24話 深い闇の底で見た希望の光

 一方、アリシアは空を駆け回りながら、向かい来る怪鳥達を次々となぎ倒していく。その最中、あまりにも細かくなり過ぎた糸は、宙に霧散していく事に気が付いた。だが、依然として数は減らない。何体かの怪鳥は明らかに細切れに切り裂かれ、散っていった。それでも数が減る気配がないのだ。


 アリシアの周りには依然として50体程の怪鳥が飛び交っている。それをアリシアは不振に思う。


――おかしいわ。徐々に数が減っていてもいい筈なのに……。まだ、こんなにもいるなんて!


 そして、アリシアは手の平よりも小さな鳥を引き裂いた。その時、彼女はある事に気が付く。切り裂かれた糸は宙に霧散していくが、そこで糸は一番大きな鳥へと吸収されていったのだ。それと同時に、鳥は少しばかり大きくなっていた。


 アリシアはそれに気が付くと驚愕する。


――なによ、これ……!? 不死身なの……!?


 ただ、その間にも奴らは止めどなく襲い掛かってくる。


「ッ……! 埒が明かないわ」 


 そう嘆きつつも、彼女は模索していく。奴らを蹴散らすための策を。


――術者であるエレクが、倒されるのを待つのが一番確実でしょうけど……。それだと、なんだか私がエレクに負けたみたいで癪に障るわ! 何かある筈よ。これを倒すための糸口が


 そこで、彼女は今までの攻撃パターンと左足をやられた時の事を思い出す。


――こいつらの攻撃は、恐らく全て一緒。肉薄して糸を突き刺してくるものだわ。その際、奴らの動きは必ず止まる


 そして彼女は、ある秘策を思いついた。それは馬鹿げてるとも思える秘策。


――そうだわ。こいつらが増える前に、全てを粉々に砕けばいい話なんだわ。こいつらを一点に集めて、同時に蹴散らす。なんで、そんな簡単な事に気が付かなかったのかしら


 そう考えると、彼女は僅かに笑みを浮かべる。それと同時に、彼女は剣を天へと掲げ、無防備にも宙に漂う。


 すると、奴らは一斉にアリシアへと飛び込んできた。それは、餌に群がる鳩の様に。そして、彼女は一瞬の内に無数の鳥に取り囲まれ、姿形さえも見えなくなってしまう。


 彼女の周囲は日中かと思われるくらいに、明るい。


 それにより、彼女の視界は完全に塞がれていた。そして、体の節々所からは、チクリとした鈍い痛みが襲い掛かる。それと共に、異物が体の中を蝕んできているのも分かった。


 だが、それに彼女は耐える。


――まだよッ……まだ。全ての鳥たちを引き寄せる! そして……


「私の左腕は光を宿す! だから、もっと光を放ちなさい!! 私の為に!!!」


 彼女はそう叫ぶと、痛みに抗いながら剣を握る左腕に力を込める。


 すると、それに呼応する様に彼女の剣は眩い光を放ちだす。怪鳥達から発せられる光を奪いながら。その光は次第に周囲の怪鳥達よりも、一層眩い輝きとなった。


 そこで、彼女は剣を力強く振り下ろす。


「斬烈派ァァァッ!!!!」


 彼女は怒声を放ちながら、一閃。大きく空間を切り裂いた衝撃波は、目の前の怪鳥達を一瞬の内に蹴散らして見せた。また、それだけに留まらず、衝撃波は途中で5本もの線に分離する。そして、5本もの衝撃波はそれぞれ軌道を変えて、アリシアの方へと向かってきた。彼女の周りを縦横無尽に飛び交う、衝撃波。それは、かまいたちの様に彼女の体をも切り裂きながら、怪鳥達を一網打尽にしていく。そして、怪鳥達は細切れになっても尚、切り裂かれ続けた。


 やがて、斬烈波は宙に溶ける様に消えていった。


 そこに残されていたものは何一つない。跡形もなく、全てが無に還っていった。アリシアただ一体を除いて。


 彼女は何とか生きていた。


 ただ、全身からは止めどなく血を流し、息をするのも苦しそうな状態で宙に漂っている。また、彼女の背に生えていた筈の翼は、どこにも見当たらない。そして次の瞬間、彼女が握っていた剣は左腕から滑り落ちていく。それと同時に、彼女自身も地に落っこちていった。


 彼女は怪鳥に体を蝕まれた事と、自身の能力に引き裂かれた事により深手を負っていたのだ。


 そして、彼女は砂利の上に突っ伏したまま、身動き一つ取れなくなってしまう。 


「ック……! 思ったよりも……、派手にやり過ぎたわね……」と苦し気な声を漏らすのみで。


 ただ、そんな中でも意識だけは何とか保っていた。


――だけど、エレク……! この程度で私がくたばるなんて思わない事ね……。それは、ジーク殿やアイシャさんも同様よ。絶対に、あなたを捉えてやるわ! 


