15話 別の障害①
あれから、アイシャはいつの間にか眠ってしまっていた。だがある時、おどろおどろしいメロディがまたもや車内に響き渡った事により、叩き起こされる。
「ぅぅ……最悪の目覚めやわ……」
そこで、彼女は眠ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡す。深い木々に阻まれている所為で陽の光は差し込んでこないが、それでも窓の外が徐々に白んできているのは分かった。
また、繋いでいた筈の手はいつの間にか振りほどかれており、彼女はドアにもたれ掛かる様にして眠りこけている。この悍ましいメロディが鳴り響く中にあるにも関わらず。
そして、それはミレイも同様だった。
「何が『着信に気づきやすいので』よ。全然気づかないやない」
アイシャはそんな愚痴をこぼしながら、前の席に置かれた携帯へと手を伸ばす。
次いで、彼女は
「はい、もしもし……」とかすれ声で電話へと出た。
すると、ジークはため息混じりに文句を垂れてくる。
「……その声は、アイシャか。という事は、ミレイはまだ起きていないんだな?」
それを聞くとアイシャは少し不機嫌になり
「ええ、そうやよ……。うちで悪かったわね」と投げやりに答えた。
「いや、そう言うつもりで言ったのではないが……。まぁいい。ミレイが起きていないのなら、通話を切るぞ」
「え、ちょっと待ちなさいよ!」
彼女の制止も空しく、すでに通話は切られている。
そんな彼の態度にアイシャは苛立ちを覚えると共に、不振に思う点があった。
――今の電話なんやったの?
そこで、アイシャはミレイの携帯に一件のメールが入っている事に気が付いた。送り主はジーク。彼女は悪いと思ったが、そのメールを盗み見る。
そこには、
(早朝、ミーシャの件を交渉しに学園へと向かう。それが終わり次第、連絡を入れる。無ければ、俺の身に何かが起こったという事だ。悪いが、後の事は任せる。それと、この事はあいつらには絶対に伝えるな)という文字だけの簡素な文面が書かれていた。
そこで、それを目にしたアイシャは驚くと共にふつふつと怒りが湧きあがってくる。
――交渉ってなんなんよ!? というか、何の相談もなく、勝手に危険なことしようとしてんのよ! ありえやん!
そして彼女は、携帯を前の座席へと投げ捨て、車から飛び出していくのだった。
一方その頃、ジークはすでに学園の敷地内にいた。まだ少し早い時間であったために生徒の往来はほとんどなく、その中にエレクの姿もない。また、彼はタクシーを使いここまで来ていたが、その間にもエレクや、奴の使いらしき者の姿は確認できなかった。
ただ、道中ではやけに治安局のものと思われる車両を見かけた。それには、勿論心当たりがある。
トレーラーでの戦闘、ホテルでの戦闘、マンションでの戦闘。そのどれもが、派手にやり過ぎていた。治安局が警戒と捜査に当たっているのは明白。しかし、エレクの奴がこれで大人しくなったとも思えない。むしろ、ジークの方が窮地に立たされている可能性まであった。
あの日、繁華街には多くの通行人がいたため、ジークがあの場にいなかったというアリバイはない。また、ジークがホテルの壁を突き破った現場を見られた可能性まである。その他にも、現場にはジークへと結び付く決定的な証拠が残されている可能性もあるのだ。
その事からも、ジークは急がねばならなかった。治安局の捜査線上に上がるその前に彼女達の身の安全を確保する必用があったために。
そして、彼は校舎のビルまで急いだ。その足取りは重く、非常におぼつかないものであったが。それでも、外傷はすでに完治しており、歩く事くらいはできる。
しかし、彼が噴水まで辿り着いたその時、またしても彼女達に行く手を阻まれた。
