第五話 死代り

死代り 1


 その日、その場所――あの、神殿の一室にて、ケンシくんは死んだ。殺された。左胸を何度もめった刺し、さらに額にも深々と創傷がひとつつけられた、見るも無惨な姿だったという。

 さて、ここから、たとえば私が探偵役となり、照花てるかちゃんあたりを助手にしてこの事件の真相を暴く展開を期待している人もいるかもしれないが、当然そんな流れは起こらない。犯人など、ひとりしかあり得ないのだから。逆に言えば、どうしてこの日、このタイミングを選んだかだけは不可解だけれど、それも本人の言によれば、「隠す気がなかった」からだという。まあこれも、のちのちの伝え聞きではあるが。

 犯人は、ノクトくんだ。そりゃ、あの場には彼らふたりしかいなかったはずであるから、当然のことと言える。ミステリ要素もクソもない。あの日、ノクトくんがひとりで儀式に赴いて来たのも、どこか示唆的だ。ご両親、あるいは親族に体を清めるあたりから手伝ってもらっていたなら、そのままの流れでその方達も現場に着いて来ていてもいいものである。それが、ひとりで来たということは、そもそも準備を彼はひとりで行った可能性が、十分考えられるということ。身ひとつで、白装束だけを纏って来るのだ。普段以上に凶器を隠す場所など限られている。体を清める段階から誰にも手を借りずにひとりで準備していたからこそ、凶器の包丁を、その白装束の内に隠し持って来ることができた。そういうことだ。

 殺害方法はそれでいいとして、では、動機は? はたから見ている限りの話をするなら、あのふたりは、ケンカこそすれ、決して互いに恨みを持つような事件など起こしていないように見えたものである。が、実はあの日の出来事のうちに、その事件は潜んでいた。

 ……自分で言うのも小っ恥ずかしいのだけれど、どうやら、ノクトくんは私のことが好きだったらしい。だからといってどうしてケンシくんを殺すのか? それは、あの雪合戦の最中、私がケンシくんを押し倒して、もつれて転がっていた、あの場面。あれを見て、どうやらケンシくんも私のことが好きなのだと、気付いてしまったのだという。いや、だからといって殺すのも思い切りすぎな展開だが、どうやら、ケンシくんには敵わない、そういう風に感じて、突発的に思い立ってしまった、のだとか。

 どれもこれも聞き及んだ話だ。私はあの事件以来――儀式直前に見かけて以来、ノクトくんとは会っていないのである。彼は、それから程なくして、ご家族ともども村を去った。まあ、あのまま居続けることなどできなかったろう。むしろ、外界から隔絶している烏瓜村での出来事とはいえ、警察などに介入させなかっただけ、かなりの温情措置である。むしろケンシくんのご家族が納得されたのが不思議なほどの、不干渉だ。本当、どう納得したのだろう? あるいは納得していないのか。……接点がなくなったし、そもそも会ったのも、あの儀式のときが最初で最後だったから、ご家族がその後どうしたのか、私にはさっぱり、解りかねる。

 とにかく、唐突で、素っ気ない話だけれど、かように男子ふたりとはそれまでの付き合いとなった。いまだから言えるけれど、実のところ私は、ノクトくんが気になっていた。好き、とは言えないかもしれない。しかし、少なくともケンシくんよりノクトくんに好意が強かったのはたしかである。だから、ノクトくんもあんなこと、本当にすることなかったのに、とは、いまでもちょっと、残念に思うわけだ。


        *


 いちおう、『清観きよみの儀』の後日談を語っておこう。男子部屋でそんな事件が起きていることは露ほども知らされず――思えばそれもおかしな話だ――私たちは滞りなく儀式を終えた。すべてを終え、定子さだこちゃんの先導により、外へ出る。緊張とか羞恥とか、そんなので嫌な汗をかいていた私は、外気に身を震わせたものだ。隣を見ると、照花ちゃんは寒さなどへっちゃらといった様子で、ニケケ、と、ようやくいつも通りに笑えている様子だった。そのことに、私は安堵する。

「振り向いたら殺す」。あの、私にのみ向けられた害意――殺意が、本当に怖かったから。それは彼女の照れ隠しだったのかもしれないけれど、大好きな照花ちゃんに、強く強く、拒絶されたような気がしたから。……いや、まあ、彼女は徹頭徹尾、私を嫌っていたので、その拒絶も間違いではなかったのだろうけれど。

 ともあれ、外へ――野次馬やおばあちゃん、お兄ちゃんの元へ戻ってみるに、男子ふたりはいなかった。まあ、事件のことを知っているいまから見れば、当然の光景である。しかし、当時は首を傾げお兄ちゃんに問うた。

「なんでもない。……帰ろか」

 そう、なかば強引に手を引かれ、そそくさと帰宅することとなった。私は儀式後の打ち上げはどうなったのか? と、聞きたかったが、どうにもそういう雰囲気ではなかったので、その問いは飲み込んだ。もとより、さして楽しみにしていたわけではない。お兄ちゃんは私と、照花ちゃんの手を引き、定子ちゃんのお母さんに会釈して、ずんずん進んでいった。着いていくのが、大変だった。


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