14話 平穏を追い求めて
一方その頃――
ミレイとアイシャ、それとミーシャは、このどさくさに紛れ車で外に逃げ延びていた。
駐車場内にも奴らの仲間らしき連中を数人見かけはしたが、奴らは上階での戦闘に気を取られている様子であった。無線でしきりに仲間と連絡を取り合い、慌ただしく動き回っていた。そのお陰で、目を盗む事は左程難しくもなかったのだ。
そして、ミレイが運転する車は市街地を走り抜けていた。徐々に彼女達がいたマンションは小さくなっていく。
すると、その光景を後部座席から不安気な表情で眺め見ていたアイシャが
「あいつも、無事に逃げられたんかな?」と漏らした。
それに対し、ミレイは落ち着いた声音で彼女へと言い聞かせる。
「心配する事はありません。ジーク様なら上手くやってのけますので」
それを聞くと、アイシャは頷きつつ
「そうやね……。あいつなら、絶対大丈夫やんね」と納得した。
だがその時、ビルの上階から炎と黒煙が勢いよく上がったのが見えた。すると、少し遅れて彼女達の下へも大きな爆発音と振動が伝わってくる。
それは、あまりの衝撃で前方の車が急ブレーキを踏んでしまう程のものであった。そして、ミレイもそれに釣られ、慌てて路肩に車を止める。
そこでしばらくは、3人とも口をポカンと開けたまま、燃え盛るマンションを見ている事しかできなかった。アイシャが、取り乱した様に口を開けるまでは。
「ッ……あれって、うちらがいた部屋からやんね!? あいつは……あいつは逃げられたの!?」
その問いかけでミレイは我へと返る。そして、車を再び発進させながら、彼女に言い聞かせた。
「……きっと、大丈夫です。ジーク様ならきっと……。今は信じるしかありません」
しかし、それはアイシャに言い聞かせていたというよりかは、自身に言い聞かせていた様に聞こえる。彼女もジークが無事であるかなんて分かりはしない。本当はジークの安否を確認しに行きたくてしょうがないのだろうと思う。けれど、ミレイはアイシャ達を無事に逃がすという使命を優先させようとしていた。
だからこそ、今はミレイの言う通り『信じる』しかない。あいつの行為を無駄にしない為にも。そう思いアイシャは、疑念を振り払う。
それから、ミレイは車を一時間程ひたすら走らせ続けていた。すでに、市街地は完全に抜けており、車は峠道の様な場所を走っている。周囲には建造物はおろか、街灯すら見当たらない。鬱蒼とした森と険しい崖がひたすら続く様な道であった。また、ここらは不浄地帯と共同自治区の境目にあたる地点でもある。そのため、車通りも全くない。
そんな中、アイシャはミレイに問いかける。
「どこまで行くん……?」
それに対し、彼女は言葉を濁しながら答えてきた。
「……あの者達に気づかれにくそうな場所まで。としか言えませんね」
つまり、まだしばらくは宛もないドライブが続きそうであった。
だがその時、目の前に大きな看板と分かれ道が現れた。すると、その前でミレイがおもむろに車を止め出す。それは案内板の様であったが、アイシャ達が普段使う文字で書かれてはいない。そのため、アイシャとミーシャには何が書かれているのか全く分からなかった。しかし、ミレイはそれを凝視している。
すると、その様子にミーシャが疑問を漏らした。
「何かありました?」
彼女はそれに対し、頷きつつ答えてくる。
「ええ。左に5キロ進めばキャンプ場があるみたいですね」
しかし、それを聞くとアイシャは少し驚きながら
「この文字って日本語やんね? たしか、ここに住んでいた人間が戦前まで使っていた言語。あんた、それが読めんの……?」と問いかけた。
すると、ミレイは何の気なしに
「はい、多少ですけれども」と言い放ってくる。
そこで、アイシャは彼女を怪訝な表情で見つめた。
「あんた、何者……?」と疑問を漏らしながら。
だが彼女は、首を傾げつつ
「わたくしは、ジーク様の使用人ですよ?」と意図せぬ答えを返してくる。
そんな彼女の返答に、アイシャはモヤモヤとした気持ちにさせられたが、
「……まぁ、いいわ」と答え、これ以上の詮索は一先ず止めた。
そして彼女はミレイに提案する。
「そこなら、奴らに気づかれにくそうだし、車も隠せそうじゃない?」
それには、ミレイもそのつもりだったらしく、賛同してきた。
「ええ、わたくしもそう思っておりました。そうと決まれば、早速向かいましょう」
