視覚的不協和 4


 私は自宅へ帰った。お兄ちゃんと一緒に。あと、照花ちゃんも一緒に。照花ちゃんの準備もうちで一緒にすることとなっていたから。

「楽しそうやったなあ。頼子。なにして遊んどったん?」

 お兄ちゃんが問う。同世代五人衆の中ではもっとも大きい私だったが、お兄ちゃんとはまた、頭ふたつくらい差があった。だから、繋いだ手の先にいる、優しい笑顔が、高いところから向けられる。

「雪合戦。ケンシくんがひどいんだよ」

「なにがひどいんや?」

「照花ちゃんと話してるところに不意打ちで雪玉ぶつけてきたの。二回も」

「そうかあ。そら痛かったなあ」

 お兄ちゃんは言うと、正面を向いてしまった。どこか遠くを見るような目だった。

「でも、頼子は仕返しに、でっかい雪玉作って投げつけてたけどね」

 お兄ちゃんの反対の手を掴んで、照花ちゃんは言った。お兄ちゃんの影から顔を出して、ニケケ、と、笑みを私に向けて。

「照花ちゃんもおっきいの作ってたよね」

 特大玉をぶつけること、あるいは作ることが、はたして名誉なのか、汚点なのかなかなかに判断が難しかったから、とりあえず照花ちゃんも巻き込んでおくことにした。どちらにしたところで、事実には違いないのだから。

「過去最高傑作」

 ぶい。と、あえて言葉に出して照花ちゃんは誇った。お兄ちゃんの手を握るのと反対の手で、まさしくVサインを作って。

 だから私もVサインを作って見せる。ニケケ、と照花ちゃんが笑うから、イヒヒ、と私も返した。あのころ、私は照花ちゃんと本当に心が通った、親友同士だと、本気でそう思っていた。

「……怪我しとらんか?」

 私たちの会話が途切れたところで、控えめにお兄ちゃんが聞いてきた。私は言われてはじめて、自らの体を検分する。そういえば今日は『清観の儀』だった。いや、決して忘れていたわけではないが、そのために体は、綺麗に保つべきだということを失念していた。……だが、まあ、問題はなかった。

「だいじょうぶ」

「照花は?」

 私の返事を聞いたのち、お兄ちゃんは照花ちゃんにも問いただした。

「……だいじょぶ〜」

 ちょっとだけ不機嫌そうに、そっぽを向いて照花ちゃんは答えていた。「ならええ」。お兄ちゃんもなんだか、ほんのわずかにだけれど、不機嫌そうにまた、正面へ向き直る。

 そうこうして、私たちはいったん、自宅へ帰り着いたのだった。


        *


 時刻は午後八時を回っていたような覚えがある。どちらかというと逆算だが。『清観の儀』は十一月の末ごろ――『ごろ』だ、末日ではなかったように記憶している。とはいえ、正確な日付は曖昧だが――その日の日付が変わるころにちょうど終了するように行われるのが慣例だった。だから逆算して、儀式と、移動、そして着替え等の準備。それらの時間を鑑みれば、午後八時ごろだったかと、そういう記憶だ。

 まず、私から、儀式用の白装束に着替える。羽織一枚で全身を覆える着物だ。真っ白な、穢れない新品のものが用いられていたはずである。たぶん前日とかに真水で洗って清めてもいたはずだ。それに着替える。

 が、まずは体の清めも必要となるので、私の部屋で、一日遊んだ衣服をすべて脱ぐ。当然、下着まで、すべて。それから体を冷水に浸した布で拭き清めるのだが、まあ当然、自分一人じゃできない。ので、お兄ちゃんにやってもらう。いま思うと恥ずかしさも多少はあろうが、当時はお兄ちゃん相手なら抵抗感はさほどなかった。たぶん両親相手であっても多少の嫌悪はあったと思うので、それを見越しての人選だったのかもしれない。

「頼子もおっきくなったなあ」

 私の体を拭きながら、お兄ちゃんは言った。

「う〜ん」

 と、私は曖昧な返答をしたと思う。というのも、私は同年代で一番成長していたし、それが少し嫌だったからである。

「これじゃ兄ちゃんもすぐ追い抜かれるなあ」

「え〜、やだ」

 冗談だったはずだけれど、普通に嫌だった。だってお兄ちゃんの背丈って、お父さんよりも大きかったし。正確な数字は知らないけれど、たぶん180センチは軽く越えていたと思う。190あったと聞いても驚かない。それくらい高かったのだ。女子でその背丈は嫌に決まってる。

 お兄ちゃんはあはは〜、と少し笑った。

「おっきいほうがええねんで。力持ちのほうがいろんなことできるしな。大は小を兼ねる言うやろ?」

「やだ〜」

 本気でお兄ちゃんの言うことを間に受けていない。だから兄妹のじゃれつきのように、私はおどけて返答していた。あと、本気で怒ろうにもなかなかどうして、体を拭かれるのがむず痒くて、力が入らなかったのもある。

 そうこうして、清めは終わり、白装束を羽織った。なんの飾りもない簡素なものだったけれど、私はその、新品で、真っ白で、美しく清められたデザインに惹かれた。儀式が終わってからも部屋着で着ていたほどだった。外へ着ていくのはおばあちゃんが反対した。よく意味は解らなかったけれど、ノイギィに失礼があるとか、なんとか。

「じゃあ照花と交代な。頼子、呼んできてくれるか?」

 そう言われて、私は易々諾々、その通りにした。いま思うと仲良くしているとはいえ、人んちのお兄ちゃんに清められる照花ちゃんは、相変わらず図太かった。

 午後九時もとうに過ぎて、準備は整った。それから祭殿へ赴き、儀式は午後十時きっかり、予定通りに始まったのである。


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