戦乙女の雑用係―Amazing Grace&Common curse

七野りく

序章

プロローグ 上

 かつて、世界最大の都市の一つに数えられた東京。

 その中心である丸の内に人の気配は全くなかった。

 ――当然だ。

 この都市の支配者は二年前から人ではなくなっているし、数十年ぶりに戦術核すら使われた地なのだから……。

 防衛軍参謀の話だと、生存者の可能性はほぼ皆無。『生き残り』の話は噂でしかない、と聞いている。

 俺――風倉樹かぜくらいつきは半ばから折れたかつての高層ビルの一角に降り立ち、目を細めた。


 かつて、皇居と呼ばれた場所の上空に浮かんでいるのは巨大な【門】だった。


 その周囲の空間には巨大な漆黒の異形が十数体、蠢いている。

 強いて言うならば、空飛ぶ海月くらげだが……海月は傘の部分に人の口なぞ持たないし、一体一体の大きさが100m以上にもならないし、人も喰わない。

 まして、核の直撃に耐えきりも。

 やや前方を飛翔しながら、警戒している三つ違いの後輩――十六になったばかりの九条刀護くじょうとうごが振り返った。

 手には長刀を持ち、身体には白銀の鎧。背中に白銀の羽を展開している。

 どちらも二年前の今日、十月十日、世界中に出現した【門】を通り抜け、人類に突如として襲い掛かった怪物達――【幻影ファントム】に現状対抗出来る唯一の力【A.GAmazing Grace】によるものだ。

 俺は学者じゃないので詳細は分からないが、要はRPGの『魔法』みたいなもんだと思っている。個々の力も【魔力】なんて単語で表現しているし。

 どうして、突然使えるようになったのかも、何れ偉い学者先生が解明してくれるだろう。

 無論、それまでに人類が滅びなければ、だが。

 普段は飄々としていて十六とは思えない程、大人びた面を見せる美男子が、今日ばかりは顔を引き攣らせている。


「うへぇ……先輩、あれって全部上級ですよね? 正直言って、生き残れる気がしないんですけど……僕、帰ってもいいですか?」

「いいぞ。好きで死ににいくこともないしな」


 俺はあっさりと答え、自身の【A.G】である狙撃銃をクルリと回転させた。

 数少ない父親の遺品である時計を見やる。

 午前11時57分。作戦開始まで残り3分。

 後輩は慌てた様子で俺の傍へと降り立ち、両手を激しく振った。


「そ、そこは止めてくださいよっ! もしくは『俺の為に死ね!』とかカッコいい台詞をお願いしますっ!!」

「やなこった――……だけど、参加するなら前線組に加わるのは」

「あ、それは絶対に駄目です」

「何でだよっ!」


 今回の作戦は東京奪還を目指す総力戦。

 国内で戦える主だった【A.G】持ちはほぼ全員参加しているし、エースも綺羅星の如し。防衛軍も戦力を集結しその支援に当たっている。

 撃墜スコア100を超えのトップエースが、こんな最後衛で直衛任務をしている場合ではない。

 だが――刀護は真面目な顔になった。


「『風倉樹にトップエースの一人を護衛として付ける』。これは、防衛軍含め作戦参加者全員の総意です。決めるの大変だったんですよ? コレットさんがどれだけ抵抗されたか……。万が一貴方が戦死されたら、全軍の士気が崩壊しかねません。いい加減、御自身の立場をですね」

「あーあーあー。……分かった。分かったから。そろそろ時間だ」


 俺は根は糞真面目な後輩を押し留め、時計を指差した。

 秒針が回り――正午となった。

 耳に着けているインカムから、二年前、世界最古の【A.G】を発現した五人の内の一人にして、今や『人類の希望』とすら称されるトップオブエース【白薔薇】コレット・アストリーの凛とした声が響き渡った。


『時間よっ! 作戦開始っ!! 心配性でオジちゃんのイツキは動くの禁止だからねっ!!!』


 インカムに、作戦参加者の笑いと戦意溢れる応答が轟き、皇居を守る巨大な海月へ攻撃が開始された。

 無数の光が空を駆け、蠢く触手や小型の海月を吹き飛ばしていく。

 あのガキんちょめ……。

 いや、文句を言えば罰が当たるだろう。

 コレットの国籍は米国で、年齢も十四歳。

 ……作戦参加者の最年少だ。

 世界最強の撃墜王とはいえ、日本国内の奪還作戦に関わらせるのは気が引ける。

 作戦開始前、それとなくその旨は伝えておいたのだが……結果は、俺の最後衛配置である。どうしてこうなった。

 俺の顔を見て、刀護が噴き出す。


「……おい」

「だって、先輩の、『最古の五人』の一人のそんな情けない顔…………ぷっ」

「とうごぉぉぉ?」


 後輩へ詰め寄りかけ――直後、大気が震えた。

 門が明滅し、少しずつ、少しずつ開いて行く。

 そこから、小型の海月や俺達が『鴉』と呼んでいる、巨大な黒鳥が躍り出て来る。

 流石は世界に残された最後の【門】。

 そう易々と破壊させるつもりはないようだ。

 自身の【A.G】――『死神殺し』の照準器を覗き込む。

 後衛の援護下、前衛隊が次々と【幻影】を倒している。

 顔を戻し、俺は後輩へ告げた。


「此処じゃ遠すぎる。刀護、俺達も前へ」

「駄目です。先輩を前に出したら、僕がコレットさん達に殺されます。……体調不良、完治していませんよね?」

「…………」


 二年前から戦い続け、かつ他の四名と異なり才能に恵まれなかったらしい、俺はこれまで幾度も死にかけた。

 その都度、仲間達に助けられ死神の鎌から逃れてきたのだが、俺の身体はもう限界を迎えつつあるのだ。

 真摯に心配してくれている後輩へ言葉を返そうとすると――インカムに作戦司令部から情報が飛び込んて来た。


『旧東京駅方面に人影あり。複数の【幻影】に追われている模様』

「此方――【魔弾】。俺達が対応する!」

「!? 先輩っ!」

「今、前線組が動かすのは無理だっ! それに――」


 俺はビルから無造作に飛び降り、黒い羽を広げた。

 追いかけて来る後輩へ叫ぶ。


「生存者だとしたら、救わないといけない! 俺達には、もう一人だって死なせる余力はないんだからなっ!!」

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