12話 襲い掛かる白い渦
その後、ジークはミーシャを一先ず、リビングへと返した。
彼女を落ち着かせる為。そして、ジークも気を紛らわす為に、いずれ訪れるであろう襲撃者を迎え撃つ準備を進めていた。
まずはクローゼットからボロボロとなった制服を取り出す。制服には所々に、ほつれた跡や焦げ付きが付いていたが、着られない程ではない。というのも、恐らくはミレイが大きな穴や落とせる汚れなどは補修してくれていた様である。その補修跡が随所随所に見られた。
そんな制服を着こむと、ジークはポケットの中身を全て引き出す。中から出てきた財布と携帯は熱で少し溶けていた。だが、財布に仕舞っていた特務証は無事な様である。また、携帯も粘々とした肌触りで気持ち悪いが、一応は動く様子。
するとそこで、一件の着信があった事にジークは気が付く。それも、知らない番号から。
ジークは画面に映し出された番号に怪訝な表情を浮かべながらも、一応掛けなおしてみた。
そして、2,3回コール音が鳴り響いた後、男の声が電話へと出る。
「はいはい、もしもしー。お宅はジーク君で間違いないかなぁ?」
その憎たらしい語り口を声を聞いた瞬間、ジークは眉間に皺を寄せた。電話越しに聞こえてきたのは、エレクの声であったのだ。
「どこから俺の番号を知った?」
「タクシーの運転手からだよ。無賃乗車なんて、とんでもない事をするじゃないか。僕が代わりに支払っておいたんだから、感謝してくれよ」
そんな奴の言動は、電話越しからでもふざけた笑みが浮かんでくる様だった。だが、ジークは至って落ち着いた口調で返事を返す。
「そうか、借りは倍にして返してやる」
しかしそこで、奴は不穏な事を口にしてくる。
「いいや、結構だよ。借りなら、別の形で返して貰うからね」
「どういう意味だ?」
ジークがそう問いかけるのに対し、奴は鼻で笑ってきた。
「っふ、直にわかるんじゃないかな?」と。
奴は明らかにジークを苛立たせに来ている。
だが、ジークは奴のペースには乗らず、質問を変えた。
「で、お前らは一体何が目的なんだ?」
「なにって……、知ってるだろ? 僕は彼女の事を好いているって」
それには、呆れて取り合う気すら起きなかった。奴がこちらの問いかけに答える気がないのは明白であるのだから。そして、ジークは徐々に苛立ちを募らせ、声を荒げてしまう。
「で、お前が電話を寄こしたのは、俺を苛立たせるためなのか?」
すると、エレクはそれを否定しつつも、さらにジークの感情を逆なでしてきた。
「いいや、そんなつもりはないさ。僕は忠告と言うか、確認をしたくて君に連絡を入れたのさ。君がこのまま僕の邪魔をし続けるつもりなのか、止める気があるのかの」
そこで、ジークは声音を落とし、奴を問い詰める。
「……何を言ってやがる?」
「いいや、深い意味はないよ。ただの意思の確認さ。だけど、大人しく指示には従った方が懸命だと思うな。もしかしたら、君の命に関わるかもしれないからね」
それだけ言い残し、奴は一方的に通話を切ってきた。
相変わらず、ふざけた言動であったが、奴が言ってきた事はただの脅しではないのだろう。こんなにも早くこちらの素性が割れてしまっているのがいい証拠だ。すでに、奴は動き始めている。
だが、それは悪い事ばかりでもない。遅かれ早かれ、奴らを排除する事に変わりはないのだから。それに、こちらから動く手間も省けた。
そう考えていた矢先、ジリリリリ!!! とけたたましい警報音が部屋中に鳴り響く。それと同時に、壁に設置されたインターフォンからコール音も鳴り始めた。
そこで、ジークは察する。
――待つ手間も省けたな。と。
そして彼は、おもむろにコールへと応じる。すると、インターフォン越しから聞こえてきたのは、管理人の声であった。
「あ、夜分遅くにすみません、当マンションの管理人の秋田です。どこかの階で火災が発生したみたいでして……」
管理人は矢継ぎ早にそんな事を告げてきた。
「どこかの階?」
「はい。報知器の故障なのか、火元が特定できておりません。また、誤報かもしれませんが、消防の者からは念のために全ての住民を避難させて欲しいとのことで……。申し訳ありませんが、ご協力願います」