 彼女は改めて硬い決意を抱いた。


 するとその時だ。唐突に地面が激しく揺れ動く。それは地震と紛う程の強烈な振動。だが、地震とも違う。地面に耳を付けて注意深く音を聞くと、低く唸るような声が断続的に聞こえてくる。


 そこでアリシアは確信した。


 ジークかアイシャの誰かが、この下で何かと激しい戦闘を繰り広げているのだと。


 そして彼女は、先程の決意を果たす為に地から這い上がっていく。



――――――――――

 

 まさに、その頃だ。ジークは防戦を強いられていた。


 ミノタウロス共と無数のヒュドラによる挟撃。それと纏わりついて来る糸が、ジークを苦しめてくる。それらは、息つく間もない程の連撃であり、ジークは捌き続けるだけで精一杯であったのだ。


 さらに、彼はミレイを守りながらの戦いを強いられる。無茶ができなかった。彼女にはヒュドラ毒に耐性もない。そのため、ヒュドラを切り裂くのにも気を使わされる。


――状況は芳しくない。一先ず、ミレイだけでも安全な場所に連れて行くべきだが……


 そう考えるも、空洞には安全と呼べる場所など見当たらなかった。奴がジークを仕留める為に仕掛けた罠であるのだから当然だ。そんな場所など作る筈もない。まさに八方塞がり。それを再確認させられ、ジークは苦笑を漏らす。


 するとその時、後方よりミノタウロスの鉈が迫ってきた。


 それをジークは躱しつつ、体内魔術を掛ける。


――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト


 そして、ジークは目にも止まらぬ速度で奴の足を切り裂いてやった。ミノタウロスは足から血を噴き出しながら後方へと倒れ込んいく。


 だがそこで、ジークも膝を突いてしまう。


――クッ……体がいう事を聞かない。あと一、二回が限界と言ったところか……


 全身からは嫌な汗が噴き出てくる。ジークは、再三に渡る戦闘での消耗から回復する暇もなかった。彼は、戦う前からボロボロだったのだ。すでに、まともに魔術を扱える状態にはない。勿論、戦える状態にも。


 しかし、ジークが休む事を許されるはずもない。


 その時、糸がジークの体を取り囲むと同時に3体のヒュドラが足に噛みついてきた。


「……ッチ! うっとおしい連中だ!」


 ジークは鈍い痛みと倦怠感に襲われながらも、何とか立ち上がる。そして、それらを振り払い、ヒュドラは空洞の壁へと叩きつけてやった。


 だがそこで、さらに前方と後方より鉈が迫ってくる。凄まじく息のあった挟撃。奴らが狙ってやってきたものではないだろうが、それは最悪のタイミングであった。


 疲労とヒュドラに噛みつかれた痛みと倦怠感も合わさり、即座に飛び退く事は難しい。ジークは横に転がる様にして避けるしかなかった。


 すると、無数の糸が全身に纏わりついてきた。ジークを地面に括り付ける様に。


 そこでジークは、それらから逃れようと糸を切り裂きつつ飛び上がる。だが、その最中にもミノタウロスの追撃は迫っていた。大きく振り下ろされた鉈。それは、すでにジークの後頭部を捉えている。


――避けられないかッ!?


