13話 吹き荒れる風に突き立てる爪先①

 ジークは割れた机の上に横たわりながら、エコーを睨みつけている。そんなジークへとエコーはゆっくりと近づいてきた。


 そこで、ジークは急いで起き上がろうとしたが、叩きつけられた衝撃による痛みと先程から続く気怠さが合わさり、思わず跪いてしまう。


 そんなジークは、奴に隙だらけの姿を晒していた。


 しかし、なぜか奴は襲い掛かって来ない。


 それどころか、奴は

「ほら、立てよ」と告げながら、手を差し伸べてきたのだ。


 それに対し、ジークは体を抑えつつ、

「何のつもりだ?」と問い詰める。


 そこで、奴は気怠そうな表情のまま答えてきた。


「厄介なもんだよ。これが、俺の救済リリーブなんだからな」と。


 それを聞くと、ジークは『ふざけた呪いだ』と思いつつも、素直に腕へと掴まった。


 すると、奴はべらべらと余計な事を喋りながら、ジークを引き起こしてくる。


「意外と素直だな。まぁ、こちらとしては助かるが」


 だが勿論、ジークはこのままずっと素直に従っているつもりなどない。その最中、ジークは逆に奴を勢いよく引き込んだのだ。それにより、奴は前のめりとなる。そして、爪先は徐々に奴の顔面へと迫っていく。 


 しかし、それは奴に読まれていた様だ。奴は爪が当たる直前に身を翻し、躱してきた。


「ふぅ……。やはり、そう来るかよ」と嘆く声と共に。


 そして奴は、ジークに腕を掴まれている状態であるにも関わらず、再び能力を振るってきた。ジークの腕を巻き込む形で、光の球が徐々に出来上がっていく。


 ジークはそれを見て、即座に腕を引っ込める。その判断が速かったために、何とか光の球から腕を引き抜くことはできた。


 ただ、それだけでは奴の能力から逃れる事はできない。ジークは次の瞬間には、奴が引き起こした突風により、再び大きく吹き飛ばされてしまったのだ。


 そして、今度は体を激しく壁に打ちつけられてしまう。


「ゥグッ……!」


 肺の中の空気を勢いよく外に吐き出され、ジークの意識が揺らいだ。


 また今度は、それだけには留まらず、ジークは壁から身動きが取れなくなってしまう。奴の放つ突風によって体が完全に壁に貼り付けられていたために。ジークの背後からはメキメキと軋むような音が聞こえてくる。


 すると奴は、必死にもがくジークへと近づきつつ、濃淡のない声で嫌味を口にしてきた。


「元気そうじゃねぇか。少しくらい大人しくしていろよ」


 そこでジークは、そんな事を告げてくる奴に向け腕を伸ばそうとするが、体は思う様に動かせない。


 そして奴はその様子を傍目に、周囲を見渡しながら、問いかけてくる。


「そうか、娘を隠したか。さて、娘はどこにいるんだい?」


 ジークはその問いかけに対し、一旦もがくのを止めて

「知らんな。ここにはいないぞ」としらばっくれる。


 しかし、エコーがそれを気に留めた様子もない。ジークが何と言おうと、奴は表情一つ動かさないのだ。さらに、奴は声音すらも変えずに返事を返してくる。


「そうか。まぁ、お前さんが答えずとも、勝手に探させてもらうとしよう」


 奴は何と言うか掴みどころのない男だった。ジークは奴を睨みつけながら、そんな印象を抱く。


 だがその時、奴は不意に玄関へ向け、声を張り上げ出る。


「お前たち、もう入ってきてもいいぞー」


 すると、ぞろぞろと防火服の連中が無断でリビングへと入り込んできた。それも、手にはサブマシンガンとポリタンクを持った物騒な連中が。


 そして、そんな奴らに向け、エコーが指示を出した。


「周囲に灯油を撒いておいてくれ。それと、念のためにスプリンクラーを破壊するのも忘れるなよ」


 すると、奴らは返事を返すこともなく、エコーの指示通りに弾丸と灯油をバラまきだす。そして、先程までの料理の残り香をかき消すように、部屋中は一気に灯油と硝煙の匂いで満ちていく。


 そんな様子に、ジークは奴を睨みつけたまま、

「随分とふざけた真似をしてくれるな」と言い放つ。


 そこで奴は、ジークへと向き直り

「そうか? でも、とっくにお前さんが娘を差し出していたなら、こんな事しなくて済んだのだけどね。それに、ブラボーの敵とかではないが……彼も寂しいだろうからな。さながら、お前さんは彼への供物と言ったところだよ」と相変わらず抑揚のない声で告げてきた。 


 しかしそれを聞くと、ジークは奴を鼻で笑う。

「そうか、仲間思いだな。それに、奴がちゃんとくたばった様で何よりだ」


 ジークは嫌味を込めて言ったつもりであったが、それでもエコーは眉一つ動かさない。


「ああ、お陰様でね」と答えるだけで。


 さらにその時、奴はジークの前から恐る恐る離れていった。白く輝く光の球を宙に残したまま。そのために、ジークは奴へ近づくことはおろか、体の自由すら依然として利かない。


 ただ、奴は宙に浮かぶ球を見て、やっと表情を変えた。安堵の表情に。 


「ふぅ。どうやら、やっと安定した様だな。こいつを分離させるのには、いつも苦労させられる」そんな事を漏らしながら。


 だがそれも、一瞬のことである。次の瞬間には気怠そうな表情へと戻っていた。


 そして奴はジークに向け

「さて、祈りを捧げる時間くらいはくれてやろうじゃないか。娘を見つけるまでの間だけどな」と言い残し、リビングを後にしていった。


 この場にいる部下を全て引き連れ、ミーシャの捜索に乗り出したのだ。


 それをジークは抵抗もせずに、ただ眺めている事しかできない。


――今の状態では、さすがに一筋縄ではいかないか……


 ジークは、即座に奴らを仕留められなかった事を悔やみはした。だが、それは左程気に病むような問題ではない。ジークは当初の目的を果たせていたから。奴らの気を引き、時間を稼ぐという目的は。


 そして、ジークは奴らがリビングから完全に消え去るのを傍目に眺めながら、今後の策を練る。勿論、彼はこのまま大人しくしているつもりも、奴らを仕留める事を諦めるつもりもない。


――奴の能力は確かに厄介であり、正面から戦うには部が悪い。だが、発動するまでに少々時間がかかる様だった。なら、不意を付く他はないだろう


 そう考え、ジークは耳を澄ませた。奴らは、さながら強盗の様に部屋から部屋へ駆けまわっている。クローゼットを乱暴に開け放ったり、物をひっくり返したりする音が至る所から聞こえてきた。そんな物音に耳を傾けながら、ジークはタイミングを計っていた。奴らから気づかれずにこの場を脱っし、不意を突くためのタイミングを。

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