27話 掛ける想い
ジークはミーシャをアリシアへと託す。
それに続き、依然として寝ころんだまま身動きを取らないエレクへと、馬乗りになった。
そして、ジークは痛々しい姿となった奴に向けて告げる。
「どうやら、万策尽きた様だな? お得意の運とやらも」
それに、奴は吐き捨てる様に返してきた。
「ッチ……。終始僕をコケにしやがって!!」
そこで、ジークは奴の襟首を掴むと、奴の顔面に一発鋭いのを食らわす。
「ウグゥアッ!!!」
すると、奴の鼻柱は歪み、鼻から血が噴き出していく。
ただ、そんな奴の姿に構うことなく、ジークはさらに言い放つ。
「それは、貴様の方だ。貴様の卑劣なやり口には、随分と手を焼かされたぞ」
それに対し、奴は吐き捨てる様に反論してきた。
「ハッ……自分から首を突っ込んでおいて、よく言いやがる。僕はあらかじめ忠告しておいた筈だぞ! それを無視して、僕のやり方に口を挟むとは、いい御身分だなぁ?」
しかしそれには、首を横に振るジーク。そして、奴に向けて告げる。
「勘違いするな。別に貴様のやり方を否定したつもりはない。卑劣な手段に頼るのも貴様の勝手さ。だが、そんなやり方だからこそ、お前は重大な判断ミスを犯したのだ」と。
すると奴は、怪訝な表情を浮かべ
「……なんだと?」と問いかけてきた。
それにジークは淡々と答える。
「貴様の卑劣な手段に、俺達が下ると思った事。そして、俺達の力量を見誤るという重大な判断ミスを」
それを告げた途端に、奴は押し黙り悔し気な表情を浮かべ出す。奴は、やっと理解したのだろう。自身が敗北したという事実を。
ただそこで、ジークは奴の襟首を乱暴に離す。
それと同時に、爪を奴の首元へと押し当てて、告げた。
「そう言えば、俺もお前に言ったよな? 『借りは倍にして返してやる』と」
そう脅しかける様に。
すると奴は、緊張した面持ちで
「ど、どうするつもりだ?」と問い返してきた。
だが、ジークは奴を宥める様に告げる。
「心配するなよ。どうもしないさ。貴様が俺の質問に答えてくれさえすれば」
そこで、奴は奥歯を噛みしめながら
「ッ……何が聞きたい?」と問いかけてきた。
それにジークは語気を強めて、言い放つ。
「お前の裏にいる連中の事を全て吐け。それと、魔獣の出どころと、ミーシャを使って何を企んでいたのかも。洗いざらい全部だ!」
すると、エレクから答えが返ってくる。
「ハッ……知らないよ。僕はただの下っ端だからな」
そんな、ふざけた答えが。どうやら、奴はまだ自身の方が優位な立場にいると勘違いをしている様であった。
そんな奴の様子に、ジークはため息混じりに告げる。
「そうか。ただの脅しだと思っているのか?」と。
そしてジークは、奴の切断された左腕。その切断面に爪を押し当てた。
すると、奴からは何度目かの悲痛な叫び声があがる。
「アグアアアアッ!!!」
それと共に、奴の左腕は魚を下ろす要領で、徐々に切り裂かれていく。
「二枚に下ろされない内に全て吐くんだな」
ジークがそう言い放つと、奴はやっと素直になった。
「わ、わかった! 話す! 話すから、少し手をどけてくれ!」
そこで、ジークは爪を推し進めるのは止める。
しかし、
「それは、貴様の話す内容次第だ」と告げ、奴の腕から爪をどける事はしなかった。
すると、奴は観念し、痛みに耐えながら語り始める。
ただ奴は、
「まず、一つ言っておきたい。僕は、『あの方』に直接会ったことはないし、居場所も分からない。それに、素性も名前すら知らない」と肩透かしも甚だしい発言を落としてきた。
そして、それにはジークも呆れ果てる。ここまで、もったいぶっておきながら、口を開けば碌な情報を持っていないとほざく。奴はまだそんな言い分が通じるとでも思っている。
そう思い、ジークは苛立ち混じりに爪を奥に押し込んだ。
すると、またしても奴から悲鳴が上げる。
「ウグゥアッ!!!」
ただ、それと同時に奴は必死に
