23話 卑劣な罠

 ジークは、目の前の影を追いかけて池を潜り込んでいく。泥や砂で濁った池は意外と深く、中々底まで辿り着かない。しかし、エレクの影らしきものは、遥か下の方へと確実に沈んでいた。


 それは明らかに、ジークを誘い込んでいる様に見える。それでも、ジークはその誘いに乗っかっていく。


――ここまで来て、奴を逃がすわけにはいかない


 その一心で。 


 やがて、ジークは池の底へと辿り着く。だが、それと同時にエレクの影はどこかへと消えていた。ジークは辺りを見渡すも、池の底には何もない。辺り一面は砂と泥にまみれているだけ。身を隠せそうな場所など存在しなかった。


 しかし、奴は忽然と姿を消した。


――奴の能力か?


 そうとも考えたが、その線も薄い。そんな能力があれば始めから使っている筈。


――なら、どこへ消えた?


 ジークはしばらく辺りを隈なく捜索する。


 その時、底の端で小さな横穴を発見した。それは、人一人が立って入れる程の小さな横穴。暗闇に閉ざされた、この穴の先に何が待ち受けているのか……。それは考えるまでもない。ジークはそれを見て確信していた。


――奴はここに入り込んでいった筈だ。そうとしか考えられない


 そして、ジークは迷わず穴の中へと入り込んでいった。


 やがて、ひたすら真っすぐに延びていた狭い穴は突き当りへとぶつかる。しかし、そこが行き止まりではない。ジークの目の前には、重厚そうな水密扉があったのだ。まるで、船室の様なその扉には丸いドアハンドルが付けられている。


 それをジークは回していく。


 すると、扉はゆっくりと開き、池の水が一気に奥へと流れ込んでいった。その奥もまた、狭く暗い道は続いている。だが、先程とは打って変わり、薄いながらも空気が充満していた。また、道は緩やかな下り坂を描き、その先に小さな明かりが見える。その光へと向かい、水は勢いよく流れ込んでいく。


 それをジークはドアを閉めながら、眺め見ていた。 


――やはり、この先には何かある。それは、恐らく……。いや、確実に罠だ


 ジークはそう考えると、この先に待ち受けるものへの警戒心を一層強めた。


 だが勿論、歩みを止めるつもりは微塵もない。ぬかるんだ地面の所々にエレクの足跡は残されていたのだ。奴は確実にここを通っていった。


 そこで、ジークもまた水と共に光へと向かい歩み出す。そして、ジークは光の正体を知る事となった。


 道を進み切ると、急に広い空洞へと出たジーク。そこには、空洞に沿う様に張り巡らされた無数の糸があった。そして、その一本一本が眩い光を放っていたのだ。来た道以外に出口はない。まるでそこは、エレクが仕掛けた光の牢獄。


 ただ、そんな異質な空間にも奴の足跡は残されていたが、その姿はどこにもなかった。


 その代わり、空洞の中心には糸に絡めとられ宙吊りにされた女の姿……。ミレイの姿があったのだ。


「ミレイ!?」


 ジークがそう呼びかけるが彼女からの返事はない。彼女の顔と体は傷だらけで、ぐったりとしたまま動かないでいた。


 ジークはそれを気に掛けはしたが、迂闊に近づくのは危険と判断する。彼女の身に、何らかの細工が施されている可能性も考慮して。 


 そして、ジークは辺りを見渡しながら、奴の手を待ち受けていた。


――どこに身を隠していようが構わない。来るなら、どこからでも来い


 すると、急に来た道が鉄の扉で閉ざされ、ジークは完全に閉じ込められてしまう。


 それと同時に、どこからともなく声が聞こえてきた。


「まさか、本当に付いて来るとはねぇ。とんだ間抜けだよ君は。まぁ、僕としては、まんまと罠にかかってくれて助かるけどね」


 それは、相変わらず人を小ばかにした様なエレクの声。しかし、ジークが辺りを見渡すも、未だにその姿は見当たらない。


 そこで、ジークはため息を漏らしつつ、告げた。


「呆れたな。また罠頼みか。いい加減、俺との直接対決から逃げるのはよせよ」


 それに対し、エレクはジークを試す様に答える。


「ふっ……逃げるだと? わざわざ僕が手を下すまでもないだけさ。こんな罠も切り抜けられなければね」


 そして次の瞬間、突如として無数に張り巡らされた糸が一斉に地面へと落ちてきた。無数の糸がベールの様に舞いながらゆっくりと。それと同時に、ミレイも地面へと落ちていく。


