エピローグ かごめうたの残響
かごめうたの残響
目覚めると、白い天井だった。端的に言って、病院――病室だった。
個室で、誰もいなかったので、ナースコールを押し、ややあって、看護師さんがやってくる。
「あの、なにがあったんですか?」
忘れたわけじゃない。足の痛みも、治療はされたのだろうがまだ、じんわりと感じる。ただ、あの最後の場面から、どう生き残ったのかが不可解だった。
「さあ? 確か、怪我をして気絶しているところへ、大学の先生方が通りがかったとか、そういうふうに聞いていますけど?」
事務的に僕の体を検分しながら、無表情で、看護師さんは言った。
それから、ことの顛末を知ったのは、数時間後のことだった。その事件――僕が足を刺され、そして、
僕は、傷の治療もそこそこに、引っ越した。大学も辞め、とにかく、知らない街に移り住んだ。実家を出て大学に通っていたわけだから、実家に帰省する、という選択肢もあったが、それは危険だと判断した。僕の経歴を辿られ、家族まで巻き添えにするのは心苦しかったから。つまるところが、僕の経歴を追われるならば、実家の場所くらい調べがつく程度の情報だろうと踏んだから、という理由である。いちおう親には注意するように伝え――なんなら引っ越しも勧めたが、長く住んだ家を離れたくはないという――地元警察にも言い含めておくと、担当の刑事さんが約束してくれたので、まあ、どれだけ信頼に足るかは解らないけれど、ひとまずは安心できた。
それから、まあ、なんとか就職はして、生活は落ち着いている。それでも、まだ人付き合いは怖くて――どこからどう、僕の存在が彼女に知られるか解らなかったから――どうやらご近所さんたちからは、かなりの変人だと思われているらしい。その悪名も、変に広がったりしたら怖いな、とも思うのだが、なかなか払拭する機会がない。まあ、あまりにローカルな噂でしかないから、そうそう、彼女――彼女たちにまで到達するとは思いにくいので、そこまで神経質になることもないのかもしれない。……それを抜きにしても、ご近所で変人扱いされるのは辛いものがあるが。
僕は、きっと生きるだろう。病気も、不慮の事故にも、遭遇はするかもしれない。しかし、きっと、殺されるという死からは、逃れられただろう。彼女たち――
「か〜〜ご〜め〜、か〜ご〜め〜」
田舎だからか、ときおり近所で、この歌を歌う声が聞こえる。その度に僕は、頭を抱えて布団に籠り、体を震わせなければならない。幼い、無邪気な、子どもたちの声だからこそ、なおいっそう、悪寒が走った。
「後ろの正面、だ〜ぁれ〜」
きゃっきゃと遊ぶ、子どもたちの声。であるのに、僕の脳内で再生される表情はどうしても、ニケケ、と、まんまるに目を開いて、歯を剥き出して笑う、どこか無感情に、怖ろしい、あの、笑顔なのだった。
氏子寄り 晴羽照尊 @ulumnaff
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