7話 逃げ込んだ先は……

 しばらくして、トレーラーはバイパスを降り、車通りも人通りも多いオフィス街へと出た。そこで、ジークは左車線にトレーラーを止めさせる。

 

 その時、男が怯えた表情で

「俺を、どうする気だ!?」と問いかけてきた。

 

 だから、ジークは答えてやった。

「少し休ませてやる」と。


 そして、答えるや否や、ジークは目にも止まらぬ速さで顔面へと肘内を食らわせてやる。 

 

 すると、男はハンドルにもたれ掛かる様にして気を失ってしまった。


 それを傍目に、ジークは車内から飛び降り、コンテナの後方へと急いで向かう。


 コンテナの扉には鍵が二つ掛けられていたが、それらを手刀で破壊してやると、簡単に開いた。


 中には大量の木箱が山積みされている。そして、その奥には二つの人影。中は薄暗く、はっきりとは見えないが二体の姿であろう。


「アイシャ、ミーシャ。無事か?」


 ジークはコンテナ内に入り込みつつ、問いかける。すぐには返事が返って来なかったが、その姿がはっきりすると、ミーシャから返事が返ってきた。


「そ、その声は……ジ、ジークさん……!? どうして……?」


 彼女は驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべている。


「奴らは俺が現れるなんて考えもしていなかったのだろう。だから、そこに付け入る隙はあった」


 ジークはそう答えるが、ミーシャは頭を振る。


「違くて……。どうして、こんな危険を冒してまでも私達を助け出そうとしてくれるんですか?」


「言っただろう。俺は個人的な理由でお前らを助け出すと」


 ジークはそう答えたところで、ミーシャに寄りかかりながら眠るアイシャの姿に気が付く。


「アイシャの身に何があった?」


 その問いに対し、彼女はおどおどしながら答えてきた。


「えっと……あの人たちに頭を殴られて……気絶させられたみたいです……。それで、中々起きなくて……」


 そして、その返答でおおよその事は理解できた。アイシャは抵抗したために、あいつらに大人しくさせられたのだと。


「……そうか。とりあえず移動するぞ。すぐに追手が来るかもしれん」 


 ジークはそう告げるが、ミーシャは首を横に振ってくる。


「いいえ……、私はここに残ります。だから、おねえちゃんだけを連れて……逃げてください」


「それは、お前が囮にでもなると言っているのか?」


 ジークは彼女を睨みつけ、問いかける。


 それに対し、彼女は視線を逸らし

「……はい」と弱々しく答えてきた。


「ダメだ。奴らの狙いはお前だ。渡すわけにはいかない」


 すると、彼女は俯き押し黙ってしまう。


「………………わかりました」


 やがて、ミーシャは渋々と言った様子で従い、アイシャを抱え立ち上がろうとした。しかし、彼女はアイシャを支えきれず、よろけ尻もちを突いてしまう。


 そこへ、ジークは左腕を伸ばしアイシャを担ぐ。


「無理をするな。アイシャは俺が運んでいく」


 そこで、ミーシャは何かを見て驚く。


「その腕……」


 それは、ジークの消し飛んだ右上腕部であった。


「ああ、これか? 大した問題はない。血は止まってるし、すぐに生えてくる」


 ジークはそう言うと切れ口をミーシャに見せる。始めは嫌そうに目線を逸らしていたが、やがて恐る恐るチラリと覗いてきた。


「ほんとだ……。塞がってる……」


 そして彼女は顔を近づけ、興味深そうにべたべたと切れ口に触れたり、撫でたりしてきた。それはジークが指摘するまで。


「おい。触り過ぎだ」


「あ、ごめんなさい……。つい」


 そう言うと、彼女は急いで顏と手を引っ込める。


 そして、彼女は再び塞ぎ込み、

「でも……私の所為で、大変な目に合ったのも事実ですし……ごめんなさい」と漏らした。


 それに対し、ジークはため息をこぼす。


「はぁ……、俺は俺の目的で動いているだけだ。お前の所為では断じてない。だから、気にするな」


 ジークはそう告げ、コンテナから出ていこうとする。


 すると、彼女は

「お優しいのですね……。でも、どうして私を責めないのですか? 私は厄介な存在でしかないのに……」とジークを見上げポツリと呟いていた。


 そこで、ジークは怪訝な表情を見せる。


 そして、

「責める理由もないし、もっと厄介な奴なら身近にいる。そんなことより、さっさと逃げるぞ」と言い切った。


 しかし、ミーシャはそれを否定してくる。


「責める理由ならあるんですよ。私のこの呪いで、多くの者達を不幸にしてきたから……」


 それに対し、ジークは再び怪訝な表情で彼女を見る。

「……何を言って?」と疑問を漏らしつつ。


――彼女がその内に抱えている問題は恐らく深刻なのだろう。それは彼女の表情からも読み取れる。彼女には明らかな違和感があったから。こいつは何かにすがるような目をしている。許しを乞うているのか? それとも、罰自体をすがっているのか? 

