礼儀作法を叩きこまれていた筈なんだが……きっと、コレットにでも教わったのだろう。

 良い変化なんだか、悪い変化なんだか。

 今の日本に【A.G】持ちの人間を戦場に送らない余裕はない。

 発現するのは殆どが若い少女だとしても、実力があるのなら男を同じ隊に編成せざるを得ないのだ。

 ……少し平和になったら、色々と考えないとな。

 俺がそんなことを考えるとも知らず、後輩は呆れたように呟いた。


「いやぁ……とんでもない人達ですね。東京って、今の世界で一番【幻影】が集まっているのに」

「エース総動員の上、コレットもいるんだ。これで、優勢じゃなかったら、終わりだよ。ただ――……油断という言葉は二年前に死に絶えた。警戒を頼む」

「はい!」


 黒翼を羽ばたかせ、急上昇。

 目を瞑り、魔力を集中。

 ――俺独自の権能を発動。

 一気に視界が澄み渡り、全域の戦況を把握する。

 

『皆、この姿を見よ!!! これこそ、謎の怪物に追い詰められた我等を神が見捨てていない証である』


 世界的に有名な写真家が、こうして上空で戦況把握している姿を撮影されたのは何時だったか。

 当時の俺の翼は純白だったことも相まり、未だ名前の定まっていなかったこの能力は【Amazing Grace』なぞと呼ばれるようになったのだ。


 ……『神の恩寵』。


 そんなものが本当にあるのなら、これ程多くの人々は死ななかったろうに。あと、今の俺の姿を見て、同じ言葉を使えるかを聞いてみたいもんだ。

 俺は片目を抑えながら、把握した情報を呟く。


「皇居周囲にいるのは上位十一。中位三十三……たった今、コレットが七体を墜とした。残り二六。下位の数は目算で約千ってところだ。なお、増大中。【門】から出て来ている中に上位、中位はいない。俺達の探している相手は――」

「先輩!」


 刀護が俺の名前を鋭く呼び、身を翻した。

 ――長刀を一閃!

 空間が歪み、透明化していた『鴉』十数羽が出現。真っ二つにされ黒い塵となって消えていく。

 俺の中の銃が光を放ち、形態変化。

 二丁の短銃となり、頭上へ速射。

 『鴉』を一掃しながら、インカムで報告する。


「司令部。此方、【魔弾】。透明鴉が各空間に配置されている。感知強化の徹底を。また、生存者を発見した。二人――母親と子供のようだ。今から保護に向かう」


 息を呑む声が耳朶を打った。

 【幻影】に占領されただけでなく、核をも落とされ、二年間放棄されたこの地獄ような東京で生き延びた者がいた!

 これこそが奇跡だろう。

 

『了解した――樹、無理はするな。君の仕事はまだまだ山程あるのだから』

山縣やまがたさん、今でも十分以上に過重労働だと思いますよ――【魔弾】、了解」


 『東京奪還』を立案した、防衛軍の辣腕参謀とやり取りしている間に、出来た後輩は鴉の掃討を終えていた。

 流石は若手の大エース様、仕事が早い。


「先輩! 全部墜としましたっ!!」

「見てたよ。更に腕を上げたな。大したもんだ。……刀護、生存者を見つけた。命令する――絶対に死なせるなっ!」

「っ! ……はいっ!!」  


※※※


 次々と襲い掛かってくる『鴉』と小型の『海月』を墜としながら、生存者へと近づいて行く。

 どうやら、見つかる前に地下へ何とか逃げ込もうとしてるようだが……俺は小型の海月十数体を短銃で撃ち抜き、自爆させながら独白した。


「明らかに二人を探している? 【門】の近くで戦闘が起きているのに? しかも、感知されていないのか?」


 【幻影】には厳格な階級制がある。

 下位は中位に。中位は上位の命に従うことが分かっている。

 また、『死の恐怖』という概念が存在しないらしく、あるのは『目的不達成』に対する恐れだけ。


 そして――奴等が最も拒絶反応を示すのは、宙に浮かぶ【門】を壊されること。


 これは、俺達が今まで破壊してきた、ロンドン・ベルリン・モスクワ・北京・京都・ニューヨーク・ボストンの事例ではっきりしている。

 【門】を破壊した時点で、生き残った【幻影】達は悉く自滅を選択した。

 そういう怪物達が、血眼になって親子を探している。

 そんな【幻影】の感知に引っかからないなんて――刀護が叫んだ。


「先輩っ!」


 旧東京駅に次々と漆黒の海月が、気味の悪い口を歪ませながら落下。

 次々と爆発していく。

 見つけられないから、親子ごと吹き飛ばそうとしているのだ。


「ちっ! 刀護、援護っ!!」

「……え? あ、は、はいっ!」


 俺は短銃を狙撃銃へと戻し、構え叫んだ。

 一瞬、戸惑うも後輩はすぐさま応じ、長刀を構え直した。

 魔力を集束させ――



「【魔弾】今より第一射! 目標、旧東京駅上空っ!!」



 インカムへ叫び、引き金を引く。

 瞬間――身体に激痛が走るも、旧東京駅上空に漂う海月と鴉の群れへ向かって、一直線に純白の閃光が走った。


 そして【幻影】の群れの中で炸裂!


 範囲内にいた海月と鴉を全滅させる。

 激しい剣戟音と、最前線で戦っている戦友の本気の怒鳴り声。


『イツキっ!!!!!!!!! 勝手に、撃つなっ!!!!!!! 後でお説教っ!!!!!!!!』

「…………うっせぇ」


 何だかんだ、コレットとは二年間を一緒戦って来た仲だ。

 俺の状態について、隠し事は出来ない。


 明らかにかつてよりも魔力が減少している。


 にしても……力を発現させた当時、毎晩のようにあやしていたチビに心配されるとは、いよいよもって引退だな。

 苦笑し、後輩を促す。


「刀護、今の内に保護を――刀護?」

「……あれだけの数の【幻影】を一撃で……凄い、です。本当に、本当に…………これが、これが、【最古の五人】の力…………」


 今後、若手筆頭を長く担うだろう少年は身体を震わせていた。

 瞳にあるのは心からの賛嘆。少しばかり気恥ずかしい。

 恐る恐ると言った様子で、親子が建物の陰から出て来るのが見えた。

 母親と――……幼女のようだ。

 左手をひらひらさせる。


「お前ならすぐだよ。行くぞ!」

「はいっ!」

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