ジークは、それを聞くと管理人に
「……わかった。すぐに出る」と伝えてインターフォンを切った。
するとそこで、アイシャとミーシャ。それにミレイもジークの部屋へと集まってくる。
ミレイは至って落ち付きを払っていたが、アイシャとミーシャの二人は今もしきりに鳴り響く警報音に落ち着かない様子であった。
そしてアイシャが
「この音は何!? 何があったの!?」と問いかけてくる。
それに対し、ジークはため息を漏らしながら、簡潔に答えた。
「どうやら火災らしい。今、住民に避難指示が出た」
すると、アイシャは取り乱し
「え!? じゃあ、うちらも早く逃げんと!」と声を荒げてくる。
そこでジークは彼女を制止させつつ、
「待て。すでにこの建物は奴らに包囲されている筈だ。今、飛び出していけば鉢合わせる可能性がある」と言い聞かせた。
しかし、それを聞くと彼女はさらに取り乱してしまう。
「え!? じゃあ、どうすれば……」
それにはジークが、彼女の肩を軽く叩き
「案ずるな。地の利はこちらにある。隙を突く事くらいは容易い」と宥める。
すると、彼女は少し落ち着きを取り戻してくれた様子であった。
その様子にジークは安堵しつつも、今度はミレイの方へと向き直り告げる。
「ミレイ、彼女達を物置部屋に」
それを聞くと、ミレイは頷きつつも
「かしこまりました。けれど、ジーク様はどうされますの?」と疑問を漏らしてきた。
そこでジークは、毅然とした態度で答える。
「奴らの気を引き、時間を稼ぐ。それと、脅威の数は減らしておくに越した事はないだろう」
だがそれに対し、ミーシャが声を荒げて懸念を示す。
「そんなの危険すぎますよ! 大体これ以上、ジークさんだけに無理をさせるわけには……。それに、まだ怪我が完治したわけじゃないのでは?」と。
どうやら、ジークが本調子ではない事は、彼女に見透かされていた様である。
しかし、ジークは彼女の懸念を即座に一蹴した。
「危険だろうが何だろうがやらねばならん。それに、俺の事なら問題はない」
そしてジークは、そう言い残し、彼女達よりも早く部屋を後にする。彼は奴らを迎え撃つべく、リビングへと戻っていこうとしていた。
だがその最中、ジークは再び頭と体の気怠さに見舞われてしまう。徐々に良くなっていると思っていたが、それは気の所為であった様だ。そこで、ジークは壁に寄りかかりながら、あれやこれやと原因を模索し出す。
――怪我は体内魔力によって完治している……。だが、今日だけであまりにも力を使い過ぎた。そのために、疲労が蓄積しているのか? それとも、あの時の……ヒュドラの毒がまだ体内に残っている為なのか?
ジークは彼女達に大口を叩いたはいいが、この症状に少し不安を抱いていたのだ。
するとその時、彼女達が部屋から出てくる音が聞こえてきた。そこで、ジークは気合でそれらを振り払う。
――あいつらに不安を抱かせるわけにもいかない。それに、どんな状態であれ、やる事に変わりはない
ジークはそう思い立ち、壁から手を放し、確かな足取りでリビングへと入り込んだ。そして、彼は入ってすぐに壁に取り付けられたモニターとパネルを操作しだす。
すると、モニターには建物周辺とエレベーターホール、それと地下駐車場やベランダ等の監視カメラ映像が次々と切り替わっていく。
建物周辺には消防と住民と野次馬により、大勢の人だかりができていることが窺えた。恐らく、その中には奴らも混じっている筈だ。
また、地下駐車場には車を外に持ち出そうとする者達により、長蛇の列が作られている。
この混乱に乗じられれば、彼女を守りきる事はより難しくなるだろう。やはり、今ここから動くのは得策ではない。
そして今度はエレベーターホールの映像を凝視する。その時、エレベーター内に複数の人影が入り込んでいくのが映し出された。
それは、防火服を身に着けた人物達であったが、全員が消防にしては不自然な物を手にしている。得体の知れない黒いケース、それとポリバケツの様な物を持ってエレベーターへと乗り込んできたのだ。
――ケースの中身は武器か? だが、ポリバケツは……? 奴ら、何をするつもりだ?
