巡りの樹海 2


 さて、では出立前に、そろそろ登場人物を紹介しよう。登場人物は、私を含めた同世代五人衆。そしてそこに、私の七つ上のお兄ちゃんを含めた、計六人である。当時の烏瓜村にはまだ数人、子どもがいたはずだが、基本的に私が行動を共にして、つまりがこのお話に登場する子どもたちはこの六人くらいだと明言しておこう。他の子どもも、ちょっと話題に上がるくらいの登場はするかも知れないが、まあ基本的に、ということで。

 まず、男子ふたりからいこうか。

 一人目が、六間伝説の検証を提案した発起人。ガラ。あるいはケンシくん。確か名字がカラ〇〇みたいな感じで、名前がケンシくん。……というのも、男子ふたりとはほぼ同時期――十二歳のときから疎遠になったから、ちょっと印象薄いんだよね。理由も、まあ、あとで話すけど。ともかく彼はガラ。あるいはケンシくん。名字のカラの部分と、あと声がいつもガラガラ声というか、だみ声――医学的には嗄声っていうらしいけどーーだったのが理由だったんじゃないかと。私が気付いたときには彼はガラだった。でも十歳を過ぎた頃だと思うけど、なんだかその頃からあだ名で呼ぶのが恥ずかしくなってか、私は名前のケンシくんって呼んでた。し、このあと紹介する定子ちゃんも、私と同じ時期くらいから『ケンシくん』へ呼び方をシフトしていたのではないかと記憶している。六間伝説のお話し中はまだ七歳だから、一貫してガラって呼んでたと思うけど。ただ、このお話の間は、各々のセリフを除き、『ケンシくん』で統一させてもらおう。

 ケンシくんは、まあ、ガキ大将っていうか、声の大きい子だった。うるさいくらいに。もしかしたらそれゆえに声がダミってたのかも。喉の使い方が乱暴だったんだろう。雰囲気も乱暴で、ケンシって名前だから、剣士の真似事をよくしている子で、とにかくいつもいい感じの木の枝とかを持ってた。さすがに毎日、四六時中ってことはないんだろうけど、私の印象ではいつも持っていた。でも、実際は、物理的な乱暴さは持ってなかった。かといって優しいタイプかというと、そういうことはないけれど。まあ、とにかく声の大きいガキ大将。なにかをやろうって言い始めるのは、だいたいこの子だった、って感じ。

 男子ふたり目は、ノクトくん。本名のはずだけれど、名字はまったく思い出せない。とすれば、そもそも彼の名字を聞く機会は、私にとって、まったくなかったか、あったとしてもごく少ない回数だったんだと思う。とにかく彼は一貫してノクトくんだった。

 彼はケンシくんと対照的に――あるいはケンシくんが騒がしいからその影に隠れてしまったのか、おとなしい子だった印象だ。口数も少なかった気がするし、俯きがちで、男子にしては髪も長く、表情を隠している雰囲気だったと記憶している。だからといって印象が薄いかと言えばまったくそんなことはなく。……まあ、それは彼がとんでもない事件を起こしてしまったから、なのだけれど、それもやはり、あとで語ろう。

 続いて、女子だ。まあ、私のことは置いておくとして、他ふたりの女子を軽く紹介しよう。

 ひとり目が、ちょいちょい登場している、照花ちゃん。端倉はしくら照花。女子はふたりともフルネームで覚えている。照花ちゃんとは、私が烏瓜村で過ごした十八年間の間で、家族を除けばもっとも長い時間をともに過ごした、一番の親友と言って差し支えない。同年代の子どもたちや、そこに私のお兄ちゃんを含めた五人か六人での行動は普段多かったけれど、それとは別に、私はよく照花ちゃんと二人きりでの行動や会話も多く経験した。他の同世代たちとは滅多にそういう機会がなかったというのに、だ。だから、彼女は私の村生活において、かなりの重要人物であることは間違いない。墨で塗りつぶしたような、くすんだ漆黒のおかっぱ頭。ギョロっと大きく見開かれた瞳。そして、親からのお下がりとでもいうような、やけにサイズが合っていない大きな甚平をいつも着込んでいた。というより、彼女は常に、ほぼその甚平しか着ていなかった。四方を森に囲まれた烏瓜村だ。特別な娯楽品もなく、私たちはその多くを、森で遊んで過ごした。特段に整備されていない、ちょっとした獣道くらいしかない森。当然と枝葉も乱雑に伸びきっているし、なにより獣や虫などがうじゃうじゃいた。であるのに、照花ちゃんは、クタクタの肌着くらいは着ていたのだが、その上から甚平をまとうだけ、というような身軽さで、いつも過ごしていた。私なんかは常にジーンズに、よほど暑い真夏などを除けば厚手のジャンパーを着込んで肌を守っていたというのに。照花ちゃんはそんな軽装で、いつも下着くらいしか履いていなかったろう下半身から、すらりと生足を出していた。甚平がよほど大きかったから、膝くらいまでは隠れていたけれど、それでも軽装には違いなかったろう。とはいえ、それも七歳だったあのころから、せいぜい三年間くらいだったろうけれど。成長につれ、さすがにその甚平では下半身を隠しきれなくなり、いつからか彼女もジーンズを履くようになっていった。しかし、私のもっとも印象的な彼女の姿は、やはり生足だった。結局、出会ってから十数年、烏瓜村で彼女と別れるまで、ずっと同じ甚平は着続けていた。くすんだ赤地に、カラフルな――といってもこちらも当然にくすんだ、手毬柄の、甚平。いまでもはっきり、私の記憶に残っている。