 ジークはそう悟り、咄嗟にミレイを抱き込みつつ、体を丸めた。


 次の瞬間、ジークは背中で鉈を一身に受けてしまう。


「ッウグ……!! アッ……!!」


 空洞内には、背骨が生々しく折れる音が鳴り響く。それと同時に、ジーク達は大きく吹き飛ばされ壁へと勢いよく叩きつけられてしまった。


 壁が一気に崩れ落ちる。そして、ジークとミレイは濛々と立ち込める土煙と共に瓦礫の中に埋もれ姿を消していった。


 すると唐突に、先程までだんまりを決め込んでいたエレクの声が空洞内に響き渡る。


「ハハハッ。凄まじい衝撃だったねぇ。僕のいる所まで響いてきたよ」


 奴は心底嬉しそうな声音でそう告げると、次いで

「さて、お二方ぁ? まだ息はあるかい?」とも問いかけた。


 だが、それに対しミレイからもジークからの返答もない。


 辺りは、ミノタウロス共の雄叫びと暴れ回っている音だけが支配している。


 そこで、エレクは糸の一本をジークが埋もれているであろう瓦礫の傍へと手繰っていく。


 ただ、視界の悪さと激しく崩れ落ちた瓦礫の山の所為で、ジークの死体を見つけ出すには骨が折れそうであった。


「こいつは、大変だ。まともな状態で死体が見つかるといいんだけど……。君の遺体なら高く買い取ってくれる業者がいそうだからね」


 エレクは相変わらずの様子で嫌味を吐きかけると、瓦礫の山に糸を潜り込ませた。


 するとその時、突然瓦礫の中から腕が伸び出てくる。それと共に、糸は腕に掴み取られた。


「やはり……、糸によって俺達の様子を窺っていたのか……」


 苦し気な声で、そう告げてくるのはジーク。


 そして次の瞬間、彼は瓦礫の山の中から這い出てきた。糸を掴む手とは逆の手で、ミレイを抱きかかえながら。


 その様子にエレクは少し驚かされた。しかし、奴はすぐさま笑い出す。


「ハハハッ。随分と余裕そうな態度だと思ったら、君の体は惨たらしい状態になっているじゃないか。痛々しくてみていられないなぁ」と。


 奴の言う通りジークの体は惨たらしい状態となっている。全身からは絶え間なく血が流れ出し、両腕と両足はひしゃげてあらぬ方向へと曲がっていた。それに、背骨も湾曲し、曲がる筈のない角度へと反り返っている。屍と言っても過言ではない。


 だが、そんな状態であるのにも関わらず、ジークは立ち上がってきたのだ。当然、足元はおぼつかず、歩く事すらままならない。


 その時、彼は一歩を踏み出そうとして、瓦礫の山から転げ落ちてしまった。そして、彼は激しく転がり、やがて地面に突っ伏しまう。


 それでも、ジークはミレイと糸を手放そうとはしなかった。


 その様子にエレクはため息混じりに問いかけてくる。


「おいおい。そのまま、くたばっていた方が幸せだったんじゃないかい? なぜ、まだ立ち向かおうとしてくるんだい?」


 その問いかけに、ジークは何も返さなかった。


 しかし、答えがないわけではない。心の内には答えがあった。


 それは執念がそうさせていたのだと。


――何となくだが。今ここで、手放せばまた全てが失われる様な気がしている。『あの時』失った物がまた再び失われる様なそんな気が――


 そして、そんな執念が、ミレイの身を五体満足の状態に留めていた。


 ジークは、もう何も失いたくはない。その一心で動かぬ体を無理やり震い立たせていく。


 そしてジークは、エレクの問いには答えない代わりに態度で示した。よろけつつも、その手にはミレイを抱え、地に足を付けたのだ。


 すると、その光景にエレクは再びため息を漏らす。


「呆れたものだよ。君の諦めの悪さは……。しかし、それもここまでの様だね」


 奴がそう告げてくると同時に、ジークの目の前には3体の魔獣が姿を現した。


 土煙の向こうから。ジークをこんな状況に追い込んだ牛頭人身の化け物が。


 しかし、ジークはそれを前にしても、臆する事はなく奴らを睨みつけていた。それと同時に、一歩も引く様子はない。


 するとそこで、奴らは勢いよく飛びかかってきた。


「さぁ、もう終わりにしようじゃないか!」


 そんなエレクの声と共に、ジークの頭上高くからは、3本の鉈が振り下ろされる。


 それでも、ジークはただ待ち構えるのみ。


 そして、鉈がジークの頭に当たる直前、彼は心の中で唱えた。


――バイタル・アクセラレーション シングルブースト――


 すると次の瞬間、彼の全身はどす黒い光を帯び始める。


 しかし、それも一瞬。その光は、ミノタウロス達の鉈にかき消されてしまった。ジークの能力が発動するよりも早く、奴らの鉈が彼の体に届いてしまったのだ。ジークに掴れていた糸が一瞬で消え去る程の衝撃。


