吹き荒れる風に突き立てる爪先②
その後、エコーは各部屋へと繋がる廊下の真ん中で、壁にもたれ掛かかり煙草をふかしていた。部下に部屋中の捜索を全て任せきりで。彼だけは優雅な一時を過ごしている。すでに彼は、任務を完遂した気でいる様子。
そんな中、部下がエコーへと近づき
「気になる部屋があります」と報告してきた。
それに対し、エコーは目線だけを部下へと合わせ詳細を話させる。
「どんな部屋だ?」
「物置部屋か何かだとかと思われますが……、電気すら通ってなく、家具や段ボールなどが散乱しています」
それを聞き、エコーはやっと重い腰を上げた。
「そうか。案内してくれ」と告げながら。
やがて、エコーは部下の案内の下、廊下端の部屋の前に行きついた。ドアを見ただけでは、他の部屋と何ら変わりはない。ただ、その内部はかなり広い空間であるにも関わらず、窓もなく非常に暗い。一寸先は闇の中であった。また、室内は埃っぽく、しばらく使われていないのが窺える。
そこで、部下が銃に取り付けられたフラッシュライトで周囲を照らし出した。
その明かりでも、段ボールやタンスや本棚などが所狭しと置かれている事は分かるが、隅々まで見渡すことはできない。
この光景にエコーは少し考える素振りを見せ、
「……隠れ潜むなら、この部屋で間違いはないな。全員をこの部屋に集めるんだ」
と命じた。
その後、エコーと8人の部下がこの部屋へと集結し、内部の捜索に乗り出す。
9人はライトで照らしながら、タンスや段ボールの中、家具と家具の隙間など隠れられそうな場所は隅々まで探し続けた。しかし、いくら探し続けても、どこにも彼女達の姿を確認できない。
そこでエコーは疑念を募らせる。
「まさか、どさくさに紛れて逃げられたか……? それとも、あの男ははなから囮で、俺達は踊らされていただけなのか……」
するとその時、突如として部下の一人が大声で叫んできた。
「おい、こっちへ来てくれ!」
声がしたのは、ドアから最も遠い地点。部屋の一番奥からである。
その声に釣られ、エコーを含めた全員がその場所へと集まっていく。
「なんだ? 何があった?」
エコーは大声を上げた部下にそう問い詰める。
それに対し、彼は
「これを見てくれ」と答えながら、壁の方を指さしてきた。
そして、その先にあった物は大きな額縁とそれに入れられた絵画であった。中心には銃と旗を持った人間の女性とその下には横たわる多くの人々。また、彼女の周囲には銃を持った男たちが描かれている。
そんな絵が、壁へと斜めに立てかけられていたのだ。
そして、その絵は絵画の知識に乏しいエコーでも、どこかで見た事があった。
「たしか、『民衆を導く自由の女神』とかだったか?」
すると、男は再び大声で告げてくる。
「ああ、それそれ! そんなやつだったな! よくわかんねぇけど、高く売れるんじゃねぇか!?」
だが、それをエコーは一蹴した。
「はぁ、そんな事で大声を出すなよ。どうせレプリカだろうしな」
そして、そうは言いつつも、エコーは念のためにライトで照らし辺りを見渡す。絵自体に気になる点はないが、額縁が壁に立てかけられている事に違和感を覚えた為に。
すると即座に、彼はある事に気が付く。それは、地面に付けられた一本の白い線。恐らく、この額縁を引きずった時に付いた跡だ。それも、埃が積もっていない事から、つい最近付けられたものである事が窺える。
そこで、エコーは部下に指示を出した。
「誰か、こいつをどかしてくれ」
それを聞き入れ、部下の一人が額縁を手前に押し倒す。
すると、額縁があった場所の壁からは小さな鉄製の扉が出現したのだ。また、それは扉と言うよりもハッチに近く、人一人が屈んでやっと入れる程の大きさのものであった。
それを見たエコーは、ここに彼女が隠れ潜んでいると確信する。そして、彼は部下へ警戒するように命じた。
「構えろ。慎重に開けるんだ」
そこで部下の一人が、銃を構えながら慎重に扉を開け出す。それをエコーは影から見守った。
すると、その先にあったのも真っ暗な空間であった。しかし、ライトで照らしていくうちにその全容が明らかになっていく。そこがコンクリート素地がむき出しとなった小部屋であった事に。それも、小部屋と呼ぶにはあまりにも狭く、せいぜい二人程しか入り込むスペースがない。