アリシアとその取り巻きの五人組に。
「サタン殿ぉっ!!! お待ちしておりましたよぉッ!!!」と赤髪。
「腰抜け悪魔さん、随分と待たせてくれたじゃない」と黄色髪。
「今日ばかりh……逃がせなi……」と青髪。
「そういうことー」と緑髪。
「うふんっ❤ あたし達から逃げちゃだめよぉ❤」とピンク髪(オネェ)。
そして最後にアリシアが
「ごきげんよう、ジーク殿。今日もいい天気みたいね」と噴水を背に朗らかな笑みを見せ、語り掛けてきた。
それに対し、ジークは彼女達を睨みつけながら
「今日は特に、お前らの相手をしてやる事はできない」と言い放つ。
だがそこで、アリシアはいつもの調子ではなく、珍しくジークに同調してきた。
「ええ、そうね。私も今日はあなたとお相手できないわ」
その様子にジークは怪訝な表情を見せる。
するとそこで、アリシアとその取り巻き達はジークへと近づいてきた。
「昨日の件でいくつか聞きたい事があるのよ」と告げながら。
それに対し、ジークは身構えつつ、問い返す。
「何をだ?」
「何って、あなたも大変な目にあったでしょ? あなたの住んでいたマンションがガス漏れにより、爆発を起こしたんだから」
それを聞くと、ジークは少し構えを崩し答える。
「ああ、その件か。俺とミレイの避難が後少し遅れていたなら、危ない所だったな」
「……そうね。八名もの消防隊員が犠牲になる大規模なものだったものね。とりあえず、あなた達だけでも助かってよかったわ」
少しホッとした表情を見せる彼女だったが、そこでジークは疑問を抱いた。
――八名……? あの場には九名もの刺客がいた筈。あと一人は……、恐らくエコーの奴だ。奴はまだ生きているのか!?
そんな事を考えているとアリシアは急に真剣な表情となり、問いかけてくる。
「ただ、現場にあなた達の姿がなかったらしいけど、どこに行っていたの?」
「俺達は車で避難していた。その足で、近くのホテルに泊まったんだ」
ジークはそう白を切った。
すると彼女は
「……そう」と呟き、考え込む素振りを見せた。
そこでジークは
「聞きたいことはそれだけか? 悪いが、俺は先に行かせてもらうぞ」と告げて、この場から立ち去ろうとする。
しかしその時、彼女は力づくでジークを制止してきた。
「 “斬烈波” 」と叫び、衝撃波を撃ち放つことによって。
ジークはそれを右腕で振り払うが、弾みでよろけ膝を突いてしまう。
「待ちなさい。まだ、話は終わっていないわ」
それを聞くと、ジークは膝を突いたまま、彼女を睨み上げる。
「ッ……まだ、何かあるのか?」
「ええ、大いにあるわ。その日、不可解な事件が何件も起きているのよ。あなたもニュースで見かけたんじゃない?」
そう問われるが、ジークは構わず
「家にテレビなどないから、知らんな」と言い放ち立ち上がろうとした。
すると彼女は、再び“斬烈波”を撃ち放とうとする素振りを見せてくる。
「下手に動かない事を勧めるわ」
そこで、ジークは彼女の忠告に耳を貸した。今の状態では、彼女を振り払って逃げる事が困難だと察したため。
そして彼女は語り始める。
「その日、環状線を走行中のトレーラーの上で、火だるまとなった人らしきものを見かけたという目撃談が何件もあった。また、それが道路標識を破壊したという目撃談も。そして何より、そのトレーラーは環状線を降りた先の繁華街近くで爆発炎上したわ」
それを聞くと、ジークはまたしても、怪訝な表情を浮かべた。
火だるまとなった事と道路標識を破壊した事には身に覚えがある。しかし、トレーラーを爆発炎上までさせた覚えはない。それは確実に奴らの仕業だ。積荷を治安局に調べられるのを恐れ、証拠隠滅を図ったとしか思えない。
そんな事を考えていたジークであったが、彼女はさらに話を続けてくる。