 再び、辺りは轟音と共に土煙にまみれた。


「……ハッ。奥の手が出ると思って、一瞬びっくりさせられたよ。けど、悠長に攻撃を待ち過ぎたんじゃないかい?」


 エレクは、恐らく鉈に圧し潰されているであろうジークに向けてそう告げる。


 だがその時、土煙の中。それも、ミノタウロスの後方より黒い光がチラリと見えた。


 すると、それが見えた次の瞬間。一体のミノタウロスの首が大きく吹き飛び、でかい図体が力なく地面に横たわっていく。


 また、それを目にしていたエレクは声を荒げる。


「な、なにッ!? なにが、起きたんだ!?」


 そして、奴は新たな糸を黒い光が見えた場所へと向かわせた。そこで、奴は土煙の隙間から漏れ出る黒い光の正体を見る。


 それは、ミレイを左手で抱えるジークの姿。だが、その姿は先程とは明らかに異なっている。彼の図体は一回り程大きくなり、全身からは黒い光を放ち続けていた。そして、頭には一本の長い角と背中から二枚の大きな黒い翼を生やしていたのだ。


 変わり果てた姿のジーク。その立ち姿は、とても手負いとは思えない程、凛としたものであった。


 さらに、彼の体から流れ出ていた紅い血液は、どす黒い色へと変わっている。そして、それによりジークの体を黒く光らせていたのだった。


 また、その黒が周囲の光を徐々に奪っていく。それはエレクの糸が放っていた光をも。辺りは次第に黒い光へと支配されていく。


 エレクはこの光景に驚かされ、糸を手繰るのすら忘れかけていた。


「な、なんだ、これは……!? なぜ、まだそんなにも動けるんだよ!?」と彼に対する疑問をぶつけるだけで。


 また、残された二体のミノタウロス達も、彼に気圧された様子で尻込みしている。


 だがジークは、そんな奴らに構う事はなく、ミレイを抱えたままミノタウロスへと飛びかかっていった。大きな翼を羽ばたかせ。


 そこで、ようやくミノタウロス達は動き始める。奴らは雄叫びを上げながら、向かい来るジークを叩き落とそうと鉈を振るってきた。


 しかし、その攻撃がジークに届くことはない。


 ジークは身を翻し、一瞬で鉈を躱すと、目にも止まらぬ速さで首を次から次へと引き裂いていったのだ。 


 すると次の瞬間、宙には2つの牛頭が吹き飛び、地には2つの人身が力なく伏せていく。


 そして、その光景を背にジークは軽やかに地へと降り立っていた。彼には散り行く者など眼中にない。彼の鋭い瞳の先には、エレクの手繰る糸があった。


 そこで、エレクは糸越しであるのにも関わらず、思わず身を竦めてしまう。


 奴はジークに恐怖していたのだ。


――まだ、居場所はバレていないだろうが、バレるのも時間の問題。ジーク君は確実に、僕の下へと迫り来る。そして、認めたくはないが……僕は彼に勝てやしないッ!!


 エレクはジークの姿とその目付きに、そう思わざるを得なかった。


 そして、奴は

「ま、待ってくれ。僕には、人質がいるんだぞ! 僕の居場所に来るというなら、彼女の身の安全は保証できない!」とみっともなくも命乞いをしてしまう。


 しかし、ジークがそれに応える事はなかった。ただ、糸へと向かい足を進めてくるのみで。


 それに対し、エレクは固唾を呑んだ。そして、無意味である事を承知の上で、地面に散らばっていた無数の糸を、彼に向けて一斉に飛ばした。


――ッ頼む。ここでくたばってくれよ!! でないと、僕は、どちらにしろ殺されるッ!!


 すると次の瞬間、糸はジークの体を捉えた。しかし、その全てがジークの体に弾かれ、地に落ちていく。


――やはり、ダメか……。君には敵わないのかッ!!


 奴はその光景を前に手も足も出せなくなり、諦めかけていた。


 だがその時、突然ジークの体から発せられていた黒い光が消え失せる。それと同時に、彼の角と翼も粉々に砕け散り、図体も元の大きさへと戻っていく。


 そして、彼の腕からミレイが滑り落ちた。ボトッという鈍い音を上げながら地面へと。さらにそこで、ジーク自身もその場に膝まづいてしまった。


 その事態にエレクは思わず唖然とさせられる。ジークの姿をただ眺めたまま、何もせずに。


 ただその間も、ジークは膝を突いた状態のまま。そのまま、彼は完全に動かなくなってしまっていた。そこに、先程まで纏っていた覇気は微塵も感じられない。目の色も、正気がなく虚ろ。


