彼女達の置かれた境遇②

 その後、アイシャはため息混じりに、お手洗いへと向かって行った。


 すると、そのタイミングを見計らっていたのか、ミーシャが神妙な面持ちで語り掛けてくる。


「ジークさん、二人だけで話したい事があります。少し、よろしいですか?」


 それにジークは怪訝な表情を見せつつも、了承し彼女を自室へと案内した。


 ただ、話をするにも落ち着ける様な空間ではない。薄暗い部屋にベッドだけがポツンと置かれた部屋など。彼女はどこか居心地が悪そうにソワソワとしている。


 そこでジークは

「立ち話もなんだ。とりあえず、掛けてくれ」と促した。


 彼女はそれに従い、ベッドの端へと落ち着かない様子で腰かける。


 そして、彼女はしきりに辺りを見渡しながら、問いかけてきた。


「なんで、こんな部屋に?」


 ジークはそれに対し、冷めた目で答える。


「こんな部屋で悪かったな」と。


 すると彼女は、慌てて訂正してきた。


「あ、いえ。そんなつもりで言ったのではなくて……。さっきのリビングでも思ったのですが、なんで何も物を置かないのかなと思って」


「それは、ここに長居をするつもりがないからだ。変に物を置くと愛着が湧く。それを戒める為でもある」

 

 それに彼女は

「そ、そうなんですね」と分かった様で分かっていない返事を返してきた。


 そして彼女は口を閉ざしてしまう。


 だが、ジークは構わずに本題を急いだ。


「それより、話ってのは?」


 すると彼女は、「その……何というか……」と口ごもる。


 話しづらい内容なのは察していたが、ジークも悠長に話を聞いてやる余裕などなかった。


 そこで、ジークは急くように

「先程の件か?」と問い詰めた。


 それにより、彼女はやっと意を決したのか語り出す。ただ、それは突拍子もないものであった。


「はい……。実は……先程の話……。父にソロモンの指輪を盗む様に仕向けたのは、私なんです」


 それを聞いたジークは怪訝な表情を浮かべ、彼女を問い質す。


「どういう事だ……?」


 すると彼女は、まるで懺悔でもするかのように話を続けてきた。


「父はいつもソロモン王にごまをすり、機嫌を窺う様な態度で接していました。それを見て、ある時私は父に言ってしまった。『強くて、かっこいいパパがいい』と。それは、子供ながらに何の気もない言葉でした。そして、当時の私は呪いの制御ができなかった。この言葉に父は突き動かされ、謀反を犯してしまったのです。何とも滑稽な話ですよね? 私を苦しめたのは私自身なんですから」


 ミーシャは語り終えると、乾いた笑いを漏らし、ジークを見てくる。その目はどこか、同意か非難でも求めている様な目であった。


 そして、彼女を救い出した時にも感じていた違和感が今明らかとなった。彼女は過去の罪から自身を卑下しているのだ。


 ただ、ジークはそれには取り合わず、問いかける。


「その事をアイシャは知っているのか?」


「はい。お姉ちゃんは私の所為じゃないって……。だけど、私がいなければ父やお姉ちゃんは苦しまずに済んだのも事実。こんな事態になったのも、全ての責任は私にあるのです。だから、ジークさん。私はこれ以上、私の所為で誰にも迷惑を掛けたくはない。皆様にこれ以上、迷惑を掛ける様なら、この身を投げうってもいいと考えています」


 それを聞き、ジークは彼女がしようとしている事に察しがいった。


 あまりに馬鹿げている事だが、彼女の揺らぎのない瞳からは決意の様な物を感じ取ったのだ。


「まさか、お前は死ぬつもりか?」


 そう投げ掛けると、彼女は静かにだけど力強く頷いて来た。


「……この呪縛から解き放たれる手段が、それしかないと言うなら」


 さらに、彼女はそう告げるなり立ち上がり、ジークを見上げてきたのだ。真っすぐな瞳で。


 だがそれに対し、ジークは毅然とした態度で見つめ返す。


「馬鹿な事を言うな。お前が死ねば残されたアイシャはどうなる? その事まで考えての発言か?」


「確かにおねえちゃんは、いつも私を気に掛けてくれています。だけどそれは、私がアスモデウス家の呪いを引き継いだ事を憂いての事だと……。どこか、お姉ちゃんも私を重荷感じているのだと思います」


 彼女はまだ、そんな見当違いな事を告げてくる。だからこそ、ジークは厳しめな口調で問い詰めてしまった。


「本当に、そう思っているのか?」と。


 それに彼女は目を丸くし「え……?」と問い返してくる。


「お前も本当は気づいているんじゃないか? お前の父がどうだかは知らんが、少なくともアイシャはお前を重荷に感じてなど、ましてや憎んでなどいない。それは、お前への態度や行動から見ても明らかだ」

 

 そう諭すも、ジークはさらに続けた。


「お前は、自分を許せないという想いが、アイシャも同じ気持ちであろうと勝手に思い込んでいるだけだ。お前が罰を受けるのを正当化するために。そして、自分が罰せられる事で救われるのだと思い込んでいる。ただ、その問題はお前自身が自分を許すか許さないか。ただそれだけの問題だろう」


 そこで彼女は戸惑いを露わにする。


「自分を許す……?」


 それにジークは淡々と答えた。


「そうだ。そうしなければ、前には進めない。過去に囚われたままでは、見えてくる筈のものも見失う事になる」


 すると、途端に彼女は目を逸らし困惑してしまう。


「では、私はどうすれば……」

 

 だが、その答えをジークがくれてやる事は出来なかった。


「さぁな。これは受け売りだ。ただ、あいつが言うには、一歩ずつでもいいから大切にしてくれる存在に歩み寄ってみなさいとの事だった……」


 ジークはどこか遠い目でそんな事を告げた。

 そう。これはシャーリーから言われた言葉であったのだ。そして、同時にジークは気づかされる。

 

 彼女に告げてきた言葉は自身にも言い聞かせていた事に。自身もまた過去に囚われている事に。


――俺も同じだ。あの時、シャーリーをあんな姿へと変えた原因は俺にある。

あの時から、俺の時間は止まってしまった。簡単に振り払える問題なら、誰も悩みはしない


「……だけど、前に進むしかない。道を閉ざした所で、過去は消えない。自らが望む未来を切り開くしかないんだ」


 それは、自分に言い聞かせる為に出た言葉。

 

 ただ、それを聞いたミーシャはハッとした表情を見せ、顔を俯かせていた。暗い部屋の中を呆然と立ち尽くし。



 彼女がジークの言葉を聞き、何を得たのかは分からない。きっと、まだ迷い葛藤し続けるのだろう。


 しかし、ジークに掛けられる言葉はこれ以上なかった。


 彼は戦いに身を置く事でしか、それを払う手段を知らない。


 そしてジークの出来る事は、その迷いが葛藤を無駄にさせないためにも、奴らから彼女達を守り抜く事。ただ、それだけであった。

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