「ッチ!」


 そこで、ジークは糸を払いのけながら、落ちてくるミレイを優しく受け止めた。


 ジークの腕の中でも、彼女はうなだれたまま動かないでいる。体中には切り傷の様な跡が無数に付けられていたが、命に別状はない様子。脈もあるし、息もしている。彼女はただ気を失っているだけであった。ジークはそれに一先ず安堵すると共に、奴への激しい怒りを抱いた。


 だが今は、それを堪えて周囲を見渡す。


 洞窟内には、次第に光り輝く糸によって白い絨毯ができあがっていく。それと同時に、今までベールに隠されていたものが明らかになる。


 それは、糸の奥に隠されていた巨大な穴。そのさらに奥には、何重にも折り重なった糸で目隠しが成された、2足歩行の巨獣が3体もいた。牛の頭に、ジークよりも一回りも二回りも大きな強靭な体。そして、右手にはこれまた巨大な鉈が握られている。


 そいつらは、雄叫びを上げながら、何かを探し回る様に鉈を乱暴に振り回していた。獰猛な魔獣。


 ジークは、その姿を見てすぐに何なのか察する。牛頭人身の魔獣。


「ミノタウロスか……」


 ジークがそう呟くのに対し、奴は聞いてもない事をベラベラと喋り出す。


「ご名答。そいつらは、僕の秘策といったところかな。一体だけでもかなり厄介な魔獣でさ。こうやって閉じ込めておくだけでも、随分と苦労させられたんだよ」


「ふざけた真似を。こんなもの、どこから連れてきた?」


 そう問いかけると、奴はジークを鼻にかけた態度を取ってきた。


「ふっ……、裏ルートとでも言っておこうか? 僕は魔獣を扱う業者に顔が利く。だからこそ、『あのお方』に見込まれたというわけさ」


 そこで、ジークは僅かに眉を動かす。


「……『あのお方』か。一体、お前の裏にいる連中は何者だ?」


 ジークはそう問いかけるが、奴はそれに答えようとはしない。


「それを君が知る必要はないよ。どうせ、君も君の従者もここでくたばる運命なんだからね」


 奴がそう告げてくると、急に魔獣たちの目を塞いでいた糸が、地へと落ちる。そして、ジークへと一斉に鋭く獰猛な眼差しが向けられた。


 奴らは、ジークを見つけた事に喜んでいるのか、何度も舌なめずりを繰り返し、今にも飛びかからんとしていた。


 それをジークは身構え、待ち受ける。


 するとそこで、ミノタウロス達は一斉にジーク目掛け飛び込んできた。鉈による凄まじい一振り。3方向から襲い掛かってきた鉈は、空気を切り裂くような音を上げながら勢いよくジークへと振り下ろされた。


 そこでジークは体内魔術を掛ける。


――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト


 そして、ミレイを抱えながら、後方へと飛び退くことによって避ける。さらに、ジークは躱すと同時に爪で奴らの腕を順番に切り刻んでいった。


 すると、奴らは腕から血を流しよろめきだす。


 しかし、ジークの爪は硬い肉に阻まれ、骨までは達していなかった。無論、無力化にも至らない。


 それにジークは、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。


――ッ……魔術を使っても、あの程度か……


 また、ジークが先程まで立っていた地面は大きく抉れ、バカでかい穴が空いている。


――奴らは見た目通りの怪力に強靭な躰。想像以上に厄介な相手だ。攻撃をまともに食らえば、無事では済まないだろう


 ただ、それはまともに相手をする場合の話である。


 この時、ジークは目の前の奴らよりも別の事に気を回していた。それは、エレクの居場所。


――こいつらに構ってやる義理も暇もない。エレクがここに入り込んだ痕跡はあった。あの野郎どこから俺を見ていやがる? そして、どこから抜け出した?


