8話 仕込まれた罠
ジーク達は最上階で一番遠くの部屋をパネルから選び、中へと転がり込んだ。室内は少し薄暗く、青とピンクの薄明かりのみが部屋を照らしており、ムーディナ雰囲気であった。そして、少し手狭な室内の大部分は巨大なベットが陣取っている。
ジークは一先ずベッドにアイシャを下ろし、隣に腰かけた。
アイシャはまだ目を覚ます気配はなく、スヤスヤと穏やかな寝息を立てている。
一方のミーシャは部屋の隅っこに置かれていた小さなソファーへと腰かけていた。そこで、彼女は尻尾をバタつかせ、落ち着かない様子でソワソワと周囲を見渡している。
そこへジークは
「ミーシャ」と呼びかけた。
それに彼女は上ずった声で答える。
「ひゃっ、はい」
「あまり、ここに長居はできない。……奴らはお前たちの動きを掌握している」
「でしたら、早く移動した方が……」
彼女はソファーから立ち上がり、焦りながらそう進言してくる。しかし、ジークはそれを制す。
「まぁ、焦るな。こっちで逃走経路は確保しておく。しかしだな、何か追跡を可能にしている物がある筈だ。その対処をしないことには逃げ切ることも難しい」
「と、言われましても、あの人達に何かを埋め込まれたりもしていませんし、おねえちゃんの事も調べましたし……」
「携帯のGPSは?」
「切ってあります」
「……そうか」
ジークはそう呟きつつ、横たわるアイシャを凝視した。ぱっと見では、どこにも違和感は見られない。しかし、ジークはエレクの仕掛けた細工とやらがどうしても引っかかる。
「もう一度調べなおせ。あいつの能力の詳細までは分からんが、あいつは糸を操ってくる。その糸を隠すとしたら、布が一番可能性として高い。アイシャの服の中、下着まで念入りに調べたか?」
「いえ、そこまでは……」
「だったら、脱がせて調べろ。ああ、そうだ。念のためにお前も脱いで調べておけ」
そう言われると、彼女は顔全体を赤らませ困った様子でジークを見てきた。
「えっ、でも、それは……」
「早くしろ。時間がない。俺は見ない様にしておくから」
ジークはそう言うと、ソファーの方まで移動していき、ベッドとは反対側を向き寝ころぶ。
すると、ミーシャは決心がいったらしくベッドへと歩み寄っていった様だ。
しばらくして、ジークの耳にはベッドが軋む音と衣擦れの音が聞こえてくる。それは、彼女がアイシャの制服を脱がしている生々しい音。
ジークは聞き耳を立てていた所為でそれがよく聞こえてきた。無論、ベッドへと意識を集中していたわけではなく、外の音。主に廊下からの物音に警戒していたのである。基本は二つの足音しか聞こえてこない。大勢の足音なら、連中でほぼ間違いはない筈。
そして、ジークは聞き耳を立てつつも、携帯を取り出し電話を掛ける。
耳の中に2回のコールが鳴り響いた後、相手は電話へと出た。
「あ、もしもし、ジーク様、どうなさいました?」
電話の相手はミレイであるが、彼女は少し心配そうな声音であった。
「ああ、少し厄介なことになった。今からいう場所まで車を回して欲しい」
「厄介なこと!? 大丈夫なのですか!?」
彼女はまくし立てる様に問いかけてくる。
「ああ、問題はない。それより、場所を言うぞ。ラビリンス天魔ってホテルだ。そこの地下駐車場まで頼んだ」
ジークがそう言うと、電話越しに慌ただしくかつ、騒々しい声が返ってくる。
「はい? え!? ホテル!? なんでそんなところにいらっしゃるのですか!?」
ジークは携帯から耳を離しつつ
「成り行き上、仕方がなかった」と答える。
しかし、それを聞くとミレイはさらにヒートアップしてしまう。
「まさか!!? 用事があるって……デートのことだったのですか!? そして、わたくしという女がいるのにも関わらず、他の女をホテルに連れ込んでいるのですか!? どこの誰です!? わたくしとも――」
ジークは彼女が話している途中であったにも関わらず、
「では、頼んだぞ」と言って一方的に通話を切った。
そして、ジークは耳を摩りながら、携帯をポケットへと仕舞い込む。
その頃には、ちょうどベッドから聞こえていた衣擦れの音も収まっていた。
ジークは寝ころんだまま、ミーシャに問いかける。
「どうだった?」
すると、ミーシャからまたしても上ずった声が返ってくる。
「あっ、はい……。えっと、特には何も見つかりませんでした……」
だがその答えには、あまり納得がいかなかった。
「細部まで、ちゃんと調べたのか?」
「えっと、はい……」
ジークはそこで少し考えた後、