 

 それは定かではないが、ある種の狂気じみたものを感じさせられていた。


 だがその時、木箱が微かに揺れ動いた事により、ジークは我に返る。


「……ん?」


 ジークは目線を木箱へと移す。すると、今度は確実に“ガタンッ”と大きく揺れ動いた。


「なんだ!?」


 この木箱にまで頭が回らなかったが、考えてみれば妙であった。ミーシャを連れ去るだけならこんな大型のトレーラーを用いる必要なんてない。それに、こんなにも荷物を積み込んでいるなんて、元より奴らの目的はこれらを運び出すことにある様にも思えた。


「ミーシャ、何が入っているか知っているか?」


 ジークは嫌な汗を流しながら、恐る恐る問いかける。


「いえ……中身まではわかりません。ただ、このコンテナは厳重に管理されていました。それに、私を利用しようとしていた事を鑑みると……」


 ミーシャはそこまで言うと言葉を詰まらせる。だが、彼女が謂わんとしていることは理解できた。そしてジークは、アイシャを床へと降ろした後、木箱の中身を確認しようとする。


――ミーシャが関わらされたということは、呪いに関すること。彼女の呪いは魔の物を呼び寄せたり手名付けたりするものだと聞いている。だとすると、この中にあるものは……


 ジークは木箱のやけに重たい上蓋を持ち上げ、中身を見た。


 すると、その中に入っていたものは大量の白蛇。その全てが生きており中で蠢いている。そして、蓋を開けたと同時にそれらが一斉にジークの方を睨みつけてきた。


「――これは!?」


 そこで、ジークは咄嗟に蓋を閉めるが、一匹だけ蓋の隙間に挟まる。すると、白蛇は体を引き千切られながらも外へと飛び出して来てしまった。さらに、千切られた白蛇は頭だけになっても活発的に動き、ジークの首筋を目掛け飛びかかってくる。


 それをジークは咄嗟に左腕で振り払う。すると、白蛇は頭から真っ二つに切断されるが、その際黄色い体液みたいなものを周囲にまき散らした。それをジークは目に浴びてしまう。