「また、それより一時間程後に、繁華街内にあるラビリンス天魔という所謂ラ〇ホテルの一室が放火された。その際、壁が崩れ落ちて何者かが落下してきたなんて言う話もあるわ」
それに対し、ジークは素知らぬふりをして、感想を述べる。
「そうか。マンションが燃えた以外にそんな大事が立て続けに起きていたのか」
「ええ。そして、そこでも遺体の一部が発見された。それも、酷く損傷し原型を留めていない天使か悪魔か人間かの頭部がね。あまりの損傷具合に、身元の特定もできなかったらしいわ」
そこまで聞くと、彼女がなぜこんな話をしてくるのかは、察しがついていた。しかし、彼女はまだはっきりとは言ってこない。それにジークは徐々に不快感を募らせた。
そして、アリシアはジークの気持ちなどいざ知らず、話を続けてくる。
「それと、件のホテルのロビーとエレベーター内の監視カメラが、同時刻に学園の生徒三名が利用していたという記録を残している。それも、意識のない女学生を担ぎこむ左手のない男と、不安気に付き従う女学生の姿が映し出されていた。男の顔は映されていなかったから、特定にまでいたれなかったけど、女学生は特定できたわ。アイシャ・アスモデウスとミーシャ・アスモデウス。実は彼女達から、事件が起きる2時間程前に治安局が『何者かに追われている』と通報を受けていたの。そして、現在も彼女達と連絡は取れない。それに、行方も分かっていないわ。つまり、この男により誘拐されたという疑いがあるの」
そこで、ジークは明言してこない彼女の言い草に痺れを切らし、問い詰めた。
「そうか。で、それらをなぜ俺に話してきた? まさか、俺が放火や殺害や誘拐を企てたとでも言いたいのか?」
すると彼女は首を横に振りながら、
「まだ、そうとは言っていないわ。だけど、あなたにはいずれの件にも、関与している疑いはある」と告げてくる。
それに対し、ジークは怪訝な表情を見せる。
「その根拠はあるのか?」
アリシアはそれを聞くと、険しい表情となり
「先程の話に戻るけど……。環状線上、吹き飛ばされた道路標識の近くで、切り落とされた左手が発見されたわ。それのDNA鑑定を進めた結果、95パーセントあなたのDNA型と一致したの。つまり、あなたには二件の器物損壊及び、二件の放火及び、一件の誘拐及び、一件の殺害事件に関与している疑いがあるという事よ。何か言いたい事はあるかしら?」と言い放ってきた。
そこで、ジークはこれ以上、白を切り続けることは出来ないと判断する。それと同時に彼女に対する一つの疑問も生まれた。
「そうか……。しかし、そんな事をただの学生がどうやって調べた? お前は、一体何者なんだ?」
すると、彼女は得意気に笑い、胸ポケットから物々しい手帳を取り出してきた。そこには、彼女の顔写真と共に、名前や生年月日などが記されている。
そしてジークは、それが何なのかすぐに理解した。それは、治安局員である事を証明する身分証明証。
彼女はそれを見せつけながら
「私は治安局特別捜査官、アリシア=ミハイルよ」と告げてきた。
それに対し、ジークは少し驚かされはしたものの、毅然とした態度は崩さない。
「……やはり、そうか。で、俺をどうするつもりだ?」
そう問いかけると、彼女は一言
「署まで同行を願うわ」と答えてくる。
次いで彼女は、取り巻き達へと合図を送り出す。すると、取り巻きの腕の中から光輝く棒が出現し、それを地面に打ちつけてきた。そして、ジークの周囲は一瞬の内に光のリングに取り囲まれてしまう。
ジークはその光景を傍目に、アリシアを睨みつける。
「また随分と強引なやり方だな?」
「ええ、あなたは危険ですもの」
アリシアはそう答えると、両腕を天に翳し身構えてきた。
