氏子寄り 2
「でも、……よかった。ノクトくん、元気そうだね」
僕を見送って、じっくりと間を溜めてから、頼子さんは切り出した。感極まったように、一歩一歩、天蚕糸先輩に歩み寄る。
「それはそうと……逃げて来たって?」
頼子さんに手を向けて、やんわりととどめてから、天蚕糸先輩は言った。
歩みを止め、頼子さんは一度、深く息を吐くように肩を落とす。
「……ノクトくんは、知ってたんじゃない? 烏瓜村で行われてきた、儀式のこと」
絞り出すような、声音だった。
「……『
「知ら、ないよ。名前なんて。……でも、大人たちがやってた、あの、おぞましい儀式だよ……」
なにかに失望するように、少しうなだれて、頼子さんは、言葉尻をすぼめて、答えた。
「それを偶然、見ちゃって。もう、なにがなんだか解らなくて。怖くて。……それで、照花ちゃんと一緒に、村を出たの」
「…………」
呼吸を苦しむような、絞り出した言葉に、天蚕糸先輩は沈黙する。顎に片手を添え、考えるように。
「……あんなことが行われてるって、知ってたんならどうして、どうして教えてくれなかったの?」
責めるような、言い方。そしてなじるように頼子さんはまた一歩、天蚕糸先輩に詰め寄る。
それに威圧されたのか、先輩は一歩、後ずさって、距離を取った。
「僕が『贄祀り』を知ったのは、ケンシくんが
「…………」
不思議な言い回しに、突っ込みこそしなかったものの、頼子さんは黙った。
だから、天蚕糸先輩は、釈明を始める。
「ケンシくんを殺したのは、僕じゃない」
*
「…………」
頼子さんは、黙っていた。いまさらだけれど、廊下に隠れている僕の方へは、頼子さんは背を向けていて、その表情は見て取れない。だが、天蚕糸先輩の顔は、なんとか見える。その様子を察するに、どうにも、あまり穏やかではない雰囲気だ。
まあ、それもそうか。いまは昔の話とはいえ、天蚕糸先輩の言うことが正しいなら、彼は、殺人の濡れ衣を着せられていた、ということになるのだから。
ややあって、頼子さんの後頭部が動いて、うなだれていた顔をあげたのだと解った。それを天蚕糸先輩が見て、彼は、少し驚いたように、ほうける。
「……知ってたよ。ノクトくんがケンシくんを、殺すわけ、ないもんね」
優しい、声音だった。それでもそれを聞いた天蚕糸先輩の表情は固く、強張っていくのだけれど。
「じゃあ、これは信じられるか? ケンシくんを殺したのは……照花ちゃんだ」
これには僕が驚いてしまった。さすがに物音を立てるようなヘマはしなかったけれど、自分でも意図せずに、瞳が大きく見開かれる。
「…………」
頼子さんはまた、黙った。もしかしたらその点にも、気付いていたのかもしれない。しかし、仮に天蚕糸先輩の言うことが本当だとして、どうやって照花ちゃんが? 確か、ケンシくんが殺されたのは『清観の儀』の最中であり、照花ちゃんは……そう、ちょうど儀式を行っていたところで、男女で分かれた部屋の、女子部屋にいたはずなのだ。……なにか、カラクリがあるのか? それともそもそも、頼子さんの話自体に、嘘が含まれていたのか?
「あの日――『清観の儀』の日。あの儀式中に、確かにケンシくんは御神体の目を通して、女子の部屋を覗いた。それは行為自体責められるべきことで、儀式を冒涜したとすればなお、信仰心の厚い者からは蔑まれるだろう。でも……だからって、殺すことはないじゃないか。……あの、彫刻として彫られた御神体は、その形状からしてカモフラージュだった。彫られて描かれている、というのは、
頼子さんが軽く、片耳に髪をかけるために腕を上げた。その些細な動作に瞬間、天蚕糸先輩は警戒を示し、一歩、後ずさる。
「それから僕に、罪を被るようにと、包丁を手渡した。「おまえがマヅラを『マヅラ様』と呼んでいたことは黙っといてやる」って。……ああ、そうだ。僕だよ。君が気にしていた、マヅラを『マヅラ様』と呼んでいた子がいたってのは、僕のことだ。うちは、僕の両親の代からようやく、烏瓜村の住人になった新参だからね。しきたりにどうしても馴染めず、真っ向からノイギィ派には反発してたんだよ。もちろん、僕も子どものころの一度の失言以来、あまりおおっぴらにマヅラ信仰を吹聴はしないようにしてたが――」
「ちょっと待って」
頼子さんは感情のないような、極めて平坦な口調でそう、天蚕糸先輩の言葉を遮る。
「どうして私が『マヅラ様』と呼んでいた子を探していたって、知ってるの?」
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