氏子寄り 3


 僕は瞬間、頼子さんがなにを疑問にしているのかを理解できないでいた。が、よく考えれば当然のことで、僕は、昨日の合コンで頼子さんの話を聞いていたから、彼女がマヅラを『マヅラ様』と呼んでいた子が誰だったかを気にしていた、ということを知っていたけれど、その話を聞いていないはずの天蚕糸先輩がそれを認識しているということ自体が、頼子さんにとっての疑問だったのである。

「……君が村を離れて、三年か? スマートフォンくらいは持っているのだろうけれど、どうやらそもそも、文明の利器を使いこなしてはいないみたいだね」

 そう言うと天蚕糸先輩は、自らのスマートフォンを取り出し、ぷらぷらと振った。それは僕が部屋を出るときにした行動と、よく似た動きだった。

「……?」

 頼子さんは首を傾げて疑問を呈する。

録音機能だよ・・・・・・。君が昨日、酒の席で話した烏瓜村の話を録音していたさっきの後輩が、そのデータを送ってくれていたんだ。……つまり、僕は君が、昨日話した内容をすべて知っている」

 その・・嘘にまみれた・・・・・・物語を・・・。強い語調で、そう、付け加えた。

「嘘……なんのこと? ……確かにいくらか脚色はしたけれど、全体的に、大局は、私は事実のみを話したつもりだけど」

 録音機能については、どうにもうまく理解が及ばずそっちのけにしたような雰囲気だった。だから、それは置いておくこととして、頼子さんは、気になった点のみを追求するように、問いを重ねた様子である。

「確かに、『清観の儀』の話までは、ほとんどが僕の記憶とも合致する。そこに嘘はないのかもしれない。でも……もしかしたらそれ以降は、僕が村を出た後のことだからって、嘘をついても気付かれないとでも思ったのか? 君が――君が知らないはずないだろう!? 氏戸うじと家の娘である君が、十八歳まで『贄祀り』を知らずに、烏瓜村で生活していたなんて、そんなこと……あり得ない!」

 わなわなと肩を震わせ、頼子さんに指まで突き付けて、天蚕糸先輩は言い切った。その言葉の意味は、僕には解らない。ただ思い出すのは――そうだ、頼子さんの名字は、『氏戸』というのだった。そう、合コンでも名乗っていた。それだけのこと。

「…………ふふっ」

 長く沈黙してから、頼子さんは堪えきれなかったみたいに、笑い出す。

「はっ……あはははははっ!」

 声を上げて、笑う。その、どこか感情を捨て去ったような笑いに、僕も、背筋が凍った。

 だが、それに驚愕しているのは、天蚕糸先輩も同じで――それを眼前に見ているからこそ、まるで幽霊でも見るかのように、彼の目は、頼子さんを凝視していた。

「頼子ちゃん……?」

 少し期待がこもっているような、問いかけだった。しかしその後も返答がなく、笑い声だけが続くことに落胆したみたいで、やや間を開けて、意を決したように、天蚕糸先輩は、別の言葉で呼びかける。

「……照花・・ちゃん・・・?」

 その問いに、ぴたりと、笑い声が、やんだ。

 ニケケ。と、声が聞こえるようだった。


        *


「ノクトさあ――」

 声音まで変えたように、聞こえた。演じるのをやめにしたのかもしれない。頼子さん――いや、照花ちゃんは。

「あたいは見逃すって言ったよね? マヅラを『マヅラ様』とか呼ぼうがさ、あたいは全然、なんとも思わねーし。……これ以上・・・・嗅ぎ回らなきゃ・・・・・・・、あたいは見逃すって、『清観の儀』のときにさ、言ったじゃん」

 くるくると、長い、甚平の袖を振り回しながら、照花ちゃんは語る。

「マヅラ派だったガラを殺して、その罪だけ背負ってくれればさ、あんたのお役は御免ってことで、見逃す、ってさ」

 凶器のように袖を振り回し、腕に巻き付ける。回転が止まれば逆回転させ、また、腕に巻き付ける。それを繰り返しながら、威嚇するように照花ちゃんは、天蚕糸先輩に、近付く。一歩、一歩。

 だから、天蚕糸先輩はそれよりも少し早く、徐々に後ろへ下がっていった。一歩、一歩、と。

「どういうことだ……!? 頼子ちゃんなら、まだ解る。でも、なんで照花ちゃんが!? ……いや、ともすれば、あのときからそうだ! どうして君が、こんなことをしているんだ!? 氏戸家の人間でもない、君が……!?」

 なにかに気付いたように、天蚕糸先輩は照花ちゃんの目を見て、固まってしまった。あんぐりと、言葉を途中で切ったまま――そのままの形で、口を開いたまま。

「……気付いた? つーか、知ってんのな? こりゃ、本格的に――」

 照花ちゃんがなにかを言いかけたのを、遮るように、天蚕糸先輩は、言う。

「それ――その目! 照花ちゃん! 君も、まさか――」

 頼子さん――じゃなくて、照花ちゃんの目なら、よく覚えている。昨夜、ずっと彼女の正面に座っていた僕は、ずっと、じっと、その目に見惚れていたのだから。

 灰色に、動物の爪で引っ掻かれたような模様の入った、綺麗な目。その独特な、双眸を。

「それは、氏戸家のものと同じ、夜行族やこうぞくの瞳だ!」


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