視覚的不協和 6


 言葉数が少なくて若干の損をしていた定子ちゃんの、儀式――いや、演舞が始まる。あれは――芸術的価値のある、演舞だった。そう思う。

 ぱさり。と、白装束を、落とすように脱ぎ捨てる。一枚の皮が剥がれた内側は、全裸の少女だ。確かに、最低限は大人へと成った肉体である。ほどよく肉付き、それでいて瑞々しさを十分に孕んでいた。寒さからか、随所に紅を差す彩度のグラデーションは、複雑に描かれた絵画のように、見る者を飽きさせない。暗い部屋に、煌々と輝く蝋燭の火が揺れ、目眩のようにコントラストを滲ませていた。

 ……うん。なんだか少女趣味のエロ親父みたいだ、私。でもまあそうやって言葉を尽くして表現すべき、美しい姿だったと――少なくともあの場ではそう見えたと、そういうことである。

 はっきり言って、出来が悪ければただの卑猥で、扇状的なポーズの繰り返しである。たぶん私の番に行われた見よう見まねは、まさしく、そういうものになっていただろう。しかし、定子ちゃんのそれは、繰り返すが芸術だった。芸術的な、演舞だ。

 頭のてっぺんから爪先まで、余すところなく見せつける。であるのに、それぞれのポーズの間隙に、たどたどしさがない。まさしくひとつの完成された舞踊だった。ぶっちゃけマジで卑猥すぎて、言葉にもできないようなポーズもあるのだが。……そうだな。たとえば――。

 大きく足を広げて仰向けに、四つん這いになって、腰を持ち上げてくねくね振るようなやつとか。そんなのが言葉にできるギリギリのラインだろうか? 実際はそれ以上のやつがいろいろあると思ってくれればいい。いや、あんまり想像はしないでいただきたい。……ちょっとにやけだしてるぞ、気をつけろよ。話すのやめるぞ。

 まあそんな感じで、魅入っているうちに定子ちゃんの儀式は終わった。参考になるんだかならないんだか、なんとも釈然としない一幕だった。

 で、次が私の番である。お粗末でお下品なダンスの、始まりだった。


        *


 定子ちゃんの演舞も半分を過ぎたころからか、どうやらお隣、男子チームも儀式を始めたらしく、なんかがやがや騒がしいのが聞こえたりしていた。いちおうは神聖な儀式である、が、確かに恥ずかしく、正直、品性に欠けるような内容だ、年頃の男子たちが騒ぐのも理解できる。だが、彼らのその声のせいで私は、どこか夢見心地だった非現実感から回帰させられて、恥ずかしさが無性に首をもたげてきていた。定子ちゃんの演舞を見ていたときはちょっとだけ、『綺麗だな』、『あんなふうに私もできるかな』と、少しは本番を楽しみに思うようになっていたのに。

「じゃあ、わたしたちはあっち向いてるから」

 白装束を纏い直して、率先して定子ちゃんは後ろを向いてくれた。照花ちゃんも特段の文句なく、黙ってそれに従う。そうやって視線がなくなると、まるでひとりになったように、ほんの少しだけ思えた。しかし、ノイギィの姿を描いたのだろう彫刻に向き合うと、その先から男子どもの声が聞こえる。これではあべこべに、女子には見られていないのに男子には見られているような、ものすごい羞恥を感じたことを、いまでもよく覚えている。

 私は、もうぱっぱと終わらようと、やや投げやりに、白装束を脱いだのだった。


        *


 オールカットである。私のごとき下品なポーズ集はオールカットである。おそらくこのさき何百年生きようともあれこそが、私の生涯一番の黒歴史であり続けるだろう。そう思うほどの内容だったと、まあ、理解してほしい。想像はするな。

 それで、最後に照花ちゃんの番だ。私が自らを……どこか傷物にされたような気持ちで消沈して、定子ちゃんと照花ちゃんの隣へ腰を下ろすと、「ドンマイ」と、照花ちゃんに言われた。よもや、こっそり見られた!? などと思い彼女を見ると、なんとも声をかけにくい様子で、なんだか難しい顔をしていた。

「て――」

 それでもなにか言わなきゃ、と、なぜか義務感に駆られた私は彼女を呼ぼうとしたけれど、はあ、というため息を吐いて、照花ちゃんは立ち上がってしまった。白装束の帯をほどき出したので、私は慌てて俯き、目を背ける。

 いつも飄々と笑っている照花ちゃんのことだから、またニケケと笑いながら適当に『清観の儀』もこなしてしまうのかと思っていた。しかし、あの顔を見て、私もなんだか緊張したのを覚えている。

 するり、と、私の横に抜け殻を残して、まず、照花ちゃんは振り返った。それから一拍、間を開け、再度、嘆息。それから「なるほどね」と、なにかに納得した様子で呟いた――ように、私には聞こえた。小さな、本当に小さな声だったから、ちょっと確証はない。それからようやく、歩き出す。ぎ……ぎ……と、建て付けの悪い床を踏み鳴らして、御神体に向かう音。立ち止まり、ふと、なぜだかこちらに戻ってくる、床の音。が、して――――。

 ゾッ――と、背筋が粟立ち、瞬間遅れて、まるで、ナイフを突き付けるように彼女――照花ちゃんは、背を向ける私に後ろから、そっと、抱き付く。そして、両腕で、私の首を、柔く締めながら――


「振り向いたら殺す」


 耳元で、囁いた。


 ――――――――


 それから、照花ちゃんの儀式が始まり、少し経ったときである。


「ぎゃああああぁぁぁぁ――――!!」


 と、隣の部屋から、叫び声が上がったのは。

 私は、その声にも振り返らなかった。どうせ男子がふざけて叫んでいるだけだろうと思ったし、やはり、照花ちゃんの忠告が、もっと大きな声量で、耳の奥に残っていたから。


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