「ま、待ってくれ! あの方の事について知らないのは本当だ。けど、彼の手塩に掛けている部下の事なら、少しは話せる!!!」とも訴えかけてきた。
それを聞いたジークは、奴を疑いはしたものの、一旦爪を押し留める。
そうすると、奴は息を整えながら再び語り出す。
「ハァハァ……。僕に貸し与えられたブラボーとエコー……。『あの方』は、自身の保有する部下の事を『死神部隊』と呼んでいた。僕にはそれが何なのかよく分からなかったが……。ジーク君。君なら、もしかして知っているんじゃないか……?」と。
そこで、ジークは思わず目を見開き、瞳を大きく揺れ動かした。
奴の言う通り、ジークは『死神部隊』の事をよく知っていた。いや、痛い程思い知らされていた。
正式名称『天界軍・アジア方面大隊・特殊工作班107』
天界最強の部隊にして、天使にとっては消し去りたい汚点。
奴らは幾度となく、前線に現れては戦場をかき乱していった。無関係な者達や味方ですら、関係なく殺し回り。奴らは、殺戮そのものを道楽にしている様な連中の集まりであった。その圧倒的な強さは、味方であった天使ですら畏敬を抱く存在。
そして、シャーリーを唯一苦しめた存在でもある。彼女をあんな姿へと変えた者達の事を、忘れはしない。
しかし、ジークには信じられなかった。奴らが再びジークの前に立ち塞がる事などありえない筈であったから。
「馬鹿な!? 『死神部隊』は、あの戦争が終結すると共に解体された筈だ! 部隊の事を詳しく知る者や、その関係者達も全員処刑されている。あれは、歴史上からも完全に消し去られた存在だ! 奴らである筈などない! はったりじゃないのか!?」
そう言い放ちながら、ジークは胸倉を掴み、奴を揺さぶった。
すると奴は再び訴えかけてくる。
「僕にはよくわからないと言っただろ! けど、確かにあの方の口から聞いたんだよ。そんなこと、自分で確かめてくれ!」
納得はいかない。だが、奴が嘘を吐いてるとも思えなかった。そこで、ジークはエレクを揺さぶるのを止め、押し黙る。
そして、ジークは一呼吸置き、落ち着きを取り戻すと共に問いかけた。
「…………で、そいつらはミーシャを捕らえ何をしでかそうとしていた?」
「それも、悪いけど詳しくは知らないよ。ただ、彼らはミーシャ君に『アレ』を操らせようとしていたんだと思う」
そこでジークは、怪訝な表情を浮かべながら問い詰める。
「……『アレ』? 『アレ』とは何だ?」
ジークが再び問い詰めると、エレクはなぜか得意気に言い放ってきた。
「……『ベヒーモス』。この人間界の大半を草も生えぬ大地へと変えた魔獣。それは、今彼らの手の中にある」
それには、再び驚かされるジーク。ベヒーモスとは、終戦間際に追い詰められた魔界連合軍が放った諸刃の剣。敵も味方もその多くを食い殺した最悪の魔獣であった。
しかし、それもまたジークには信じられなかった。
「なんだと!? あれはお前の言う『死神部隊』によって滅された筈だぞ! 死骸も残らぬ程に……。どういうことだ!?」
だが奴はそれを否定してくる。
「いや、滅されてなどいない。『メルクリウス商会』そこが瀕死状態にあった『ベヒーモス』を戦場から持ち去り、厳重に保管していたんだよ」
それを聞いたジークは唖然とさせられる。先程から奴が言ってくる事は、ジークにとって信じ難い事ばかりであった。それに、謎も根深く、深まるばかりである。
しかし、だからこそジークは暗い闇の底へと、さらに踏み込ん行かなければならなかった。
「そいつらも何者だ!? それに、『ベヒーモス』を使い何をするつもりだ!?」
ジークは再び胸倉を掴み、そう問いかける。
すると、奴は即座に答えてきた。
「詳しくは知らないって言っただろ! 本当だよ! 『メルクリウス商会』は希少な魔獣を集めているコレクター連中だという事だけしか知らない。ただ、そいつらとの取引記録なら、僕の書斎にある筈だ。それだけしか提供できるものはない!」
そこで、ジークは押し黙り、考え込んだ。
