第十二話 訓練 下

 飛翔訓練場には生徒達が既に待機していた。

 支給されたTシャツに短パン。普段と違い、やや緊張気味のようだ。


「すまん、待たせた」

「風倉教官に敬礼!」『よろしくお願いしますっ!』

「お、おお……」


 委員長の三枝の号令一下、一人を除く全員が敬礼した。

 俺も返礼し、壁に背を預け紫髪を三つ編みにしている小柄な少女をちらり。おい、何をした?

 すると、クレアは気まずそうに視線を逸らした。……ったく。

 不機嫌そうなショートカットの副委員長へ尋ねる。


「皆、随分と気合が入っているな。七夕、何があった?」

「……そこのお姫様が、教官が来る前に私達へ飛翔を見せびらかしたんです。それで、少々揉めました」

「風倉教官っ! 早く教えてくださいっ!」「私達も早く、戦えるようになりたいでんすっ!」「……この前のサイレンで、小さい頃を思い出しました」「【幻影】と戦えるのは【戦乙女】だけ。ならっ」「私達だって、御役に立てるようになりたいんですっ!」「教官達や御姉様達だけを戦わせて、逃げるのは嫌です」


 三枝を先頭に少女達が俺へ詰め寄ってきた。

 加わっていない七夕も、真剣な視線で俺を射抜いてくる。

 俺は両手を出し、生徒達を押し留める。


「お前達の熱意は分かった! 分かったからっ!! 落ち着け。まずは、説明をさせてくれ」

『……は、はい』


 少女達は、自分達が興奮していたことに気付き恥ずかしそうに顔を伏せた。先の襲撃で、やる気や決意に火がついてしまったようだ。

 俺は説明を開始する。


「まず、基本的なことからだ。三枝」

「は、はいっ!」

「そんなに緊張――……いや、何時もだったな」


 笑い声が上がり、空気が柔らかなくなる。

 眼鏡委員長は恥ずかしそうにし、七夕とクレアは何故かジト目になった。……十五とはいえ、女の気持ちは分からん。


「どうして【戦乙女】は飛ばなければならない?」

「――【幻霊】が空を飛んでる為です」

「その通りだ。七夕、【A.G】を」

「はい」


 クールな副委員長は両手を合わせた。

 光が集まり――銀色の和弓が顕現。

 俺は頷き、昔話を披露する。


「まだ、【A.G】なんて言葉すらもなかった時代――俺達は誰も飛翔技術を持っていなかった。持っていたのは、七夕の持つような個々の『武器』のみ。空から襲撃してくる【幻霊】を倒す為、散々苦労したもんだ。結果……端的に言えば、キレたんだ。天下の【白薔薇】様が。『何とかしてっ!』ってな」


 クスクス、と再び笑い声。

 ようやく普段の授業と同じような空気になってきた。


 飛翔は【戦乙女】候補生にとって一つの関門。


 出来れば、リラックスして挑んでほしい。

 視線でクレアを呼ぶ。

 すると、少女は瞳を、ぱぁぁぁと輝かせ――直後、頭をブンブン振り、腕組みをしそっぽを向いた。一緒に校長室へ行けなかったことに拗ねているのだ。

 俺は生徒達へ視線を戻す。


「仕方なく、俺はこう返したんだ。『なら、羽でも形成して飛べばいい』ってな。勿論、冗談のつもりだったんだぞ? 飛翔技術はその日以来、生まれた。……なお、この話はオフレコだ。誰も信じないだろうが」

