死代り 2


 翌日、である。

頼子よりこ、影踏みしようよ」

 と、デジャブのように照花ちゃんがうちにやってきた。なにを思っていたのか、普段とは違う様子で、端的に言えば、笑っていない表情で。さすがに不謹慎だと思っていたのかもしれない。

「影踏み……誰と?」

 ケンシくんは即死であることが、前夜のうちに――つまり、『清観の儀』を行ったその夜中のうちに確認されていた。私が知ったのは翌日の昼前――つまり私が起床したころだったが、それでも、照花ちゃんが来る前には知っていた。つまり、もうケンシくんとは遊べない。そして、その犯行を行ったのがノクトくんだとも聞いていた。ゆえに、ノクトくんとも、まあとうぶんは会えないのだろうとなんとなく解っていた。実際にはその後、一度も会えなかったわけだけれど。つまりが、遊んでいられるような状況じゃなかったし、仮に遊ぶにも、メンバーは一気にふたり、減ってしまっていたのだ。

「ふたりで」

 しかし、照花ちゃんはそんな状況など知らないといったふうに、そう言った。そして実際にあのタイミングでは、照花ちゃんはなにも知らされていないのかもしれない、と、私は思ったものだ。むしろあのようなショッキングな出来事を、まだその余韻も冷め切らぬうちに、年端もいかない娘に伝えた、うちの両親の方が特異である。……ああ、いや、正確にはお兄ちゃんから伝え聞いたのだったか。なんだか記憶があやふやだが。

「影踏みを、ふたりで?」

 なんだかよく解らない申し出のように聞こえた。影踏みって、もっと大人数でやるものだという認識があったから。少なくともその日までの以前に、照花ちゃんとふたりで影踏みなどした覚えがない。

「ま、なんでもいーじゃん。遊ぼうよ」

 ニケケ、とは、笑わなかった。だから私は、照花ちゃんも昨夜のことを知っているものと思って、あの日の会話をしていたはずだ。そして、だからこそ腑に落ちなかった。なぜ、今日に限って私とふたりで遊びたいのか。と。そりゃ、少なくとも表向き・・・、私と照花ちゃんは、同世代五人組の中でもとりわけ仲の良いふたりだった。ゆえに、ふたりきりで遊ぶことも珍しいことではない。でも、決して、そう多くもなかったはずだ。だから当時の私も、どうにも釈然とせず、あるいは前日の出来事が信じられず、なにか胸に引っかかるものがあったのだと思う。

「あのさ、照花ちゃん。昨日――」

 そこで念のため、私は前日の事件について触れようとしたのだ。もしかしたら私の思い違いで、本当に照花ちゃんは、なにも知らない可能性も、どうやら現実的にあり得そうだったから。

 だけど、照花ちゃんはそんな私の手間を省くように、的確に、言うのだった。

「うん。だから、その話、してやるっての」

 少し強い、上からの言葉遣いだったことに、私は嫌悪しなかった。そうだ、きっとこうやって、私は徐々に慣らされていって、変えられていった。そして気付けば、彼女は私との間に、明確な格差を作っていたのである。

 ついてきなよ。どこか有無をも言わせぬ言い方で言って、それ以上は言わないとばかりに、照花ちゃんは踵を返し、来た道を戻り始めた。ここまでにつけた雪上の足跡を、そっくりそのまま辿るように。私に余裕を与えるように、ゆっくりと。

 置いて行かれそうな、背筋の寒さを感じて、私は、着の身着のまま、追いかけたのだった。


        *


 いつもの、十五分進んだ柱時計も、雪化粧でその顔色を半分ほど隠していた。十時から四時くらいを隠していて、そして到着したときには、針をももろもろ、覆っていた。だから、私は世界の時が止まっていたような錯覚を受けたものだ。なんだか私たち以外は、もう誰もいないような、そんな。

 その普段の待ち合わせ場所に到着するなり、照花ちゃんは宣言通りに、影踏みを開始してきた。いきなり私に、その、ものすごくの近くに寄ってくるから驚いたけれども、どうやら影を踏んでいるらしいと気付くや、私は、遅れて体温が上がるのを感じた。

 たったふたりの影踏みだ。どちらが鬼ということもない。ただ私たちは、とにかくお互いの影を踏みまくった。鬼役を押し付ける、というよりかは、ただ踏んだ回数を競い合うかのように、無心に。あのとき、鬼は私たちの間を、目まぐるしく行き来した。私たちは何度も鬼になり、また人間に戻る。それはジャクジャクと、積もった雪を踏み躙るたびに、とても暴力的に、応酬されていた。鬱憤を発散するように。現実を殺害するように。なにかとても大切なものを、それと認識できなくなるまで、壊し尽くすように。

 やがて、無言で一時間ほどそうしてから、「あ〜、ギブ」と、照花ちゃんが先に、倒れた。薄い肌着と、ジーンズを履いていた。そしてその上から、いつもの、古ぼけたサイズの合っていない甚平を着込んだ、その身を雪に、放り出す。

 私は、息を整えながら、そんな照花ちゃんを見下ろして、突っ立っていた。着の身着のままだったから、スウェットだったように思う。二、三枚肌着を重ねていたから、そこまで極端に寒くは感じなかったけれども、影を踏みすぎて汗をびっしゃりかいて、息が整うころには体が冷えていた。それから照花ちゃんの横に倒れ込むと、雪の冷たさも相まって、凍るようだった。だけど、火照る体はまだじんわりと心拍数を上げていて、凍えることこそが、心地よかったのである。

「……ガラはね、ノイギィの怒りに触れたんだ」

 照花ちゃんは仰向けていたし、私はうつ伏せていた。だから彼女の言葉を、私は耳でしか聞いていない。彼女の顔を見ながら聞いていないし、つまり瞬間、耳を疑ったわけである。

 隣を見ると、照花ちゃんも、こちらを見ていた。

「ガラを殺したのは、ノイギィだよ」

 照花ちゃんは言って、とうとう、ニケケ、と、笑った。


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