すでに、一触即発な緊張感が漂っている。しかし、ジークはなるべくなら穏便な方法でこの場を切り抜けたかった。治安局とこれ以上の揉め事は御免であるし、そもそもジークは万全な状態ではない。
そこでジークは、交渉を持ち掛ける。
「もう少しだけ待ってくれないか? 俺にはまだやるべきことがある。その後なら、好きにしてくれて構わん」
だが、それに取り合ってはもらえない。
「そんな言い分が通じるとでも? これは今までの決闘とは訳が違うのよ」
それどころか、アリシアが天に翳していた両手の中には、それぞれ光り輝く透明な刀が二本も作り出されていた。今まで、彼女が同時に二本の刀を振るおうとしてきた事などはない。彼女は本気でジークを討ち取ろうとしてきていたのだ。
それを察し、ジークは固唾を呑んで身構えた。
すると、彼女は二本の刀をジークに見せつけながら
「私の右手は熱を帯びる。そして、私の左手は光を宿す。あなたが協力してくれないなら、こちらも容赦はしないわ!」と告げてくる。
それと同時に、彼女は左腕の剣を振り翳してきた。それが”斬烈波“を生み出し、ジークの下へと真っすぐに襲い掛かってくる。
あまりにも早い衝撃波。ただ、その攻撃なら何度も目にしていた。
そのため、躱せなくはなくはない。ジークは即座に身を翻し、何とか躱す。
しかしその時、予想だにしていなかった事が起きる。ジークが躱すと同時に、衝撃波は3つに分裂し、彼の周囲を取り囲んできたのだ。
「何ッ!?」
ジークは意表を突かれ、3つの衝撃波に3方向から切りつけられた。
右腕、左足、それと背中から鈍い痛みと共に鮮血が走る。そこで、ジークは思わず膝を突いてしまう。
そんな様子を見て、彼女は
「ごめんなさいね。不意打ちは私の流儀に合わないから使いたくなかったのだけど、手段を選んでられないのよ」と言い放ってきた。
確かに、今の攻撃は想定外である。しかし、対応しきれない速度ではなかった筈だ。体が付いてきてくれさえすればだが。
ジークは思う様に動かない体に苛立ちと共に不安を募らせる。
――ックソ! はたして、彼女を説得しきるまで体が持つだろうか……。いや、それ以前に、こいつを本当に説得しきれるのか……?
そんな疑念を抱きつつも、彼女への説得は続けるしかない。
「待て、話を聞け。俺はアイシャとミーシャを保護しているだけだ。彼女達はエレクの奴に身柄を狙われているからな。ホテル近くで見つかった遺体は、エレクの仕向けた刺客だ」
ジークはそう訴えかけるが、相変わらず彼女は聞く耳を持ってくれやしない。
「そう。その話は興味深いわね。署でじっくりと聞かせてもらうわ」
彼女はそう告げながら、ゆったりとした足取りでこちらへと向かってきている。
それでも、ジークは膝を突いた状態のまま、さらに訴え掛けた。
「そんな時間は残されていない。俺のマンションが爆破されたのは、奴らの襲撃が原因だ。奴らの脅威は計り知れん。少しでいい。彼女達の身の安全を確保するために俺は学園長と話をする。その時間だけが欲しいんだ」
それを聞くと僅かにアリシアの動きが止まる。しかし、彼女はすぐさまジークへと剣先を向けてきた。
「……ダメよ。あなたが逃亡や証拠隠滅を図る恐れがあるから」
そこで、ジークは早々であるが、説得を諦めてしまう。
――俺が言えたことではないが、とんだ石頭だな……! 仕方ない。力づくで通り抜ける他ないようだ……
そう結論付け、ジークはため息を漏らす。
そして、
「そうか、どうしても見逃してはくれんか。だったら、こちらも引くわけにはいかない。押し通らせてももらう」と言い放ち、ゆっくりと立ち上がった。
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