10話 一刻の安らぎ①

  ある時、ジークは頭と体の気怠さに抗いながら目を覚ました。すると、そこには見知った天井と空間が広がっていた。それと、右手には肌触りの良いシーツと布団の感触。また、左手には柔らかく暖かい手の感触があった。どちらの感触にも覚えはある。


 そして、ジークは即座に理解した。


――俺は気を失って、自宅に運び込まれたのか


 ジークは目だけを動かし窓の方を見る。窓の外からは、ほんのりとした月明りが漏れこんでくるだけで、未だ真っ暗闇にあった。どうやら、まだ夜更けではある様子。


――どれ程の時間が経ったのかは分からんが、このまま寝てもいられん


 ジークはそう思いたち、起き上がろうとした。はだけたバスローブを整えながら、ゆっくりと。頭は非常に重たく、全身も焼けるように熱いものの、起き上がる事くらいはできる。


 すると、左手の方から声を掛けられた。


「ジーク様! よかった。目を覚まされたのですね!」


 それと同時に彼女は何やら凄い勢いで覆いかぶさろうとしてくる。それをジークはヒラりと躱す。すると彼女は、躱された拍子にベッドへとダイブしていく。


 その様子にジークはため息を漏らした。


「ミレイ。怪我人に、何をするつもりだ?」


 それに対し彼女は、寝ころびながらふくれっ面となり

「何って、かなーり心配したんですからね! ハグくらいさせて下さいよ!」

とめちゃくちゃな言い分を訴えてきた。


 ジークはそれを聞き、再度ため息を漏らす。


 そして、彼はミレイから視線を逸らし答えた。


「はぁ、気が向いたらな。……それと、心配を掛けさせた事は謝る」


 すると、彼女は目を輝かせ言い放ってくる。


「え!? よろしいのですか……////// なら、今すぐにでも気を向かせて差し上げます!」 


 それと同時に、彼女は再び抱き着いて来ようとした。


 しかし、ジークはそれを再び躱す。すると、彼女は床へとダイブしていった。


「あぅっ!!」と情けない声を上げながら。


 その姿にジークは頭を抱え

「まったく、懲りないな……」と漏らす。


 次いで彼は、床に蹲る彼女へ向け問いかけた。


「それより、アイシャとミーシャは無事なのか?」


 そこでミレイは、額を抑え立ち上がりながら答えてくる。


「ぅぅ……。は、はい。家で保護しております……」


 それを聞き、ジークは

「そうか」と一言で答えると、ベッドからゆっくりと降りた。


 だがそこで、彼は少しよろめいてしまう。


 それをミレイが急いで支えてきた。


「大丈夫ですか?」


 彼女はジークに肩を貸し、心配そうな表情でそう問いかけてくる。


 それに対し、ジークは彼女を諭すように答えた。


「ああ。多少ふら付く程度だ。直によくなる」


 ただ、それを聞いても尚、彼女は心配そうな表情のまま体を支え続けてくる。


「あまり、ご無理なさらないで下さい」


 しかし、ジークは彼女の手を振り払い、しっかりと地に足を付けた。


「すまない。世話を掛けた」と答えながら。


 そして彼は、続けて

「で、追手の方は?」と問いかける。


 すると、ミレイは複雑そうな表情で答えてきた。


「ええ、撒けはしましたが……。ただ、奴らかなーりしつこかったので、諦めてくれたかどうかは……」


 それを聞き、ジークは妙に納得を示す。


「だろうな。……ここを突き止められるのも時間の問題やもしれん」


 そして、彼はドアの方へ足を進めだした。


 すると、その様子にミレイは小首を傾げ問いかけてくる。


「どちらに……?」


「どうも頭がシャキッとしない。少し、水を浴びてくる」 


 ジークがそう答えたのに対し、ミレイは止めに入ろうとしてきた。


「あー……今は行かない方が……」


 しかし、ジークは彼女が言い終わる前に、部屋を後にしてしまう。



 ジークは廊下へ出ると、真っすぐ脱衣所に向かって行く。だが、足取りは非常におぼつかない。それに、彼の頭には先程から妙な耳鳴りがしていた。恐らく、相当疲れがたまっているのだろう。


 そして、ジークは脱衣所の前に辿り着くと、ノブに手を掛けてゆっくりと扉を開け放つ。


 だが、中の状況を見た瞬間に、彼は思わず固まってしまう。


 そこには、バスタオルで体を拭いているミーシャと、下着姿のアイシャがいたのだ。


 どうやら、彼女達は風呂上りの様で、その柔肌からは湯気に乗ってシャンプーの甘い香りが漂ってくる。


 そこでジークは迂闊だったと反省するが、体はそこに縛り付けられたかの様に動かせない。そして、彼女達もまたジークを見て固まってしまっている。両者の間で長い沈黙が走った。それは、時が止まってしまったと錯覚する程に。


 しかし次の瞬間、ミーシャがバスタオルを落としてしまった事により、時が動き出す。


 その刹那、アイシャは尻尾を逆立たせ、

「きゃぁあーーーーーーッ!!!!!」と悲鳴を上げ出だした。


 また、それと共にジークへ水を含んだバスタオルが投げつけられた。すると、ジークの視界が完全に塞がれる。そして、扉は物凄い勢いで閉めつけられた。それは、手が持っていかれそうになる程の勢いで。


 ただ、それによりジークは我へと返れた。


 ジークは顔に張り付いたバスタオルを払いのけて、扉越しに言う。


「すまなかった。まぁ、その……事故だ」と。


 すると、アイシャは裏返った声で返してくる。


「わ、わかってるから……! す、すぐに出るで、とりあえずリビングで待ってて!」


 それに対しジークは

「あ、ああ。わかった」と少し言葉を詰まらせながらも、素直に従っていく。


 一方、その様子を傍から見ていたミレイは

「あらら、遅かったみたいですね……」と苦笑いを浮かべていたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その後、リビングへと向かったジークは椅子に腰かけ、二人を待った。ミレイに淹れて貰ったココアを啜りながら。


 まだ、頭の気怠さや体の熱。そして、妙な耳鳴りは残るものの、さっきのドタバタのお陰で少し紛らわされていた。正直、水を浴びるよりも効果的だったのかもしれない。


 そして、今は別の事に考えを巡らせている。エコーとかブラボーとか呼ばれていた男達、それとエレクの事を。


――まさか、俺があそこまで追い詰められるとは思いもしなかった。それに結局、大した情報も得られず仕舞い……。連中がミーシャの力に、なぜここまで固執するのか? 一体、彼女を使って何をするつもりなのか? そして、連中を束ね裏で手を引いている奴は何者なのか? 未だ尻尾すら掴めていない。


 はっきりとした事は、奴らがあまりにも危険な存在と言う事だけ。


 そこで、ジークはココアのほのかな苦みと、この状況に顔をしかめた。


 状況を憂いてもしょうがないのはわかっている。だが、次の一手ですら奴らの出方を窺うしかないのは、何とももどかしい。


――エレクが打ってくる次の手は何だ? このまま奴が傍観しているだけとも考え難い。

遅かれ早かれ、何か手を打ってくるはずだ。可能であれば、その前に彼女達の身の安全くらいは確保しておきたいところだが……。


 そう思い、ジークはココアにスプーン一杯の角砂糖を4杯も放り込んだ。そして、それを一気に飲み干すのだった。

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