 照花ちゃんと私との関係を、うまく言葉で表すのは難しい。シンプルではあった。が、それゆえに、ともすれば他人には理解されない感情でもあるのかもしれない。あるいは、私と彼女と、その周囲をめぐる人間関係において、若干ならざる嫌悪感を示す方もいると思う。それでも、ごく簡単に言い切ってしまうなら、私は照花ちゃんが好きだったし、一番の親友だと思っていた、というだけに尽きる。たとえ彼女が、私のことを嫌っていて、かつ、一番の親友だと思ってくれていた、という、不思議な感情を抱いていたとしても。……そのことに私は、気付いたうえで彼女を好いていた、のだ。

 さて、最後のひとり、黄常おうじょう定子さだこちゃんについても、触れなくてはなるまい。照花ちゃんが、エキセントリックで、謎めいていて、個性的に社交的な女子だとするなら、定子ちゃんは、地味で、おとなしくて、物静かで目立たない子、だったと言える。そしてどちらかというと私も、そういうタイプだった。だからか、彼女といるときが、私にとってはもっとも気楽に安らげる精神状態だったと言える。照花ちゃんのことは好きだったし、一番の親友だと思っていたけれど、だからといって彼女と過ごす時間が、私にとってもっとも楽しいものだったとは、とても言い切れない。むしろ、照花ちゃんと過ごす時間は、私に、かなりのストレスを与えていた。いや、でもだからといって、照花ちゃんと過ごすことを私は、一度として忌避したことなどないし、むしろずっと一緒にいたいとさえ思っていたほどなのだが。この、正直自分でも上手く言語化できない感情については、このあとおいおい、もしかしたら語っているうちに、なんとなく理解してもらえるかもしれない。とにかくいまは、定子ちゃんのことだ。

 定子ちゃんは、よく、ぼうっとしている女の子だった。おっとりしている、とも言える。だが、照花ちゃんとは別の意味で、不思議な子でもあった。定子ちゃんは、ノイギィの巫女だった。そういう言い回しが適切かは解らない。しかし、彼女は烏瓜村に伝わるノイギィ信仰において、やや重要な立ち位置――生まれだったといえる。とはいえ、私はついぞ、彼女がどういうふうにノイギィ信仰において役割を担っていたのかという点について、詳細に理解することはなかった。そんなものにさほどの興味はなかったし、それに興味を持ち始めるころには、私は烏瓜村を脱出することになったから、知る機会がなかった。が、定子ちゃんが――黄常家が、ノイギィ信仰において特別な立ち位置を担う家系の一端であったことは確かだ。だからこそ、と言ってしまっていいのか、とにかく彼女は、不思議におっとりしていたのだ。なにか、私たちには見えないなにかを見つめるように、気付けばどこかを、じいっと眺めているような、そんな子だった。

 さて、こんなところで、簡単な私の、同世代たちの紹介を終えることとする。実際彼らがどんな人だったかは、これから語るお話の中で、もう少し如実に浮き彫りにされていくことと思うから。……あ、あと、先に言った通り、この同世代の仲間たちとは別に、私の実のお兄ちゃんもよく一緒に遊んでくれていたのだが、お兄ちゃんについては簡単な紹介で済ませてしまおうと思う。なぜなら、このお話に、お兄ちゃんはさして重要な立ち位置で絡むことがないからだ。お兄ちゃんは、私の実の兄であるのだが、みんなからも慕われていて、みんなから『お兄ちゃん』、あるいはそれに類する呼称で呼ばれている人だった。学校らしい学校も、たまたま当時――つまり、私が七歳であったころの、数年前だとかに廃校、というか、事実上の休止状態に陥ってしまっていたのだが、お兄ちゃんが先生役のようなことをして、私塾のように希望者には勉強を教えていたと聞く。というのも、私はその塾に行ったことがない。一度として。だって、少なくとも私に限っては、自宅で先生役であるお兄ちゃんに勉強を見てもらえたから。それに、学校が実質なくなって以後、基本的な教育は各家庭で行われていたようだし――というより、学校があった時代からどちらかといえば、簡単な勉強などは各家庭で両親から、というのがメインで、学校は同世代の子が集まれる場所、程度の存在でしかなかったらしい。ともかくそういう理由で、お兄ちゃんはわりかし多忙で、私たちが遊びに出かけるときも、三回に一回くらいの頻度でしか参加してくれなかった。そしてこれから語る、私が経験した印象的なエピソードについては、ほぼ完全に関わってこない。タイミングが良かったのか悪かったのか、それは解らないが、まあ、そういうことだから。

 今度こそ本当に、実際の烏瓜村での出来事に、お話を移していこう。先程もちらりと話した通り、まずは七歳。六間伝説をめぐるフィールドワークの、始まりである。



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