第九話 彼岸花の蠱惑

彼岸花の蠱惑 1


 ふう。と、長い話を語り終えて、頼子よりこさんは息を吐いた。それから思い出したように、すでに氷が解けて薄くなってしまったカシスオレンジを、まずそうに一気に、呷る。また、同じものを注文して、今度はさもおいしそうにひと口、口内で転がすようにゆっくり、味わっていた。それを見て、僕はテーブルに裏返して置いておいたスマートフォンを取り上げ、少し操作する。そうしてそのまま、今度はズボンのポケットにしまい込んだ。

 誰もがみな、言葉を慎んでいた。しかし、その場の誰も、その話を本当だとは信じていなかったように思う。そういう雰囲気が、僕には感じられた。作り話を嘲るでもない。しかして、信じたふりをするにも限界がある。だが、どちらにしても彼女――頼子さんは泰然とした様子で、ただ枝豆を食べ続けていた。まるで、これまで語りに徹していたぶん、会費の元を取ろうと、躍起になるように。

 それからも、その、合同コンパと呼ばれる集会は、表向きの目的達成のためにつつがなく進行していた。だが、その実の、裏の目的に関しては撃沈。僕たち男子陣は、誰も女子側とのコンタクトを得られないまま、三人並んで帰路についたのである。

「ま、今回はあくまで、『オカルト研究部』同士の交流が目的だったからな。そういう意味では、なかなか面白い話が聞けたんじゃね?」

「そうそう。特にあの子の話がよかったよな! リアリティがあって」

「それも面白かったけどさ、やっぱりあの子の話が一番だろ。まさか最後で、隣にいた友人が実は幽霊だったなんてオチ、見事に騙されたぜ!」

「いや、あれは普通に聞いてりゃ途中で気付く場面がいくつもあったろ? おまえ完全に顔で贔屓してんだろ」

「バレた?」

 顔で贔屓しているふたりは、どちらも諦観を携えながらも、なんとか本日のことを納得しようと、どこか無理にテンションを上げていた。顔、という点では頼子さんもなかなかだったと思うけれど。たぶん生まれつき都会暮らしのこのふたりには合わなかったのだろう。あるいは単純に、あの話が妙に気色悪くて、そのうえそれを淡々と語った彼女が、さらに気色悪かったからかもしれない。話の中で何度も出てきた、彼女愛用のダサいジャンパー姿だったのだから、まあ、いくら素材が良くても、好感度が低くなるのは仕方がないけれど。

「それよりさ。……あの、頼子さんの話は、どう思った?」

 僕は意を決して、己を騙すために語り続ける彼らの間に入った。その手に、もはや古くなって起動しなくなった爆弾を握って。

「……なんだよ、おまえあの子狙いだったの?」

 僕の意図した答えではなかったのだけれど、彼らの意図は汲み取れた。そういう、言葉選びだった。

「いや、まあ、……ほら、僕、ケバいメイクとか苦手だし」

 あはは。と、笑ってみせる。彼らの気持ちも、解らないではない。誰だって、あんな話が真実だと――二十一世紀になって、この平和な日本で、あんなことが起きていたなんて、信じたくないのだろう。僕だってそうだ。あんな話、信じたくはない。でも――。

「お、噂をすれば、あれ、あの子じゃね?」

 友人のひとりが指差す。反射的にその先を辿ると、まごうことなき頼子さんだった。あのダサいジャンパーは間違いない。しかしそれでもなんとも優雅に、彼女は夜の街をひとり、歩いているのだった。どこか、放っておいたら消えてしまいそうな、儚さを帯びて。

「ちょうどいいじゃん。レン。送ってやれよ」

「……いや」

 正直、チャンスだと思った。合コンの本来の目的を達成するため――ではない。あの話を、それに関する情報の擦り合わせを、行うために。しかし、ここで乗り気に率先するのも都合が悪い。ゆえに、一度やんわりと拒絶しておく。どうせ悪ノリがすぎる友人どもは、しつこく迫ってくるはずだから。

「おいおい、ひよってんのかぁ? 男見せろよ男を」

「そうそう。それに、こんな時間に女の子ひとりは危ないだろ? せめて駅まででも、送ってやれよ〜」

 予想通りにうざったく肩を組んで脇をつつかれた。だから僕は、さも面倒そうに嘆息して、

「解ったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 と、彼女の元へ、駆け足で寄ったのだった。


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