そして、そう告げると同時に、車は再び峠道を走り出す。
やがて、彼女達は細く入り組んだ道を進み、キャンプ場らしき場所へと辿り着いた。
だが、その場所は酷く寂れ、人影はおろか営業している様子も窺えない。それに、入り口付近には管理棟やら、コテージやらが建てられていたが、そのどれもが長年手を加えられていない様子であった。窓ガラスは割られ、建物自体も朽ち果て、ツタが生え渡っている。
その光景にミレイは
「どうやら、廃キャンプ場だったみたいですね」と漏らした。
それに対し、アイシャは頷きつつ答える。
「そうやね。でも、逆に好都合やない? 足もつかなそうやし、うちらお金も持ってへんし」
するとそこで、ミーシャがポツリと呟き出す。
「でも、何か出そうで不気味だよ……」
そんな彼女は窓の外の景色を見渡しながら、怯えた表情でいた。
その様子にアイシャがため息を漏らす。
「もう、あんたは……。うちら悪魔がお化けを怖がってどうすんのよ」
それに対し、ミーシャは頬を膨らませなながら、アイシャに
「悪魔でも、怖いもんは怖いよ!」と反論した。
だがその時、突如として車内におどろおどろしいメロディが鳴り響く。
すると、アイシャとミーシャはビクッと肩を震わせ驚き出す。
「きゃあッ!?」
「なに!? なに事!?」
そして、彼女達はしきりに車内を見渡し、音の発生源を探し回る。
しかしそこで、ミレイが平然とした表情で
「あ、わたくしの携帯ですね」と告げてきた。
次いで、彼女は助手席に置いてあったカバンへと手を伸ばす。
その様子に、アイシャとミーシャは呆気にとられる。
ただ、アイシャは段々、取り乱した事へ妙な気恥ずかしさを抱き
「なんて着信音にしてるんよ!? それとも、狙ったん!?」と彼女に突っ込みを入れた。
すると、ミレイは笑みを浮かべつつ、否定してくる。
「まさか、そんなつもりはありませんよ~。ただ、着信に気づきやすいので、これに設定しているだけですよ」
それに対し、アイシャはため息と共に
「はぁ……。あんたって、変よね。あんたの主人に似て」と漏らす。
しかし、それをなぜかミレイは誉め言葉と受け取ってきた。
「ジーク様と似ているなんて、嬉しいお言葉ですね~。照れちゃいますわ」
そんな彼女を見て、アイシャは『ジークよりもヤバいかも』とミレイに対する評価を一新するのだった。ただ、それはさておき、今は着信相手の方が気になる。
「で、誰からの着信?」
アイシャがそう問いかけると、彼女は
「少々、お待ちを」と言ってカバンから今も尚悍ましいメロディを鳴り響かせているスマホを抜き取った。
そして、彼女が画面を確認すると驚いた表情と共に、安堵の表情をも浮かべ出す。
そんな彼女の様子を見て、アイシャはスマホの画面を覗き込んだ。
するとそこには、『ジーク様❤』と映し出されていた。
そこで、アイシャも胸を撫でおろす。
(よかった。生きてた)と。
その最中にミレイが通話ボタンをタップする。
すると、スマホのスピーカー越しに彼の声が聞こえてきた。
「ッ……やっと、繋がったか」
彼は押し殺した様な声でそう告げてくる。
それに対し、ミレイは安堵と不安の入り混じった声で
「ジーク様! ジーク様ですよね!? ジーク様、ご無事なのですか!?」と立て続けに問いかけ出した。
それを彼は宥めてくる。
「落ち着け……。すでに危機は去った」
だがそこで、アイシャは疑問を漏らす。
「待って。危機は去ったって、さっきマンションで爆発があったでしょ? ……何があったの?」
するとジークはため息を漏らしつつ、答えてくる。
「……そうか、お前らからも見えていたか。少々危うかったが、あれは奴らを仕留めるために俺が引き起こしたものだ。流石に、あれをまともに受けて無事では済まんだろう」
「どういうこと? あんた、本当に無事なの?」
「……まともに動ける状態にはない。ただ、あの場から何とか逃げ延びる事はできた。だから、心配する必要はない」
しかし、それを聞いても尚、アイシャの不安は拭えない。
「……あんた、今どこにいんの?」
「わからん。どこかの工場の敷地内だと思うが……。茂みの中にいるから確認のしようがない」
そこで、アイシャは怪訝な表情を浮かべながら問いかける。
「どうしてそんなとこに?」
「マンションから離れるためには、仕方がなかった。ダンプに引きずられる他、脱出手段がなかったからな」