 そこで、奴はやっと気が付く。ジークが魔力を完全に使い切ってしまった事に。


 それに気づくと、奴は思わず笑いを漏らした。


「フハハハハッッ……。そうか。運命は僕に味方をしてくれているのか!」


 そして奴は、ジークへと再び糸を一斉に向かわせる。


 ただその最中でも、エレクはまだ秘策を隠しているのではないかと、ジークを警戒していた。しかし、その警戒心からもすぐに解き放たれる。


「さぁ、いい加減死んでいってくれよぉッ!!!」


 奴がそんな事を叫ぶと同時に、糸はジークの体へと確実に突き刺さっていった。糸から伝わる肉を裂く感覚と共に、紅黒い鮮血が激しく飛び散る。


 すると、遂にジークの体は地に伏せてしまう。


 その光景にエレクは勝ち誇った様な笑みを浮かべる。


 だが、そこで奴の攻撃は終わりではなかった。奴は糸をジークの体に突き刺したまま縦横無尽に操りだす。


「念には念を! 君は随分としぶとい体質だからねぇ!!」


 そして、ジークは糸に釣られ、壁や地面に激しく叩きつけられる。


 それはしばらくの間続いたが、エレクはジークの体が原型も分からぬ程に激しくひしゃげたのを確認すると満足した様子。 


 そこで、エレクはジークを地面へとおろしてやった。


「はぁはぁ……、興奮のあまり激しく振り回し過ぎた様だ……。こいつは酷い。ただれ落ちた肉が地面と同化しているじゃないか……。流石の僕でも心が痛むが、死んでくれたなら良しとするか」


 奴はそんな事を呟きながら、ジークから糸を引き抜いていく。 


 そして奴は続けて、

「さて、頃合いだな。そろそろ、他の者の相手もしなくてはいけない。悪いけど、君の埋葬はその後だ」と言い放ち、この場にある糸を全て引きあげていく。


 すると、辺りは非常に静かになった。先程までの騒々しさが嘘の様に。この場に残されたものは、魔獣の死骸とジークだったものと地面を這いずり回る数匹のヒュドラ。


 それと、無傷のままジークのすぐ近くで横たわるミレイだけであった。


 エレクは興奮のあまり彼女の存在を忘れていたのか、それとも元々眼中になかったのかは分からないが。どちらにせよ、彼女には手を下さなかった。


 しかし、彼女は未だに目を覚まさない。そして、そんな彼女の下へとヒュドラは迫り来ていた。ミレイの肉に食らいつくべく我先にと。


 それから彼女は避けようがない。このままだと、彼女は毒に犯され、訳も分からぬまま死んでしまう。


 するとそこで、ジークの指先が僅かに動いた。原型を留めぬ程酷く損傷していたにも関わらず、彼には辛うじて意識があったのだ。また、顔面も大きくひしゃげ、傷口から白い骨が飛び出していたが、それでも目だけは問題なく見えていた。


――ミレイ……。今、助けてやる


 そして、ジークは彼女を守りたいという一心で、腕に力を込める。すると、彼は何とか立ち上がる事ができた。だがそれと同時に、彼の体から漏れ出ていた臓物がただれ落ちていく。また、辛うじて繋がっていた両腕も体から離れ、地面へと力なく落ちていった。


 それでも、彼は足を動かし、彼女の下へと向かって行く。左右に大きく体を揺らしながら。


 しかし、それも虚しく彼がミレイの下へと辿り着いたその時、彼女に覆いかぶさる様に倒れ込んでしまった。


 体の感覚がない。もう起き上がる事も、足の指先一本すらも動かせない。


 背中には、ヒュドラだろうか、何かが這いずり回る様な音が聞こえてくる。だが、それが背中に触れている感覚すらなかった。


 今の彼に出来る事は、ミレイの代わりにヒュドラの毒を一身に受ける事だけ。最早、彼にはこうする事以外出来る事がなかった。無力感。あと少し、魔力が持ってくれさえすれば、彼女を守る事が出来た事による激しい憤り。


――ここが……俺の死に場所なのか……。ミレイもミーシャも。そして、〟あいつ”も救い出せずに俺は死んでいくのか……。


 ジークは失意の中に沈んでいく。そして、ジークが辛うじて保っていた意識も徐々に遠のいていった。それでも、自ら目を塞ぐことだけはできなかった。


 そこで、ジークは心の底から叫んだ。


「ふざけるな……ッ! こんな所で、くたばってたまるかッ……!!」


 次いで彼は願う。 


――なんでもいい。少しばかりのチャンスを……! 奴へと迫る為のチャンスを俺にくれ……!! と。


 するとその時、彼の願いに応えるかの如く、突如として天井の一部が崩れ落ちる。


 そして、そこから月明りが漏れこんできた。また、それと同時に白い光も現れる。光り輝く透明な剣と白い翼を携える光が。


 それを見た瞬間、ジークは自身の目を疑った。届く筈はないと思っていた想いが届いた事に――

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