「見してみろ」と要求する。
それにミーシャは拒否反応を示す。
「えっ……、でも、流石にそこまでは……」
そこで、ジークは立ち上がりミーシャ達の方へ体だけを向ける。アイシャには布団が被せられていたが、ミーシャは二つの制服を手に取りベッドの上に正座していた。透き通った白い肌を覆っているのが、二枚の薄い布のみの状態という無防備な姿で。
ジークはなるべく、彼女の姿を見ない様にしていたが、どうしても視界には薄っすらとだが入ってしまう。
すると、ミーシャは驚き咄嗟に脱いだ制服で体を隠す。そして、彼女は怯えた表情を浮かべ出した。
しかし、ジークは毅然とした態度で、
「気味の悪い要求なのはわかっている。だが、不安要素を残してはおけない。それに、俺は勝手にだが、お前たちを助け出すと誓った。俺を信用できなくてもいい。ただ、少しだけ俺に協力してくれ」と告げる。
すると、しばしの沈黙が流れた後、彼女は小さく頷いてくれた。ついで、制服をベッドの上に置きジークへと背を向けだした。
ジークは顔を背けながら近づいていく。そしてベッド脇に腰かけると、二つの制服の上下を手に取りそこに広げる。
――ファイブセンス・アクセラレーション
ジークは感覚器官を左の手先に集中させ、制服の表面をなぞっていく。制服に付着した埃や髪に混ざる異物を探るために。
ジークは何度も何度も繰り返し、なぞっているとアイシャの制服にふと違和感を覚える。
それは柔らかな布地にも関わらず、僅かにだがざらつく様な感触を感じる部分があったことだ。そこはちょうど胸部の位置らへん。しかし、物自体は肉眼では確認できない。そこで、ジークは爪を立て引っ搔くようにして物を探し当てる。すると、人差し指が何かに引っ掛かった。そして、それを掬い上げるが、やはり何も見えない。だが、爪と肉の隙間には確実に何かがある。それはかなり細く透明な糸と思われる感触。それもかなり長い糸だ。
ジークは透明な糸を手首に巻き付け慎重に手繰っていくが、それは部屋の外にまで伸びていた。また、かなりの強度かつ、伸縮性もあるようだ。試しに廊下側に引っ張ってみても、千切れるどころか何の反応も返って来ない。しかし、決して切れないわけではない。
ジークは制服を壁に押さえつけながら糸を引っ張る。そして、限界まで張り詰めた糸を牙で噛み千切ると糸は寸断され、制服との繋がりを絶たれた。
その様子をミーシャは首だけを動かし見ていた。
そんな彼女は
「何をしているのですか?」と不思議そうに問いかけてくる。
「ああ、やっと捉えた。奴の仕掛けた策をな」
ジークは確信していた。これがエレクの仕掛けた能力であり、追跡を可能にしていた物であったと。
しかし、その糸が見えていないであろうミーシャはさらに首を傾げてしまう。
「……どういうことです?」
「追跡を可能にしていた物は糸だった。そして、それを今断ち切った」
ジークはそう言うと彼女に近づいてく。そこで、手首に巻き付けられた糸を触らせた。
「本当ですね……! 全く見えないけど、細い糸みたいな物があります……」
彼女は自身が下着姿であることも忘れて夢中でその糸に触れ続ける。さっきもそうであったがミーシャは好奇心旺盛と言うか、興味がそそられる物を前にすると周りが見えなくなる節がある様だった。
だがその時、唐突に傍らから声がかかる。
「んんっ……、えっと……? どういう状況なん!?」
それは目覚めたばかりのアイシャからの問いかけ。彼女は全く状況を理解できていない様子。それもそのはず、目覚めてすぐにあったのは、ジークが下着姿のミーシャに何かを触らせている場面だったのだから。
そして彼女は勢いよく上体を起こすと、覆っていた布団がはだけ、色気のある褐色の肌が露わになる。
「きゃあっ! ちょっ、ちょっと、なんでうちも下着姿なの!?」
アイシャは急いで布団にくるまった後、悲鳴を上げ狼狽えだした。
すると、そこへミーシャが泣きながら彼女に抱き着いていく。
「おねえちゃん、ごめんね……私の所為で……」
ミーシャは泣きじゃくりながらそんな事を呟いていたが、その言葉はこの場面においては勘違いを招きかねない。
しかし、アイシャは落ち着きを払い、しばらく彼女を優しく抱きしめ返していた。
そして、
「ミーシャ、少しどいててくれる?」と言い放った後、ミーシャを横へ優しく押しのける。
すると、彼女は両こぶしを力強く握り絞め、肩を激しく震わせ出した。さらに、ジークを鬼の形相で睨みつけてくる。それは、今にも飛びかからんとする力の入り様。