そして、そのどこにも彼女達の姿は確認できなかった。その代わりに、5本ものガスボンベが空間を占拠している。要は、ここはただのボンベ庫であったのだ。
だが、エコーは空間をライトで照らし続ける。ここに入り込んだ形跡は確かに残されていた為に。するとその時、彼は奥の方にある物を発見した。それは、またしても小さな扉である。
「まさか……」
それを見て、エコーは部下を押しのけ、ボンベ庫へと入り込んだ。そして、彼は即座に扉を蹴破った。すると、たちまち眩い光がボンベ庫内へと入り込んでくる。
エコーは外を見ずとも瞬時に理解した。
「ここから、逃げられたか……。そして、あの男は囮……」
次いで彼は煙草を咥えたまま、屈みこんだ。一応外の様子を確認するために。すると案の定、扉の先はエレベーターホールと繋がっていた。
「ッチ……」
その光景を前にエコーは、煙と共にため息を吐きだす。
だがその時、エコーの視界の端から突如として黒い何かが襲い掛かってくる。それは鋭利な爪先。それが顔面目掛け襲い掛かってきたのだ。
それをエコーは煙草を落としながらも、寸でのところで躱す。しかし、その拍子に彼は壁に寄りかかってしまった。
そして彼は、珍しく取り乱す。
「ッな……これはッ!? どうやって抜け出した!!?」
エコーが声を荒げると同時に、それはボンベ庫内に入り込んできた。
『ホワイト・ホール』で拘束していた筈の彼が
「壁を破壊する事くらい造作もない。そして、それを見誤った貴様の怠慢だ」と告げながら。
その様子にエコーは顔をしかめる。
「ック……!!」
そして奴は立ち上がろうとしてくるが、それをジークは許さない。
彼は、すかさずエコーへと肉薄し、覆いかぶさっていく。それと同時に顔面へと爪を突き立てようとした。
しかしそれは、ギリギリのところで奴の右腕によって防がれる。勿論、右腕は無事では済まなかったが。
爪先は奴の右腕を貫通し、顔面まであと数センチの距離へと迫っている。それでも、奴は必死に爪の進行を止めてきたのだ。
するとその様子に、部下の者が銃を構えだす。だが、それをエコーが慌てて制止する。
「止めろ! ガスボンベがあるんだぞ! 第一、大した問題でもないさ!」
エコーはそう言い放ちながら、突き刺された右腕を無理やり持ち上げ、ジークの頬へと触れてきた。それと同時に彼は左手をも頬へと添えてくる。
そして奴は、ジークの目と鼻の先にまで顔を近づけ、得意気な表情で告げてきた。
「捕らえたぜ。このまま俺が『ホワイト・ホール』を作り出せば、あんたの綺麗な顔が吹き飛ぶことになるぞ?」
それに対し、ジークは毅然とした態度で答える。
「試してみるか? 俺とお前どちらのが速いかを」
すると、奴は気怠気な表情へと戻り、
「あんまし、調子に乗るなよ」と言い放ってくる。
そして、それを合図に奴は手と手の狭間、ジークの顔面を覆いつくす様に光の渦を作り出そうとしてきた。
そこで、ジークは即座に奴の顔面へと左腕を伸ばす。
だが、奴はそれを見てほくそ笑む。
「フッ、甘いぜ。馬鹿正直に攻撃してくるなんてよ」
そして、奴は身をよじりながら、態勢を変えてきた。逆にジークへと馬乗りとなる態勢へと。それにより、左腕の軌道は奴の顔面から大きく逸らされてしまう。それも、ジークの爪は奴の顔面ではなく、ガスボンベを捉える軌道へと。
しかし、ジークは構わず左腕を力強く振るう。もとより、奴に攻撃を躱された場合、ジークはそうするつもりであった為。そうせざるを得ない相手だと考えていた。
そして次の瞬間、ボンベは甲高い金属音を上げながら引き裂かれる。その刹那、ボンベ庫内は眩い光に包まれた。ジークの爪が上げた火花と、地面に落ちていた煙草が周囲に漏れ出たガスに引火したことにより。
「なにッ……!?」
その光景に奴は、驚き声と共に驚愕した表情を漏らした。
しかし、それも一瞬。
奴の声と表情は、爆発音と閃光によって完全にかき消されてしまった。
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