「――信じます」「きっとそうなんでしょう」


 三枝と七夕はあっさりと首肯。

 信頼感を抱かれるのは嬉しいが……そこまで、何かした覚えもないんだがな。

 俺は手を軽く叩いた。


「良し! では、二人一組になってくれ。まずは、【翼】の形成訓練から始めるぞ。天羽、手本を――」

「か、風倉教官」

「ん?」


 三枝がおずおずと挙手し、俺を見つめた。

 指を弄りながら、もじもじとお願いを口にする。


「出来れば――教官にお手本を見せていただきたいです」

「俺か?」

「は、はいっ!」

「私も同じ意見です。天羽さんのは凄過ぎて参考になり難いので」

「なっ!?」「ふむ、一理ある」


 七夕の意見に、何時の間にか近づいて来ていたクレアが動揺の呻きを零し、俺は顎に触れ考え込んだ。

 確かに――いきなり八翼なんて見せられても困るだろう。大半は双翼なのだ。

 首肯し、委員長の提案を受けいれる。


「分かった。だが、知っての通り俺は引退した身だ。お前達が思うような綺麗な【翼】じゃないのは事前に言っておく」

『はいっ!』

「……むー」


 生徒達が元気よく返事をし、クレアは不満を零した。

 ……このお姫様に、どうにかして同年代の友人を作らないとな。

 俺はそんなことを思いつつ、


「それじゃ――よっと」

『!?』


 黒翼を形成し、急上昇した。

 一回転。二回転。三回転。

 急降下し、ふわり、と両手を握り締め合っている三枝と七夕の前へ降り立つ。

 【翼】を消し、手をひらひら。


「こんな感じだ。ハハ……ボロボロで恥ずかしい限り」

『………………』


 生徒達が黙り込み、言葉を喪っている。

 唯一、クレアだけは「……この前、私が飛んだのと同じ……えへへ……」と頬をほんのりと染めているが……気まずい。


『その勇敢な少女の背には純白で清らかな翼あり』


 【幻霊】との戦いが激化し、人々の中に恐怖が蔓延しつつあった頃、一枚の写真が世界中を駆け巡った。

 以来――【戦乙女】と美しい翼はセットと語られている。

 重傷を負って戦えなくなった者や、魔力が減衰した者はいても……俺みたいに、翼が漆黒に染まった者はいない。

 【Common curseありふれた呪い】なら、ありふれていてほしいもんだ。

 生徒達へ話しかける。


「あまり参考ならなくて、すまん。コツは【A.G】を背中に展開させるイメージをもつことだ。自転車と同じで、出来れば一生忘れない。今日は、まずその感覚を掴むことを目標に――」

「……風倉教官」「……教官」『…………』

「お、おお?」


 三枝と七夕、皆が真剣な表情で俺へ、一歩近寄ってきた。

 ――そこにあるのは強い決意。

 少女達が踵を打ちならし、見事な敬礼。


「教官の分まで、今度は私達が戦いますっ!」

「…………翼、ボロボロでした。あんなに……あんなになるまで…………」

「頑張ります!」「凄く気合が入りましたっ!」「教官を戦わせないようにしますっ! ねっ?」「うんっ!」

「お、おお……が、頑張ってくれ」


 気迫に押され、俺は後退りながら頷いた。

 すると、三枝が「さ、みんな、訓練を開始しましょうっ!」と号令を出し、各自訓練場に散っていった。

 ……いや、本当に女は分からんな。

 独り残ったクレアが俺へジト目。


「……バカ。鈍感。どーせ『気持ち悪い』って言われると思っていたんですよね? いい加減自覚してください。あの子達にとって、風倉樹は正真正銘の英雄なんですよ?」

「……そう言われてもなぁ。で? お前はどうして誰とも組んでないんだ?」

「…………必要」「三枝、七夕、天羽を入れてやってくれ」

「は、はーい」「……教官が仰るなら」

「!?!! 樹さん!?」

「風倉教官、だ」


 激しく動揺する少女を見下ろし、訂正させる。

 ――まぁ、一歩一歩だ。

 面倒事は大人達が解決すればいいのだから。

 クレアと視線を合せる。


「いいか? 強いだけの【戦乙女】になるな。意味は理解出来るな?」

「…………はい。柊も言っていましたから」

「よろしい。なら――」


 俺は少女の背中を軽く押した。

 耳元で囁く。


「(頑張って来い。今週の週末、天羽家に顔を出す時は付き合ってやるから)」

「(! 了解、でーす)……えへへ♪」


 あっという間に上機嫌になったクレアは、意気揚々と歩いて行った。

 ――先の【海月】。

 見つかった後、無理矢理、侵攻すれば島内に辿り着けた可能性があった。

 にも拘わらず、真正面から戦闘を挑んで来た。

 つまり……七夕と睨み合ってクレアを見やる。


「目的が一つとは限らない、か」


 俺は小さく小さく零し、空を見上げた。厄介だ。本当に。

 それでも――俺がすべきことは何一つとして変わらない。


 戦えなくなったのなら、次代の【戦乙女】を守り、育てる。


 うん、変わらないな。単純でいい。

 クレアが俺の名前を呼んだ。


「いつ――こほんこほん。風倉教官。この分からず屋な副委員長を諭してください!」

「はぁ?」「し、志穂。お、落ち着いて」


 早くもぶつかっているようだ。

 俺は肩を竦め、三人の下へあと歩き出した。  

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