すると、今度はミレイがジークに語り掛けた。
「迎えに参ります。覚えている範囲でいいので、目印になる物はありませんか?」
しかし、それをジークは拒絶する。
「止めておけ。今、迂闊に動くのは危険だ」
そして彼は続けて、問いかけてきた。
「というよりも、お前たちの方こそ大丈夫なのか?」
「……わたくしたちは、大丈夫です。追手はいませんでした。それに、現在は身を隠せる様な場所におります」
「ンンッ……そうか。なら、良かった。しばらくは、そこにいろ」
彼は一瞬苦し気な声を上げつつそう告げる。そして、彼は通話を切ろうとしてきた。
だがそれを、アイシャが制止する。
「待って。あんたは、これからどうするつもり?」
すると彼は意外にも
「体力が回復するまでは、大人しく身を潜めるさ。合流はそれからだ」と告げてきた。
それに対し、アイシャは
「意外ね。あんたから大人しくするという言葉が出てくるなんて」と素直な感想を漏らす。
正直、今すぐにでも『エレクを仕留めに行く』とでも言いだすのかと思っていた。
すると、彼は何度目かのため息を漏らしながら、告げてくる。
「勿論、不本意だがな。しかし、流石にこれ以上体へ負荷を掛けられん」
そして、彼は続けて
「それと、お前らもしばらくは身を潜めておけよ。くれぐれも、学園に行こうとはするな」
とも釘を刺してきた。
しかし、それには特に異論はなかった。
「うん、それもそうやね」
アイシャがそう呟くと彼は、
「合流時刻と地点は、体調が回復したらメールで送っておく。それから、くどい様だが今は体を休めておけ。くれぐれも勝手に動くなよ」と念を押してきた。
そして彼からの通話は、返事を待たずに一方的に切られてしまう。
そこで、そんな彼の態度にアイシャが愚痴をこぼす。
「あ、ちょっと……! もう、相変わらず勝手なんやから……」
しかし、今は彼の言う通りに、体を休めた方がいいのも事実であった。
ミレイやミーシャの顔色からは、疲れの色がはっきりと見える。それは、アイシャも同じであろう。彼女も、重くのしかかってくる様な疲れを感じ取っていた。
「一先ずは、車をもっと奥の方に停めますね」
ミレイはそう告げると、深い木々の間に車を移動させる。
そして、彼女達は少し狭い車内で座りながら、眠りに就くことにした。
ミレイは座席を少し倒すと、すぐに穏やかな寝息を立て始める。また、ミーシャもアイシャに背を向けながら縮こまり、直に眠りに就いた様であった。
車内は静寂に満ちている。木々が風でなびく音が時折聞こえるだけで。
ただそんな中、アイシャは中々眠りに就けずにいた。この静寂と今まで張っていた緊張の糸が一時的に緩んでしまった事により。頭の中には、考えてもしょうがない事が巡っていたのだ。
――いつまで、うちらは苦しめられなきゃいけないの? いや、そもそも、この苦しみに終わりはあるの……? 仮にラジエルの魔の手から逃れられたとしても……。
そんな不安と疑念がふつふつと脳内に湧き上がる。それを彼女は、座る姿勢をしきりに変えながら振り払おうとしていた。
するとその時、アイシャの手に暖かな感触が伝わってくる。
そこで、アイシャはこの感触の先を目で追った。そしてすぐに、この感触がミーシャの手の感触だったことに気づく。彼女は手を握りながら、アイシャを見つめていたのだ。
「お姉ちゃん、私の所為でこんな事になってごめんね……。それと、私はもう覚悟できてるから。もし、お姉ちゃんやジークさんやミレイさんの命に関わる様な事態になったら、迷わず私をラジエルさんに差し出して」
彼女はアイシャの瞳をまっすぐ見据えながら、そんな事を告げてきた。そんな彼女の瞳には、恐怖も迷いの色も見えない。だが、彼女はどこか自棄になっているだけの様にも見えた。
だからこそ、そんな彼女の言葉など到底受け入れられるわけがなかった。
――ダメだ。こんな事を考えてちゃ。うちが弱気になったらいけない。一番辛い思いをしているのはミーシャなんやから
そこで、アイシャは彼女の手を握り返し
「大丈夫やから。あんたは余計な事を考えなくていい」と答える。
そして、その後は二人ともが口を閉ざし、ただ手を握り合う。互いに眠りに就くまで力強く……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます