エピローグ かごめうたの残響

かごめうたの残響


 目覚めると、白い天井だった。端的に言って、病院――病室だった。

 個室で、誰もいなかったので、ナースコールを押し、ややあって、看護師さんがやってくる。

「あの、なにがあったんですか?」

 忘れたわけじゃない。足の痛みも、治療はされたのだろうがまだ、じんわりと感じる。ただ、あの最後の場面から、どう生き残ったのかが不可解だった。

「さあ? 確か、怪我をして気絶しているところへ、大学の先生方が通りがかったとか、そういうふうに聞いていますけど?」

 事務的に僕の体を検分しながら、無表情で、看護師さんは言った。

 それから、ことの顛末を知ったのは、数時間後のことだった。その事件――僕が足を刺され、そして、天蚕糸てぐす先輩が殺害された事件を担当していらっしゃる刑事さんが来て、いろいろと話してくれた。が、むしろ話すのは、僕の方が多かった気もする。合コンで出会った女性が語った物語。それをもとに、天蚕糸先輩と引き合わせ、先輩は殺された。その後、僕も襲われた。が、刑事さんが言うには、ちょうど僕に包丁を突き立てた瞬間、たまたま居残っていた教師が声を張り上げ注意すると、その加害者は、一目散に逃げ出した。それで、僕は助かったという。

 端倉はしくら照花てるか。彼女の名前や人相、そして在学しているはずの大学名を伝えてはみたけれど、また後日、報告してもらった話によると、どうやらそんな生徒は在籍していないようだった。件の大学に通っていたという経歴すら嘘だったのだろう。だが、正直、もう、どうでもいい。

 僕は、傷の治療もそこそこに、引っ越した。大学も辞め、とにかく、知らない街に移り住んだ。実家を出て大学に通っていたわけだから、実家に帰省する、という選択肢もあったが、それは危険だと判断した。僕の経歴を辿られ、家族まで巻き添えにするのは心苦しかったから。つまるところが、僕の経歴を追われるならば、実家の場所くらい調べがつく程度の情報だろうと踏んだから、という理由である。いちおう親には注意するように伝え――なんなら引っ越しも勧めたが、長く住んだ家を離れたくはないという――地元警察にも言い含めておくと、担当の刑事さんが約束してくれたので、まあ、どれだけ信頼に足るかは解らないけれど、ひとまずは安心できた。

 それから、まあ、なんとか就職はして、生活は落ち着いている。それでも、まだ人付き合いは怖くて――どこからどう、僕の存在が彼女に知られるか解らなかったから――どうやらご近所さんたちからは、かなりの変人だと思われているらしい。その悪名も、変に広がったりしたら怖いな、とも思うのだが、なかなか払拭する機会がない。まあ、あまりにローカルな噂でしかないから、そうそう、彼女――彼女たちにまで到達するとは思いにくいので、そこまで神経質になることもないのかもしれない。……それを抜きにしても、ご近所で変人扱いされるのは辛いものがあるが。


 僕は、きっと生きるだろう。病気も、不慮の事故にも、遭遇はするかもしれない。しかし、きっと、殺されるという死からは、逃れられただろう。彼女たち――夜行族やこうぞくの復讐が、どれだけの速度で世界に広がるかは解らないけれど、僕の、このわずかな寿命のうちくらいは、きっと、大丈夫だ。そう、願おう。


「か〜〜ご〜め〜、か〜ご〜め〜」


 田舎だからか、ときおり近所で、この歌を歌う声が聞こえる。その度に僕は、頭を抱えて布団に籠り、体を震わせなければならない。幼い、無邪気な、子どもたちの声だからこそ、なおいっそう、悪寒が走った。


「後ろの正面、だ〜ぁれ〜」


 きゃっきゃと遊ぶ、子どもたちの声。であるのに、僕の脳内で再生される表情はどうしても、ニケケ、と、まんまるに目を開いて、歯を剥き出して笑う、どこか無感情に、怖ろしい、あの、笑顔なのだった。


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氏子寄り 晴羽照尊 @ulumnaff

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