 そこで、ジークは改めて周囲を見渡す。広い空洞には、相変わらずエレクの姿は見えない。それに、カメラやのぞき穴の様な物も見当たらなかった。あるのは、空洞の奥へと延びる穴だけ。ミノタウロス達が現れたその洞窟の先に何があるのかは分からない。ただ、奴の事だ。そんな分かりやすい所に抜け穴を用意するとも考え難かった。


――奴はどこかに隠している。この糸の絨毯のどこかにでも……


 だがその時、右足が何かに捕まれると同時に鈍い痛みが走った。


 それは、地面に敷かれていた糸がジークの足に絡みつき、食い込んできた事による痛み。忘れてはならなかった。ここはエレクの仕掛けた糸の牢獄である。当然、奴からの妨害もある事を。


「ッチ……!」


 そして、ジークは糸を即座に切り裂くが、その間にミノタウロス達が待ってくれる筈がない。


 奴らは、またしても凄まじい鉈の一振りを食らわそうとして来ていた。


 ジークはそれを横に飛び退き何とか躱す。


 だが、躱した先でも糸は襲い掛かってくる。ジークの足を掬う様にして。それを、ジークは蹴り飛ばす事によって何とか凌ぐ。


 しかしその時、蹴り飛ばした糸の一片から、何かが急に眼前へと飛び出てきた。それをジークは咄嗟に切り裂いてしまう。すると、突如として液体が飛び散った。それは、黄色く濁った飛沫。それから咄嗟にミレイを抱き寄せる様にして何とか守る。だが、その代わりにジークは全身と顔面に浴びてしまう。


 すると、ジークの全身に激痛が走り、気怠さにも見舞われた。


 そして、それは一度味わった事のある感覚。


 ヒュドラ。無数の糸に混じり、猛毒の獣が紛れ込んでいたのだ。しかも、一体だけではない。よく見れば、至る所に糸の隙間を縫う様に動き回る物体が見られた。


 それをジークは今まで気が付けずにいたのだ。


 するとそこで、エレクの声が白々しく語り掛けてきた。


「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、僕の仕向けた魔獣はミノタウロスだけじゃないよ。そいつらも、おまけで付けておいたのさ。どうだい? 嬉しいだろう?」


 それに、ジークは痛みと気怠さに抗いながら、

「ッ……どこまでも、下卑た手を使う奴だ」と漏らす。


 ただその最中にも、ミノタウロス達は襲い掛かってきていた。


 そこで、ジークは奴らの攻撃を躱しつつ、腹を括る。


――ミノタウロス達だけであれば、ミレイを守りながらでも抜け穴を探し出せた。しかし、障害があまりにも多過ぎる。不愉快だが、探し物は後だ。今は、こいつらの相手をしてやる他はない


 そして、ジークはこの場を制圧するべく、立ちはだかる障害達に立ち向かっていくのだった。


――――――――――――――――――


 その頃、アイシャは単身、屋敷の中を練り歩いていた。内部はとても広く、土壁に木張りの廊下が果てしなく続いている。明かりは所々に灯されていたが、薄暗く心許ない。さらに、廊下は一本道ではなく、ぐねぐねと折れ曲がり時折分かれ道もあった。まるで、迷路の様に入り組んだ屋敷。途中、いくつか部屋があり、そのどれもが旅館の客室の様な作りになっている。畳の敷かれた広い部屋に布団と畳机とテレビが置かれているだけの簡素な空間。