奴は確信的な部分を喋らない。いや、本当に何も知らない様子。奴らの目的、奴らへと繋がる痕跡。それこそが、今一番欲している答えであったが。
ただ、一つだけ言える事はある。これは最早、ミーシャだけの問題ではない。奴らの目的を阻止しなければ、この人間界そのものが再び地獄と化すだろう。奴らは、それだけの事をしでかそうとしている筈だ。
「絶対に、奴らの思惑通りにはさせやしない」
ジークは決意を胸に、思わず口を吐いた。
ちょうど、その時だ。突然、入り口の方から大きな物音が鳴り響いてきた。
すると次の瞬間、部屋に大勢の者達が押し入ってくる。
黒のスーツに身を纏った集団。そいつらは、部屋へと入り込んでくるなり
「動くな!! 貴様らは完全に包囲されている!!」と怒鳴り散らしてきた。
それは治安局の連中。彼らはジーク達にやっと追いついてきたのだ。そして、この状況だけ見れば、ジーク達はエレクを襲撃しに来た犯人と映っているであろう。また、ジーク達には脱獄とそれを幇助した容疑もある。
だからこそ、連中は即座にジークとアリシアを取り囲んできた。
それに対し、ジークとアリシアは奴らを睨みつける事しかできない。
またその時、連中の背後から初老の男が姿を現す。ほんの数時間前までジークを尋問していた男が。それと同時に、彼は周囲を見渡しながら告げてくる。
「観念するんだな。もう、逃げ場はないぞ」
彼の言う通り、連中を振り払い逃げる事など不可能だろう。しかしそれは、エレクも同じ筈。なのに、奴はこの状況に随分と余裕そうな態度でいる。
それに疑問を抱くジークであったが、その時アリシアが連中に向けて訴え掛けた。
「待って! 私達はエレクの悪行を暴くのと、ミーシャさんを助けに来ただけ! エレクこそが、ミーシャさんを捉えた真犯人よ。彼女の身に巻き付いた糸を見れば分るでしょう!」
するとそれを聞いた連中は、一斉にミーシャへと目を向けて困惑しだした。
「確かに、彼の糸の様だな……」
「しかし、どうして彼が……?」と口々に疑問を呟きながら。
そんな困惑している連中に対し、アリシアは続けて訴えかける。
「彼は多くの魔獣を飼っていて、それをミーシャさんに操らせようとしていたの。この屋敷の中に多くの魔獣を所持している証拠もあるわ!」
そして連中はさらに困惑した様子で、一斉に初老の男へと目を向ける。次いで、連中は初老の男に指示を乞い出す。
「……どうしますか? アリシアの言っている事が事実なら、エレクも危険かと思われますが……」
そこで、初老の男は考え込む素振りを見せるも、即座に
「……真偽が分からん以上、無下には出来ん。一先ず、全員を拘束しろ」と命じ出した。
すると、その指示に連中は従い、ジークとアリシアとエレクの三人を拘束しようとしてきた。
まだ、ジーク達への疑いは晴れていない様子。だが、なにはともあれエレクも捕らえられるのであれば、問題はない。いずれは奴の悪行が暴かれ、ジーク達への疑いも晴れるであろうから。
しかし、奴はその最中、
「クククッ……」と突然笑い出したのだ。
それに対し、ジークは怪訝な目で奴を睨みつける。
「何がおかしい? この状況は貴様にとっても望んだものではないだろう?」
そう告げるも、エレクは笑みを絶やそうとはしない。
「まぁ、そうだね。治安局にここを調べられれば、僕が飼っている魔獣や取引の記録も全て暴かれる」
そう答えてきた奴の態度に、ジークは嫌な予感を感じ取った。
だがそこで、ジークは治安局の連中にエレクから引き剥がされてしまう。
「ジーク・サタン。大人しくしていろよ」
ジークはそう命じられ、無理やり立たされる。そして、すぐさま後ろに腕を組まされた。
すると、その様子を傍目にエレクは
「けど、何も見つからないさ」とも告げてきた。
その間、エレクも別の男に
「負傷している所悪いが、立つんだ。あなたにも、容疑がある。本部まで同行してもらうぞ」と命じられ無理やり立たされていた。
