11話 彼女達の置かれた境遇①
その後、ミレイが食卓へと着くと、皆すぐに食事を始めた。特に会話もなしに黙々と。
その様子にミレイは疑問を漏らす。
「あら? さっきまで賑やかだったのに、何かありました?」
それに対し、ジークが答える。
「いや、大した事ではない。気にするな」
そこで彼女は小首を傾げながらも、笑みを浮かべ
「んー……? よくは、わかりませんけど。とりあえず言えるのは、食事時はそんなふくれっ面じゃなくて、笑顔で食べてくれた方が嬉しいかなー?」
と二人にやんわりと伝えていた。
すると、それにはアイシャとミーシャも口を揃えて謝罪を述べる。
「そ、そうやね……。ごめんなさい」
「あの、すみませんでした」
そして、彼女達は硬い表情を崩し、ポツリポツリと料理に対する感想を語り出した。
「本当に、美味しい。ちょっと悔しいくらいに」
「うん、そうだね。このハンバーグの味付けも絶妙です」
「ミーシャ、このオムレツとかフワトロでめっちゃ旨いよ!」
「ほんとだね! 美味しい」
彼女達は、徐々に会話も弾ませながら、料理を平らげていく。
「うふふ。よかったわ。お二人の口には合わないかと、心配していたんですから」
ミレイはその様子を見て満足気に言う。
そこで、ミーシャは首を横に振る。
「そんな、とんでもないです! お店でも出せるレベルですよ」
彼女はそう答えると、アイシャもそれに便乗してきた。
「うん、そうやね。この味なら、三ツ星も貰えちゃうんやない?」
それに対し、ミレイは照れ笑いを浮かべている。
「うふふ。お二人ともお上手なんですから」と。
その後も、たわいない会話を繰り返し、ジーク達は食事を終えた。
アイシャとミーシャは、片づけは任せて欲しいと申し出ていたが、それもミレイに断られてしまう。そればかりか、ミレイには食後のコーヒーをも用意してもらっていた。
「助けて貰っただけじゃなく、ここまでの歓待を受けるなんて……。なんだか、すごい申し訳なくなるわ……」
アイシャはコーヒーに口を付けつつ、そう呟いていた。
するとミーシャも、ジークの方へと体を向けて
「そうだね……。この御恩は必ずお返ししますね」と告げてくる。
それに対し、ジークは
「何も、気にする必用はない。ミレイはともかく、俺は勝手にしている事だ」
と断りを入れつつも、気恥ずかしさから思わず
「それに、変な料理を食わされても困るからな」と茶化してしまう。
勿論、アイシャはそれに対し、ジークを睨みつけながら怒ってきた。
「あんた、喧嘩うっとんの?」
それをジークは平謝りで躱す。
「いや、今のは冗談だ」
すると彼女は
「はぁ……何なんよ、それ」とため息混じりに呟いた後、口を閉ざしてしまう。
だがそれは、いいタイミングだった。ずっと話しそびれていた話題を切り出すには。
そしてジークは、ココアの入ったカップをソーサーへと戻し、口を開いた。
「……で、今後はどうするつもりだ? まさか、家に帰ろうとはしないよな?」
彼がそう投げかけると、アイシャは神妙な面持ちとなり
「勿論や……。そこまで、うちも馬鹿やない。けど、ここに長居もできやん。だから、一応考えているのは、治安局へ保護を受け入れてもらえるよう掛け合ってみようと思ってる」と答えてくる。
だが、ジークはそれを一蹴した。
「それは、無駄だろう。ミーシャが狙われているという直接的な証拠がない以上、治安局はまともに取り合ってくれない。第一、奴らが出来る事は警備の強化くらいだろうしな」
すると、アイシャは困った表情を浮かべ、口ごもる。
「……そうかもしれないけど。相談しないよりは……」
その言葉の途中でジークは
「ほとぼりが冷めるまで、人間界から一時的にでも身を引いておく事はできないか?」
と問いかけた。
しかし、それを聞くとアイシャとミーシャは暗い顔を見せ、黙り込んでしまう。
その様子にジークは怪訝な表情で
「どうした……?」と問いかける。
すると、アイシャは消え入りそうな声で呟いてきた。
「うちらは魔界へは戻れやん……」
それにジークは首を傾げる。
「戻れないとは……? 何か事情があるのか?」
「うん……。うちらは魔界から追放された身やで……」
それを聞くとジークはさらに怪訝な表情を見せた。
「どういうことだ……?」
だが、聞くと同時に彼女達は顔を俯かせ、再び黙り込んでしまう。また、何かを口にしようとしきりに口を動かしてはいたが、それは言葉にならない。
彼女達はどうも煮え切らない態度でいる。彼女達にとってそれ程まで話したくはない事なのは容易に窺えた。しかし、このままでは話は進まない。そう思い、ジークは彼女達へさらに問いを投げ掛けた。
「それはミーシャの呪いに関する事か? それとも、また別の問題を抱え込んでいるのか?」
すると、そこで意を決したのかミーシャが顔を上げてくる。
そして彼女は唐突に
「……ソロモンの指輪は知っていますか?」と問いかけてきた。
ジークはその問いが何を意味しているのかは分からなかったが、一応頷いて見せる。ソロモンの指輪の事は、父から少し聞いたことがあったことを思い出し。