 しかし、その全てにラジエルの仕掛けた罠が設けられている。


 そして、今もアイシャは何個目かの客室の襖を開けようとしている所であった。


――はぁ……。ここもどうせ、罠なんやろね……


 そんな事を思いながらも、彼女は襖を開く。ミーシャ達の居場所が分からない以上、闇雲に探し当てるしかなかったのだ。


 すると、案の定部屋の中には奴の糸があった。それも人の形を模した糸。まるで、宿泊客とでも言わんばかりに、二体の糸人間は布団から起き上がると、アイシャの方にゆっくり歩み寄ってきたのだ。体を左右に揺らしながら。その光景は異様であり、恐怖心を煽ってくる。


 しかし、アイシャは何度も同じ手を使われていた所為で、すでに慣れ始めていた。


「まったく……。B級ゾンビ映画の真似事なん?」


 アイシャはため息を漏らしつつ、そんな感想をも漏らす。


 そして、目の前に鎧を作り出すと、容赦なく糸人間を切り裂いていった。


 すると、いとも簡単に糸は分裂し宙を舞う。残されたのは糸くずだけ。この部屋にも、当然ミーシャ達の姿はなかった。


 そこでアイシャは再びため息を吐く。


「さっきから、人を小ばかにした様な罠ばかり! 一体、どこなの!? どこに監禁しているんよ!」


 彼女はそう嘆きながら、部屋を後にして、廊下へと出た。


 そして、彼女は再び部屋をしらみつぶしに捜索していく。ひたすら入り組んだ廊下を歩みながら。


 しばらく、彼女は分かれ道を気にも留めず、廊下を道なりに進み続けていた。しかしそこで、彼女は行き止まりへとぶつかってしまう。白塗りの土壁に虎の頭の剥製が掛けられただけの何もない空間。


「なんで、こんなにも入り組んでんの! 全く、趣味の悪い迷宮やよ」


 そう嘆くも、彼女は来た道を戻り、別の道に入るしかなかった。


 ただ、アイシャが踵を返したその時、足元に違和感を覚える。


「……!?」


 それは、ワイヤートラップの様に張られた糸。それにアイシャは足を引っかけたのだった。


「ッ……!? しまった!?」


 そして次の瞬間、足が糸に絡めとられると同時に、アイシャは宙吊りとなってしまう。


 そして、行き止まりであった場所から、壁を突き破り何かが飛び出してきた。


 それは、糸で編まれた虎。


 それが彼女に向かい勢いよく飛びかかってきたのだ。


 アイシャは急いで、目の前に鎧を作り出す。しかし、それよりも早く虎はアイシャに噛みついてきた。それをアイシャは躱す事も出来ず、右腕で受け止めるしかなかった。


 鈍く鋭い痛み。それが右腕に走ると同時に、アイシャは床へと引きずり降ろされる。


「ッグハァ……!」 


 彼女は背中から勢いよく叩きつけられた。その衝撃で、肺の中の酸素を一気に持っていかれてしまう。体は上手く動かせない。それでも、彼女は何とか鎧を動かし、未だ右腕に噛みついたままの虎を攻撃しようとした。


 だがそこで、アイシャの体は虎に勢いよく引きずりこまれる。


「ちょっ!」


 物凄い力で、鎧の足の隙間を縫いながら。それによって、剣は空を切った。


 さらに、虎は攻撃を躱しただけでは留まらず、アイシャを引き込み続けてくる。先程まで壁があった空間へと。


 行き止まりであった場所の先には長い階段があった。上へ上へと続く薄暗い木製の階段。そこをアイシャは体を打ち付けられながら、無理やり昇らされていく。


「ッ痛い! このっ! 放しなさい!!」


 そこで、アイシャは虎を振り払おうともがくが、奴の噛みつく力は非常に強く、振りほどく事は叶わない。


 そして、虎は引きずってくるのを一向に止めようとはしなかった。それは、階段を昇りきってもなお。


 階段を昇りきると、下の階と同様に入り組んだ廊下が続いていた。そこを虎は迷いなく進んでいく。こいつがどこを目指しているのか、引きずってくる目的も未だ分からない。


 しかし、こいつがラジエルが仕向けた敵であるのは明白。このまま身を任せるわけにもいかない。


 アイシャはそう思い、再度鎧を作り出した。そして、自身の足を掴ませる。


 すると、彼女の体は伸びあがり引き千切れそうになってしまう。しかし、何とか虎の動きを止める事はできた。虎は鎧の力に抗いアイシャの腕を引きずり込もうとしてくるが、両者の力は完全に拮抗している。


