氏子寄り

晴羽照尊

プロローグ 後ろの正面

後ろの正面


 生前、祖母がよく言っていた。「マヅラを『マヅラ様』と呼ぶような子とは、遊んではいけないよ」、と。あの日、祖母は出かける私を呼び止め、そう言った。玄関で靴を履いている私に視線を合わせるように腰をかがめ、正座して。「いいかい、頼子よりこ。マヅラを『マヅラ様』と呼ぶ子とは、遊んではいけないよ」、と、念を押すように繰り返した。皺に潰れた、まつ毛のない瞼を持ち上げ、灰色の瞳が、私を見た。膜一枚の内側に、三本の、なにか動物の引っ掻き傷のような線が入った、灰色の瞳。私の両肩を掴む手の力。いつもなにを言っているのかよく聞き取れないのに、やけにはっきりと、まるで何者かに取り憑かれたかのように忠告する、声。私の一番古い記憶だ。

 烏瓜村の真ん中には、一本の柱が立っている。古ぼけて、十五分ほど進んだ時間を刻む時計。その頭部から、五分分けの毛髪を模したようにぶら下がる、二つのスピーカー。私たちの時間より、十五分ほど早く五時を知らせるそのスピーカーからはコードが伸び、柱をぐるぐると縛り付けてから、私たちの知らないどこかへとずっとずっと、永遠かと思われるほどに伸びていた。

 柱の周辺は空き地だった。といっても、過疎化が進んだ山村だ、空き地でない場所の方が少なかったかもしれない。が、私たち子どもの遊び場はいつもその柱の周辺だった。どこへ行くにもまずそこに集まる。それが私たちの、暗黙での決まりごと。一体全体、どうしてそう決まっていたかは知らないけれど、私も、なぜだか初めてのときから、そこに集まるのだと知っていた。いや、これは記憶の齟齬だろう。きっと本来は、お兄ちゃんか照花てるかちゃんあたりにでも聞き及んでいて、その場所に向かったのだろう。しかしどうにも、その足取りは軽やかに迷いなどなかったように記憶している。まるで導かれるように。それが必然であったかのように。

 そうしてその日、私は本当の意味で『烏瓜村』の一員になった。一人の人間として歩み出した、最初の一歩だったとも言えるだろう。それは、不安と希望に鼓動を高鳴らせた、四歳か、五歳の春だった。

 だが、いまだに思い出せないのだ。あの日、その場所に集ったどの子が、『マヅラ』を『マヅラ様』と呼んでいたのか。


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