そこで、ジークは立ち上がり彼女を宥めようとした。
「まぁ、待て。お前の言いたいことはわかる。だが、それは早とちりだ」
けれど、彼女を落ち着かせるには至らない。
「ふーん、早とちりね……」
アイシャはそう呟くと、鋭い眼光で周囲を見渡し出す。すると、さらに彼女の腕に力が入っていくのが感じ取れた。
「でも、ジーク。ここって、そういう為の場所やんね? 無防備な私に一体何をしたん? それに、泣いて嫌がるミーシャを無理やり脱がせて、よくそんなこと言えるね?」
彼女は完全に冷静さを欠き、まくし立てる様に問いかけてきた。非常に険しい目つきで。
「奴らから逃げるためには致し方なかった。それに、誓って何もしてはいない。脱がせたのにも理由がある」
ジークは弁明し続けるが、彼女は最早聞く耳を持ってくれさえしない。
「……で、言い訳はそれだけ?」
彼女はそう言い放つと布団で体を隠しながら立ち上がる。そして、ジークに対し右手をかざしだす。
すると、彼女の右腕から黒い靄が立ち込め、ベッドへと絶えず降りていく。次第にそれが堆積し、人の形を成そうとしいる様に見えた。
「少しは話を聞け。エレクの奴が仕掛けた物を突き止めるためには、制服を調べる必要があった。ただそれだけだ。他意はない」
ジークはそう言い聞かせるが、すでに彼の目の前にはアイシャの背丈ほどの真っ黒な鎧が出来上がっていた。そして、その鎧には絶えずアイシャの腕から黒い靄が供給されている。また、腕には黒い靄によって形成された剣が握られてもいた。そんな鎧は今にも襲い掛かってきそうであったが、そこでミーシャが彼女を呼び止めた。
「おねえちゃん、止めて!」
ミーシャが声を張り上げたのには、流石のアイシャも少し冷静さを取り戻してくれたようだ。アイシャは鎧をジークへ襲い掛からせようとして、急に動きを止める。
「ミーシャ……!?」
彼女は傍らで見上げてくるミーシャを見て、困惑した様子で問いかけた。
「ジークさんの言う通り、おねえちゃんの早とちりだから! ジークさんはおねえちゃんの制服に付けられていた発信機の様な物を突き止めてくれただけ……。私もおねえちゃんも何もされてないんだよ」
「んぇ? そう、なん……?」
アイシャは素っ頓狂な声を出し、腕から出していた靄を止めた。すると、鎧は形を崩し空気と溶け込むようにして、跡形もなく消え去る。
そこへジークは、アイシャの傍へと寄り手首に巻き付けた糸を触らせにいく。
「ちなみに、これがその発信機の様なものだ。目に見えないとは思うが、エレクの糸が巻きついている」
アイシャはそう言われると積極的に糸を触れにきた。そして、彼女もまた前のめりとなり夢中で糸を観察しだす。体を覆っていた布団がはだけ、下着と柔肌が露わになっているのにも関わらず。そこへジークは思わず突っ込みを入れてしまう。
「お前もか……」と。
そこで、彼女はジークを見上げて我に返ったらしい。みるみると頬が赤くなる。
「んんっっ……///////!!」と言葉にならない声で照れて、また布団へと包まっていった。
そして、彼女は布団の中から顔を背け
「と言うか、私の制服はどこやったん? 早く返して」と要求してきた。
「ああ」
ジークは頷き、周囲を見渡すがアイシャとのどさくさで彼女の制服を見失っていた。
ジークはベッドの下やシーツの裏などを覗き見るがどこにも見当たらない。
その様子にアイシャは
「ちょっと! 人の制服をなくしたわけ!?」と呆れつつ問いかけてくる。
「いや、まぁ……そうらしい」
ジークがそう答えたその時、ガタンッ! と何かが落っこちる物音が室内に鳴り響いた。
「!?」
ジークは音のした方へ振り向く。そこは一枚のドアの向こう側。おそらく浴室と思われた。
「なんやろ……?」
アイシャの耳にもその音は聞こえていたらしく、彼女もまた浴室の方を向いていた。ミーシャも同じく。
そこで、ジークは浴室の方へ向かって行く。
「確認しに行く。お前達は下がっていろ」
ジークはそう告げると、ドアを開け放った。そこは、洗面台と巨大な鏡が置かれた脱衣所であった。そして、透けたガラスドアが一枚あり、その向こう側が浴室となっていた。
だが、その浴室には火の手が上がっている。激しく燃え上がる炎。それは、換気扇を突き破りこの浴室内に侵入してきていた。そこで、その炎の中に浮かび上がる顔とジークは目が合う。
「こいつは――!?」
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