「ッツ……!?」


 ジークは思わず目を擦り、痛みから顔を曇らせた。


 そこへ、ミーシャがジークの様子を窺いに近づいてくる。


「だ、大丈夫ですか?」


「ああ、問題はない」


 そうは言ったものの、ジークの全身には倦怠感が襲い掛かり、呼吸も乱されている。


――毒か……。それも猛毒だ


 けれど、ジークは焦ってはいなかった。彼は体内魔術で毒素を無力化できるため。少し時間はかかるが、大事には至らない。


 ジークは額に大粒の汗を流しながらも振り払った蛇を睨みつける。蛇はジークに頭を真っ二つにされていたが、それでもなお活動を止めてはいなかった。


 蛇は再びジークへ襲い掛かって来ようとする。


 だがそこへ、ミーシャが間に割って入ってきた。すると、蛇はミーシャの姿を見て動きを止める。そして、大人しくなった蛇へミーシャは近づき、二分割された頭を摘まむ。


「ジークさん、蓋を少し持ち上げてください」


 ジークはそれに従うと、蛇は無事に木箱の中に戻すことができた。


 そこで、ジークは一息つき、木箱にもたれ掛かる様にして座り込む。


 その様子を見てミーシャは深々と頭を下げてくる。


「ごめんなさい……。私がもっと早く動いていれば……」


「いや、単に俺の不注意が原因だ。むしろ、助かった」


「いえ……。元はと言えば私の所為なので……」


 彼女はまたしても自身を卑下し、すがるような目を向けてきた。


 しかし、ジークはそれを無視して、

「……それより、お前の呪いは眉唾ではなさそうだな」と呟く。


 ジークは彼女が蛇を大人しくさせたことで、そう確信を持った。それはジークがこの生物と毒に覚えがあったから。


「前にこの毒を一度食らったことがある。こいつは間違いなくヒュドラだ……。獰猛を持ち、何であれ襲ってくる危険極まりない魔獣である筈だが……。お前には従順であった」


 ジークがそう言い放つと彼女はまたしても塞ぎ込んでしまう。


 そして、彼女は

「……そう。どんな危険な生物でも私にだけは襲い掛かってこない……。他に大した力もないのに、私にはなぜかこんな変な呪いだけがあるのです……」と漏らす。


 明らかに彼女は呪いを後ろめたく思っている。許しや罰にすがる要因はそこにあるのだろう。しかし、ジークは彼女の事をあまりにも知らなさすぎる。だから、掛けてあげられる言葉などなかった。ましてや、彼が許しや罰を与えたところで何も解決はしない。


 それに、彼女の悩みよりも重大な問題があった。


――ヒュドラの様な魔獣が人間界で自然発生する事などありえない。つまり、ヒュドラは何者かが魔界から人間界に持ち込んだことになる。しかし、そもそも魔獣を魔界から持ち出すことは硬く禁じられている筈。違反すれば治安部隊に拘束される事となる。連中は違反行為をしてまで何をするつもりだったのか? そして、ここにある木箱の中身が全てヒュドラだとするとかなりの量であるが……。これだけの量をバレずに持ち込むことが可能なのか? 一体、連中は何者だ? それと、ミーシャをいかにして使おうと企んでいた?


 謎は深まるばかりであるが、敵は悠長に考えている暇を与えてくれはしない。


 その時、後方よりスキール音を上げながら猛スピードで迫りくる3台ものセダンが見えた。


「ッ、息つく間もないか……」


 ジークはそう漏らすとアイシャを肩に担ぎ直し、急いでコンテナから飛び降りる。


「ミーシャ、移動するぞ」


 ジークがそう呼びかけると、彼女は

「……本当に大丈夫、なのですか?」と心配そうに問いかけてきた。


「ああ、問題はない。直によくなる筈だ」


 ジークがそう言い聞かせたのに対し、彼女は一応の納得をしてくれる。


 そして、ジーク達は追手とは反対側に走り始めた。


「こっちだ」


 ジークはしばらく進むと、そこで狭い路地裏へと入り込む。車が一台通れるか通れないか程の狭さであったが追手はそれにも関わらず、猛スピードで入り込んできた。勢いよく迫りくる車はジーク達を引き殺そうとするかの様な速度である。


 ジーク単体なら問題はないが、アイシャとミーシャは無事では済まないだろう。


 そこで、ジークは路地裏の小道を右へ左へと入り込み、追手を近づけさせない様にする。

やがて、ジーク達はひたすら走り抜けると繁華街へと出た。道には多くの人と天使と悪魔が行き交っている。流石にここまで車が入ってくることは出来ない筈。


 しかし、気を抜くこともできない。連中は車を降り、追ってきているだろうし、それにアイシャを抱えるジークは変に目立つ。


「ミーシャ、俺から絶対に離れるなよ」


 ジークはそう告げると人や魑魅魍魎の波をかき分け、ただひたすらに繁華街の奥へ奥へと入り込んでいった。


 しばらく進むと、ネオンとピンクの看板が周囲を彩る、いわゆるホテル街へと出た。ここまで、20分ほどひたすらに走り続けていたが、追手の姿は見えない。そして、ジーク達は警戒を怠らず、目の前に見える大通りの方へと向かって行く。


 だがその時、前方の大通りから黒服の男が3人、ホテル街へと入り込んでくるのが見えた。


 それを見てジークはミーシャの手を引き、咄嗟に近くの物陰へと隠れる。


 それにより、奴らに発見されはしなかった。しかしそこで、さらに後方より黒服が迫り来ていることに気が付く。ジーク達は完全に挟まれていた。


――やはり、行く先がバレている様だな。しかし、この場は強行突破するしか……


 ジークはそう考えるが、黒服の中には先程相手をさせられたサングラスの天使が紛れ込んでいた。


――ッ、奴の能力に掴まれば逃げ切れない。なら……


 ジークはそう結論に至り、ミーシャの手を引く。隠れた物陰の先へと。そこは、ネオンの看板に『ラビリンス天魔』という文字が刻まれている大きな建物の入り口であった。


「え? でも、ここって……」


 ミーシャはそれに気が付き困惑した様子であったが、ジークは一蹴する。


「行くぞ」


 ジークはそう言って、ホテルへと無理やりミーシャ達を連れ込んだのだった。

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