 そこでアイシャは間髪入れず、鎧の剣で虎を切り刻もうとした。


「いい加減うちから離れなさいよ!」


 だがその時、虎の体を作り上げていた糸が解け、そこから無数の糸が伸び出す。そして、瞬く間に糸は剣を避け、鎧の体を縛り上げてきた。  


 それにより、鎧は剣を振り下ろす途中で完全に動きを止められてしまう。アイシャが鎧を操作しようとしても、全く動かせない。


 それにアイシャは驚かされた。あまりにも精密な糸捌きに。


――ッ……!? 自動操作でここまで精密な動きが出来る筈はない。ラジエルの奴がこの虎を動かしているとしか思えやん 


 次いで、彼女は周囲を見渡すも、奴の姿は見当たらなった。


――遠隔操作……。だとしても、ここまでの操作ができるなんて相当な技量がいる筈。認めたくないけど……、奴はかなりの手練れやわ


 アイシャは、ラジエルをそう評価するも、同時にふつふつと怒りが湧きあがってきた。


――けど、そこまでの技量を持っていて、何でこんなにも卑怯な手ばかり使ってくるわけ!? うちらを、おちょくる様な手を……。ふざけてるとしか思えやん!


 そこでアイシャは、腕から放ち続けていた靄を止め、鎧を消し去った。


 それと同時に、鎧を絡めとっていた糸は虎の体へと戻っていく。そして、彼女はまたしても虎に引きずられて行ってしまう。


 しかし、彼女が諦めたわけでない。彼女は鎧が消え去る最中、鎧が握っていた剣を左腕で掴み止めた。それと同時に、彼女は剣で虎の頭を切り落としにかかる。


「いくら精密な動作をしようとも、想定外の動きは避けられないでしょ!!」


 すると糸は簡単に寸断され、虎の頭を模していた糸は解けていく。


 それにより、アイシャはやっと解放される。彼女はしばらく床をのたうち回り、やがて止まった。


 そこで、彼女は右腕を抑えつつも、すぐさま立ち上がる。そして、目の前に再び鎧を作り出した。


「さっきは不意を突かれたけど、こんな小細工に遅れをとるわけにはいかない! 特にあんたの様に、遠隔操作に頼る様な奴には!」


 彼女はここには姿を見せ様としない卑怯者に向けてそう叫ぶと、鎧を頭をもがれた虎へと向かわせる。


 それに対し、虎の体からはまたしても無数の糸が伸び出てきた。


 だが、それをアイシャは読んでいた。


「二度、同じ手は通用しやん!」 


 彼女はそう告げると、剣を勢いよく床へと突き刺しさせた。


 すると、床は崩落し、同時に鎧は下の階へと落っこちていく。それにより、糸は鎧を捕らえられなかったが、そのまま糸はアイシャを狙い襲い掛かってくる。


 しかし、彼女にその糸が届く事はなかった。


 彼女は糸が届くよりも早く、虎を切り刻んでやったのだ。下の階から床ごと。


 虎の体を辛うじて形成していた糸は無残にも、宙に舞って行く。


 その光景を前にアイシャは

「どう? 遠隔操作では、こんな芸当できないんやない?」と聞こえているかも分からない相手へ得意気に告げる。


 するとその時、虎を模していた糸の一本が廊下の奥の方へと消えていくのが見えた。


 それを見てアイシャは確信する。


「あの糸を追った先に奴がいる」と。


 そして、彼女はその糸を追いかけて行くのだが、その先には――

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