第四話 視覚的不協和

視覚的不協和 1


 さて、あまり気乗りはしないが、『清観きよみの儀』についての話に移ろうと思う。月日は流れ、五年後。私たちは十二歳になっていた。一般的には小学校六年生といった時分だろう。……などという言い方になってしまうのも、やはり私たちは学校になど通っていなかったし、そもそも隔絶された烏瓜村には学校などなかったのである。そのせいでその後、勉強をしなければいけない段になってものすごく苦労することにはなるのだが、まあ、それは本筋とはさほど関わりないけれど、あとで少しだけ語ろうかと思う。

 ともあれ、十二歳だ。思春期真っ只中である。このころもまだ同世代五人組や、そこに私のお兄ちゃんを加えた六人で遊んではいたけれど、なんとなく男女で互いに互いを避けているような雰囲気はあった。まあ、やはり思春期であったのだろう。

 そんな思春期真っ只中――みなが十二歳を数えた年の十一月末に、かの儀式は執り行われた。声を大にして先に断っておくけれど、頼むから話を聞きながらにやついたりしないでいただきたい。特に男性諸氏。変な想像してにやけてたりしたら即刻この話は終わりにする。たぶん私の――私たちの人生一の黒歴史だ。いまとなっては昔の話、あまり引きずるつもりもないので、まあ、ニヤニヤするんじゃなくて大爆笑でもって迎えてくれれば私も気が楽かもしれない。

 そんな前置きを置いて、『清観の儀』について、あの日起きた忌まわしき事件について、話していこうと思う。繰り返して言っておこう、頼むからにやつくな。そんな笑ってられる話ではないのだから。


        *


 最初の方にさらりと話したような気もするが、『清観の儀』とはノイギィ派の子女が十二を数えた年の十一月末に行う、とある儀式である。この他にも、年に二回ほどある祭儀――とりわけ『祭り』の要素が強いので、一般認識的にはみんなの思う『祭り』の極めて小規模なものと思っていただければ良い――の際にも、特別に奇妙な風習があったり、ときおり各家庭でもノイギィに祈りを捧げるようなしきたりはあったけれど、特段に大袈裟で、印象深い『儀式』はこのひとつと言って差し支えない。唯一にして最大の、もっとも恥ずかしい儀式だ。

 まあ、とにかく身体的潔白を証明するのである。ノイギィ派としての、ひとつの『大人』の指標というのが、この『清観の儀』を行ったかどうか――換言するところの十二歳になったかどうか、であったので、この儀式を終えるまでは、純潔であることが求められる。逆に言うとこの儀式以降は大人の仲間入りということで、まあ、子孫繁栄に励みなさいというような風習であるらしい。いや、あったらしい、と、過去形で言うべきかもしれない。別に私もこの儀式を終えたからといって両親とかに子作りを勧められるようなことはなかったし。あるいはこの儀式まで純潔でいろと釘を刺されたこともなかった。まあ、今日び十二歳までに純潔が失われるってのは、少なくとも一般的に早熟すぎるだろうから、その点に関しては『言うまでもない』ということなのだろうけれど。

 で、ちょっとあれなんでさらっと言っちゃうけれども、この『清観の儀』の具体的な内容というのが、神像――みたいなものをノイギィだと想定して、それに全裸で向き合い、あるいは体の隅々まで見せる、というものだった。思春期真っ只中の子女にさせることではない。まあ、見せるときのやり方というか、ポーズみたいなのもなんとなく決まっていて……うん、ちょっとそれを言うのは勘弁してほしいのだけれど、とにかく全身を曝け出すことになるのである。たぶんね、長年連れ添った伴侶や恋人相手であろうと、こんなところまで見せる機会はないのではないか、というほどに、隅々まで曝け出さねばならない。まあ、ここまでやればノイギィもさぞやご満悦だろう。とは思ったけれども。この恥辱が信仰心に変わるか反抗心に変わるかは人それぞれだろうと思う。私の場合はどちらかと言うと、前者だったけれど。

 で、まあ、具体的なその日の出来事を語る前に、最後にどうして、この話をあえてしなければならないかを言い切ってしまおう。いくらノイギィ派にとって唯一にして最大の祭儀であるとはいえ、これだけ恥ずかしくて、人生の黒歴史となった出来事をあえて語るなどとは、よほどマゾの気がないとできない芸当である。それでも、この話は私にとってするべき理由がある。あのころの、私たち同世代の者たちには、外しきれない枷となっている。あの日、どれだけおぼろげであったとしても、描いていた未来――その『いま』を生きる私たちには、そこに辿り着けなかった者のためにも、その存在を語り継ぐ義務がある。

 そうなのだ。あの日、『清観の儀』が行われた、十二歳の十一月末。とうに雪も降り始めていた烏瓜村で起きた殺人事件。その、被害者と加害者のことを、私たちは忘れてはならないのだから。


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