――確か、ソロモンの指輪とは72柱の悪魔達を使役し、拘束するために造られた魔装具だったな。ソロモン家の命に逆らおうとすれば、肉体的にも精神的にも大きな苦痛を与えられるといった代物であるとの話だった。
そんな事を考えていると、今度はアイシャが続きを語り始めた。
「1年程前になるけど……。父はその指輪をくすねてソロモン王に反旗を翻そうとしたんよ。だけど、父は小心者だった。指輪を盗めたのはいいものの、その力に恐れをなした父は、あろうことか指輪を海に沈めてしまったんよ。それを知ったソロモン王は憤慨し、海から指輪を探し出し、再びアスモデウス家を指輪の力で拘束した。そして、父は地獄……『ゲヘナ』へと突き落とされ、うちら姉妹も魔界から追放された。二度と魔界には近づけぬように」
アイシャは語り終えると、吹っ切れた様子で乾いた笑いを浮かべる。
それに対し、ジークは
「なるほど……。そういう、わけか……」と呟く事しかできなかった。
話したくないのも当然だ。家の者が謀反を働いた事を話したがる者などいないのだから。それに、彼女達がここにいるのは望んでいることではない。父の所為で、仕方なくこの地にいるのだ。それが、どんなに辛い事かはジークも身をもって知っている。
だが、彼女はさらに話を続けてきた。
「……うん。しばらく、うちらはこの人間界という右も左も分からない地を彷徨い続けた。それも、この天魔共同自治区の外。『不浄地帯』という何もない荒野を。そして、うちらは生きるためには何だって飲んだり、食したりしたわ。雨によってできた水たまりの泥水、蛇や虫、草なんかもね」
アイシャは瞳に涙を浮かべながら、悔しさ混じりに語ってくる。その姿は痛ましく、見るに耐えかねないものだった。だから、ジークはそこで話を切り上げようとする。
「これ以上は話さなくてもいい。辛いことを思い出させて悪かったな」
しかし、彼女は首を横に振り、瞳に浮かんでいた涙を拭い払った。
「ただ、そんな中でも救いはあったんよ。食べ物を求め、『不浄地帯』を練り歩いていたうちらは、ある時海岸まで辿り着いた。そこで、うちらは彼女と出会ったんよ」
「彼女……?」
「うん、それはアザリアという女性。彼女はうちらの事情を知ると、しばらく面倒を見てくれた。それに、身元の保証と住居を学園側と掛け合ってくれた。そして、うちらは学園へ入学することを条件にそれらを貸し与えられたというわけ……」
それを聞き、ジークの中にはいくつかの疑問が浮かんだ。
「そのアザリアという女性は何者だ? 今、連絡を取ることは可能か?」
「わからない。素性は一切あかしてくれんかった。それに連絡先も、それ以降全く関わりもない……」
「そうか。で、他に宛は……ないよな?」
ジークがそう問いかけると、アイシャは肩を落とし答えてくる。
「うん……ない。それに、お金も……」
そこでジークは少し間を置き、考え込んだ。
――俺にも彼女達を逃がす手立てなどない。ましてや、ここも安全だとは言い切れん。なら、このまま逃げ惑うか……? いや、それではイタチごっこにしかならんだろう。俺に出来る事は、根本的な問題……奴らを排除する外ない。
ジークはそう結論付け、静かにだけど力強く頷いてみせた。
「わかった。時間はかかるだろうが、俺が何とかしてやる」
ただ、そう告げるもミーシャは複雑そうな表情で口を開いて来る。
「お言葉は嬉しいのですが、これ以上迷惑を掛けるわけには……」
それに対し、ジークは彼女のその言葉を否定した。
「俺は自分の目的の為に動いている。気にする必要はないと言っただろ? それに、ここまで来て奴らの思惑通りになるのも癪だからな」
それを聞くとミーシャは押し黙ってしまう。
ただ一方、アイシャからは
「何から、何までありがとね」と告げられる。
しかし、それにもジークは首を横に振り、
「まだ助かったわけじゃない。またお前たちには、辛い思いをさせるかもしれん。その言葉は、問題が解決するまで取っておけ」と言い放つ。
そこで、なぜかアイシャは笑みをこぼしてきた。
「あんたのそう言うところは、相変わらずやね」と告げながら。
それに対し、ジークはため息混じりに答える。
「気が利かなくて悪かったな」と。
だが、彼女は首を横に振り、笑顔で言い放ってきた。
「ううん。なんだかんだ言って、あんたのそう言うところ嫌いじゃないよ。それに、うちはあんたを信じてんから」
まさか、そんな言葉が彼女の口から出るとは思わなかった。ジークはてっきり、苦言を呈されるのかと思っていたのだ。だから、ジークは意表を突かれ、思わず彼女の心配をしてしまう。
「急にどうした? エレクの奴に何か仕込まれたか?」
すると、彼女はいつもの調子へと戻り、苦言を呈してきた。
「やっぱ、さっきのはナシ! あんたのそういう所は絶対に直したほうがいい!」
それにジークは首を傾げながら
「ああ、そうか? 善処する」と答えるのであった。
そんなジークの様子にアイシャは頭を抱え出す。
だが一方、この光景を傍目に見ていたミーシャはいつまでも浮かない表情であった。まだ何か、言いた気な様子で。
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