しかし、ジークがそんな事を考えている間にも、奴らは着実に上の階へと上がってきている。恐らく、ジークのいる階へと。
そして、ジークは玄関前のエレベーターホールの映像へと切り替えた。
するとその時、ポーンッ! と子気味良い音をカメラのマイクが拾う。それと同時にエレベーターからは7,8人程の人物が降りてきた。
そこでジークは、モニターの前から離れる。
――やはり襲撃者か。なら、これ以上カメラを見ていても仕方があるまい
そう思い、ジークは奴らを迎え撃つべく、重たい体を引きずりながら玄関へと向かう。
玄関ドアは防弾であり、100トン以上もの衝撃にも耐えられる代物である。そう簡単には打ち破る事などできない筈だった。
しかしその時、ドアはギシギシと嫌な音を立て軋み出す。それも、分厚いドアが何かに吸い寄せられていくかの様に、あらぬ方向にひしゃげながら。
そこでジークは、嫌な予感を感じ取り、扉と距離を置いた。
すると次の瞬間、ドアは轟音を立てながら外側へと外れていってしまった。あまりに呆気なく。そしてドアが外れたと同時に、凄まじい突風が玄関先に置かれていた靴や花瓶等の物と一緒に、ジークの体をも引き込んでくる。
「ッ……!? この力!」
ジークはそこで、この力の正体をすぐに察した。今は防火服を着こんでいる所為で顔まで確認できないが、奴の『天の御加護』を体感すれば嫌でも分かる。つい先程もジーク達を付け狙って来た、エコーとか言う天使だと。そして、奴は今も腕と腕の狭間に白く輝きを放つ球体を作り上げ、先程までドアがあった場所から能力を振るい続けてくる。
――ックソ! 相変わらず、厄介な能力だッ!
ジークはこの光景を前に、心の中で悪態を吐いた。
――だが、今が好機でもある。今なら、奴の力を逆に利用して不意を突ける。
そう思い、ジークは奴目掛け一目散に飛び込んでいった。奴の力には抗わず、吸い込む力を逆に利用して一気に距離を詰めていく。
しかしその最中、ジークは急に勢いを失った。かと思うと、次の瞬間にはこれ以上前へ進めなくなってしまう。すでに腕を伸ばせば、爪先が奴の腕に触れる様な距離にはあった。
けれど、これ以上はどうしても近づけない。
「なんだッ!? これは!?」
その原因はドアを破壊したのと同じく、奴の腕の狭間から巻き起こる凄まじい突風にある。だが、それは先程の様な奴の方へ引き込む風ではなく、外へ押しやる様な突風であった。それも、その突風の凄まじさは、ジークの足を止めただけに留まらない。突風は次第にジークの体をも後方へと押しやってきたのだ。体を徐々に宙に浮きあがらせながら。当然、ジークと奴との距離は再び開いていく。
「ッ……!?」
そこでジークは、壁に爪を突き立て何とか留まろうと試みた。だが、それでもジークは壁を引き裂きながら、後方へと徐々に流されていく。奴の力は、どうあがいても抗えぬ程に強大なものであった。
さらに次の瞬間、玄関先に付けられた巨大な照明が落っこち、ジークの下へ勢いよく襲ってきた。
「ゥグッ……!!!」
ジークはその衝撃で、思わず爪を立てる力を緩めてしまう。すると、爪は壁から外れ、一気に後方へと吹き飛ばされていった。
ジークは成すすべなく宙を舞い、やがてリビングにある食卓を圧し潰し止まる。
「ッグ…………」
風はすでに収まっていた。だが、全身を強く打ち付けていた所為で、意識が朦朧とする。
そんな中、奴はリビングへと土足で入り込んできた。防火服のヘルメットを脱ぎ捨てながら我が物顔で。
そして奴は気怠そうな表情で、真っ二つに割れた机の上に横たわるジークへ向け語り掛けてきた。
「よぉ、気分はどうだ?」
それに対し、ジークは奴を睨みつけながら答える。
「ああ、最低最悪な気分だッ……!」と。
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