第十三話 外出 上

「えーっと……これでいいかなぁ?」


 私服に着替えたクレアが、部屋の姿見に自分を映し先程来、首を傾げ、髪型を弄っている。

 髪色に合わせた、極々淡い紫のワンピース。

 長く美しい髪と華奢な肢体によく似合っているように思う。無暗やたらに褒めると、録音されたりするので口にはしないが。

 週末、土曜日の午後。

 午前中の授業を終えた俺は、先日の訓練の際にした約束を果たすべく、お姫様を迎えに来たのだが……。


「ん~……やっぱり、服が合っていない気がします。樹さん、私、着替えて」

「駄目だ。本土への連絡船が到着した」


 俺は少女の訴えを却下し、窓の外を指差した。

 島に近づいて来る高速フェリー。

 その後方海面には、護衛艦艇のマストが見え、上空には合計で四人の【戦乙女】達が浮遊している。

 ……護衛艦はともかくとして、数が全く足りていない【戦乙女】一個小隊をわざわざ付けてくれるとは。山縣さんや刀護もかなり、先の襲撃が堪えたようだ。

 クレアが指を弄りながら、もじもじ。


「で、でもぉ……せ、折角、樹さんとのデートなのに……」

「大丈夫だ。俺はあくまでも付き添い兼雑用係だ。何しろ――天羽クレア御嬢様の世間知らずは、想像を絶しているからな。独りで天羽の御屋敷へ行かせて、迷子になった挙句、本土へ行くのは二度手間になる」

「なぁっ!? そ、そんなことありませんっ! わ、私は、自分で御屋敷に戻れますっ! この前なんか、電車にも乗れたんですから」

「……そして、改札を出られず、俺に泣きついてきたよな? 『か、改札が閉まって……お、お金も持っていないんです。学校を出たら、い、樹さんは私の雑用係な筈です。助けに来てください』」

「い、一言一句、覚えて!?」


 少女は愕然とし、頬を真っ赤に染めた。

 ……頭は良いんだが、どうしても日常生活の知識が足りていない。

 こればかりは、少しずつ経験させていくしかないだろう。俺や、天羽の爺さんの胃は痛くなるが。

 立ち上がり、テーブルに置かれている白の布帽子を手に取り、少女の頭へ被せる。

 革製の鞄を手に取り、移動を促す。


「ほら、行くぞ。他の生徒を待たせちまう」

「……嫌です」

「おい、クレア」

「嫌です。……感想を言ってくれない限り、私は此処を通しませんっ!」


 小柄な少女は玄関前の廊下に移動し、腕組みをして仁王立ち。

 それでいて、瞳には微かな不安が浮かんでいる。

 ……仕方ない奴だ。

 俺は膝を曲げ、視線を合す。


「大丈夫だ。似合っているから」

「! えへ――……はっ! だ、騙されませんよっ! 今のは、お子様を納得させる『似合っている』でした。私が言ってほしいのは、それではなくてですね」


「天羽クレアは可愛い」


 微笑みながら素直に告げてやる。本心だから、照れもない。

 少女は大きな瞳を瞬かせ――自分の頬を摘まんだ。


「……痛い。夢、じゃないです……」

「そうだろうな」

「…………くっ! わ、私としたことが、ぬ、抜かりました……。録音をしておけば、寝る時や起きた時や、落ち込んだ時に、何万回でも聴けたのにっ!!!!! 天羽クレア、一生の不覚ですっ。柊にも『チャンスは何時来るか分かりません』と言われていたのにっ。樹さんっ! もう一度お願いしますっ!!! 誓って、悪用はしません。音源の加工はしますがっ!!」

「不穏過ぎる。ほら、行くぞ」


 顔を顰め、少女の脇を通り抜け玄関へ向かう。

 天羽の御屋敷は実質的に日本の首都となっている名古屋にある。

 出来れば、日帰りで島へ帰って来たいが……あの爺さんが、孫を帰す可能性は著しく低い。


『相談したい議あり。必ず、風倉樹殿も来られたし』


 天羽家からの書簡には、こうあったし、俺も帰っては来られまい。あれで、あの爺さんは我が国の重鎮でもあるのだ。

 廊下を軽やかに駆ける音。

 腰を折らんばかりに、クレアが飛び込んで来る。


「どーん!」「甘い」


 俺はステップを踏み、少女を右脇に抱きかかえた。

 恐ろしく軽い。幾ら何でも軽過ぎる。……もっと栄養バランスを考えて、しっかり食べさせねば。

 何故だか「えへへ……捕まっちゃっいましたぁ♪」と上機嫌な少女へ視線を向け、床に降ろし、宣告する。


「――今晩の夕食は、きちんと野菜も食べること。ピーマンもだ」

「!?!! い、樹さん……? わ、私に、死ね、と仰るんですかっ!? あ、あんな緑で苦いお野菜を、この『世界で一番可愛い』私に食べろろ? そ、そんな……そんな、暴挙が許される筈ありませんっ!」

「戯言は聞かん。食べなかったら、一か月間、おやつ抜きだ」

「お、横暴っ! 横暴ですっ!! いったい、何の権利があると言うんですかっ!?」

「栄養管理も『雑用』の範囲内かと存じます」

「ぐぬぬ……」


 普段のやり取りをしつつ、俺は最後の確認していく。

 届け出はした。部屋の鍵も閉めた。着替えも持ったし、貴重品もある。

 平均身長よりもかなり低い少女の布帽子に、手を置く。


「たくさん食べないと、大きくなれないぞ。すくすく育て」

「……子供扱いしないでください。樹さん、私が今年で十六歳なのを忘れていませんか?」

「戸籍謄本に間違いがあるのは仕方ないことだな」

「きーっ!」


 クレアが襲い掛かって来ようとするが、頭を押さえている為、その華奢な手は俺に届かない。まだまだ、子供だわな。

 少女をあしらっていると、携帯が鳴った。刀護からだ。


「はい、風倉」

『先輩。船が着きました。既に、生徒達の乗船も始まっています。護衛は【戦乙女】一個増強小隊と護衛艦艇が二隻です。山縣さんが気張ってくれたみたいですね』

「了解した」


 通話を切り、頭に乗せていた手を外す。

 そして、つんのめったクレアを腹で受け止める。


「ぷふっ! …………樹さんの匂いがします」

「嗅ぐな。乗船が始まったみたいだ。急ぐぞ」

「はーい」


 俺から離れた少女がドアノブに手をかけ――振り向いた。

 輝く満面の笑み。


「樹さん、きちんとエスコートしてくださいね? 小さな子想定じゃなく、大人の女の人として★」

「――善処する」


 苦笑しつつ返答し、俺は片目を瞑った。

 何はともあれ――久方ぶりの本土だ。楽しむとしよう。

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