しかし、奴の表情は妙にすっきりとした表情となっていた。それは、観念した表情なのか。いや、違う。まだ、奴は何かとんでもない事をしでかそうとしている。そうに違いない。奴がそう簡単に観念する筈などないのだから。
ジークは奴の態度と表情からそんな事を感じ取っていた。
その矢先、奴は急に男の腕を振り払い、告げてくる。
「ジーク君。やはり、運命は僕に味方している様だよ」と。
そして次の瞬間、奴は男の腹へと糸を突き入れてきた。
腹から血を流し、崩れ落ちる治安局の男。それを見て、騒然とする周囲の者ども。
しかしそんな中でも、ジークだけは冷静であった。すでに、ジークはエレクが取ろうとしてきた次の一手を見据えていた。
奴の右腕の中には、束ねられた無数の糸がある。そして、その糸の全てが、この部屋の天井裏や壁裏へと延びていた。すると、奴はそれを手前に引き寄せながら、告げてくる。
「貴様らの思い通りにはならない! このまま、全員瓦礫の中に沈みやがれ!!!」
それと同時に、この部屋は凄まじい音を立てながら軋み出す。シャンデリアは地面へと落っこち、天井や壁には大きな亀裂が走っていく。奴は、この部屋ごとジーク達を圧し潰そうとしてきたのだ。
それに遅れて気が付いたらしい、連中は慌ただしく叫び出した。
「退避! 退避だ!! 容疑者と被害者。それと、負傷者を連れて今すぐここから逃げるんだ!!」
治安局の連中は、この部屋から逃げ出そうとしていく。
ただジークだけは、すぐさま男の腕を振り払い、エレク目掛け飛びかかっていった。
すでに、この部屋の崩落は始まっている。大きく広がった亀裂により、天井と壁は耐えきれず、瓦礫を周囲に振り注がせていた。それでも、このどさくさに紛れ、奴を取り逃がす事などあってはならない。
その一心でエレクへと飛びかかっていた。
そしてジークは奴の懐へと潜り込むと、即座に奴の右腕へと爪を突き入れる。すると、ジークとエレクは再び地面へともつれ込んだ。
「グゥッ!!!! どこまでも、僕の邪魔をしやがって!! だが、もう遅い! 君には止められない! 直に、この崩壊は屋敷全体へと広がっていくぞ!」
奴は腕から止めどなく血を流しながら、そう叫んでくる。また、依然として糸を握る右腕の力は緩まらない。
奴はここに来て、まだ執念を見せてきていた。
しかし、そんな奴の執念に屈する訳にはいかない。そこでジークは、爪をさらに奥へと押し込んだ。
「生憎だが、貴様の様な卑怯者に遅れを取る俺ではない。そうなる前に、必ず止めてやる」
背中に当たる瓦礫に耐えながら、そう告げて。
すると奴は、苦し気な表情をのぞかせて言い放ってくる。
「クソッ!! ふざけやがって!! 止めさせはしない!! どうせ、僕は殺される運命だ! だが、死んでも僕の名誉だけは守って見せる!!」
それに対し、ジークは首を横に振り
「いいや、お前の思惑通りにもならない。誰も殺させやしない! アイシャやミーシャやアリシア。そして、俺とお前も含めてな!」と答えた。
そして、ジークはさらに腕に力を込める。
そんな中、体中は瓦礫の雨に打たれ、ひしゃげていく。同時に、意識も遠のいて来ていた。また、ジークの傷口を塞いでいた筈の糸もほつれ、血が噴き出してきている。繋がっていた両腕の糸も同様に。腕は剥がれ、ジークの体から切り離されようとしていた。
だがそれでも、ジークの力は徐々に増していく。
それに奴は驚き
「ックソ!! なぜ、そこまでの執念を見せてくる!!?」と漏らしてきた。
そこでジークは奴を真っすぐ見据えながら答える。
「俺には使命がある。『彼女』を助け出すという使命が。ただ、それだけの事だ」と。
しかし、その時。
「君は!? 何を言って――」
奴が何かを言いかけた次の瞬間、この部屋は瓦礫の中に沈んでいった。ジークとエレクを完全に呑み込みながら――
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