6話 救出

 地図で確認するに、日の宮倉庫は広大な敷地を有しているにも関わらず、出入口は一個所しかない。出入口に設けられている大きな鉄製のゲートだけ。


 そして、ゲート横には2台の黒塗りの乗用車が並んで停められていた。さらに、その周囲には見張りと思われる5人が退屈そうに突っ立っている。

 

 ジークは一旦そこを素通りさせ、少し離れたところでタクシーから降りた。


「悪いが、また待たせることになる」

 

 ジークは運転手にそう告げると、返事も待たず駆け出していく。

 

 運転手の男はそれに文句を垂れていたが、最早ジークは聞く耳を持っていない。

 

 ジークは遠くの物陰から再度入り口の様子を窺う。5人もの見張りは黒のスーツに身を纏っていた。そして、懐には妙なふくらみがある。それは、形と大きさから見て、拳銃であろう。

 

 それと、ゲートのすぐ脇には小さな詰め所があった。ゲートの制御室のようであるが、そこにも3つの人影が見える。この場にいるのは計8人もの敵兵。

 

 ただ、アイシャとミーシャの姿はどこにもない。恐らく、彼女達はまだ敷地内にいる。


――早いとこ、この場を制圧する必要がある 

 

 ジークはそう考え見張りの隙を突き、一気に車の影へと詰め寄っていった。

 

 そして次の瞬間、見張りの一人に背後から襲い掛かる。ジークは即座に、頭を掴み車体側方へと勢いよく叩きつけたのだ。

 すると、男は断末魔を上げながら崩れ落ちていく。


「アガァッッ!!!」

 

 そこで、他の見張りがジークの存在に気が付いた様子。


「何者だッ!」

 

 連中は一斉に銃を引き抜き、銃口を向けてくる。

 

 しかし、ジークはそれに構わず、前方の男へと飛びかかっていった。すると、男は後方へ押し倒され後頭部を地面に激しく打ち付けられる。その拍子に弾がジークの頬を掠めるが、そんなものでは傷一つ付けられない。

 

 次いで、車を挟んで反対側にいた3人が発砲してくる。弾はジークに当たりはするが、全て弾れてしまう。


「こいつ!? バケモンか!!?」


 男共はその光景に狼狽えていた。 


 そこでさらに、ジークは車体を持ち上げて横倒しにする。それと同時に、車体越しに3人の男共へタックルを食らわし、そのまま壁へと叩きつけてやった。


「「ぐわぁッッ!!!」」 「うごあっ!!」と悲痛な叫びが上がる。


 それと共に、3人の男どもは壁と車体の間に挟まれ、意識を失っていった。


 だがその時、唐突に閉じられていたゲートが開かれた。恐らく、制御室にいた連中の仕業だろう。


 それにより、ジークの前には長い一本道が現れる。そして、敷地内から何台かの車が勢いよく迫りくる音が響き渡ってきた。まだその姿は見えないが、確実にゲートへと近づいてきている。


 そこで、ジークは急いで制御室へと向かう。その最中、中にいた3人は尻尾を撒いて反対側から外へと逃げ出していった。

 

 ただ、ジークはそれに構わずゲートの操作パネルと向き合い、スイッチを押す。だが、ゲートはビクともしなかった。

 ジークは怪訝な表情でパネルを確認すると、パネル横には鍵の差込口があった。どうやら、ゲートの操作には鍵が必用らしく、それを連中に持ち去られた様だ。


「ッチ」


 ジークは舌打ちを漏らし、制御室から飛び出た。


 すると、猛スピードで迫りくる車列も姿を現す。先頭には黒の乗用車が一台。その後ろにも一台。さらにその後ろには巨大なトレーラーが追従して来ていた。


――ファイブセンス・アクセラレーション


 ジークは動体視力を高め、乗用車とトレーラーの車内を確認する。だが、アイシャとミーシャの姿は確認できない。恐らく、彼女達はトレーラーに繋がれたコンテナに積みこまれている様だ。


――なら、力尽くで止めても問題はない


 ジークはそう思い、車列の前に立ち塞がった。しかし、奴らは止まる気配などなく、むしろ速度を速めてきていた。


――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト


 そして次の瞬間、ジークに乗用車が突っ込んだ。


 それと同時に爆発音にも似た轟音が周囲に鳴り響く。ジークへとぶつかった車は前方部が抉り取られた様に潰れ、濛々と白煙を上げている。その車に原型はなく、鉄くず同然と化してしまっていた。


 さらに、その後ろから二台目も突っ込んでくる。二台目は先頭車もとい、鉄屑に乗り上げ宙へと飛び上がった。また、大きく飛び上がった車は破裂音を上げながら、勢いよく地面へと突き刺さり、大きな炎を上げ始める。


 一方、最後尾のトレーラーは何とか急ブレーキをかけることによりぶつかる前に止まることができたみたいだった。


 そしてジークはというと、鉄屑となった車を投げ捨て、トレーラーへと向かっていく。そんな彼は、傷一つ負ってはいなかった。


 するとその時、トレーラーの助手席からベージュ色のスーツにサングラスを掛けた男が転がり落ちてくる。その男の頭上には半月型の天使の輪が浮かび、背中には所々破け、みすぼらしい2枚の羽が生えていた。そして、それらは煌々と周囲を照らしている。その姿から、こいつが只者ではないことが伝わってきた。


 けれども、彼は

「いてててッ……。ったく、鼻が曲がっちまったかな?」

と嘆きつつ、ただ地面に蹲りながら鼻を抑えているだけ。


 そこでジークはそいつに構うことなく、コンテナへと近づこうとした。


――こいつの相手をわざわざしている暇などない。増援が来れば厄介だ。


 ジークは彼女達を連れ、早々にこの場から離脱しようとする。


 しかし、敵も簡単に見逃がしてくれるわけがなかった。


「ホワイト・ホール」


 ジークの後方からそう囁く声が聞こえてきた。すると、後方より突如として凄まじい突風が吹き荒れる。それにより、ジークは歩みを止めさせらてしまう。いくら前に進もうとしても体が後ろへと引きずり込まれる。そこで、ジークは後方を振り返った。


 そこには、先程の男が両手を前に突き出し、ジークの少し後ろに突っ立っている。そんな姿があった。


 そして、その両手の狭間には白く輝きを放つ、巨大な玉が形成されている。それが突風を巻き起こし、周囲の破片や鉄屑などを宙に巻き上げ、引きずり込んでいく。ジークの体までも。


 また、玉に引き込まれた物はバリバリッと騒音を上げながら、跡形もなく消え去ってしまう。それは奴が発した、ブラックホールならぬホワイト・ホールという名がしっくりくる能力であった。


「いやぁ、ここまでされて、無視されるのは流石に傷つくな」


 彼は剽軽な声でそう語り掛けてくる。


 その最中も、ジークは徐々に引きずり込まれていた。


 次いで、男が

「お前らは先に行きな。俺は彼と少し戯れてくるからさ」

 そう告げると、トレーラーは動き出した。


 だがそこで、ジークは後ろに引きずられながらも何とか右腕を伸ばし、走り去ろうとするトレーラーのコンテナへと爪を突き入れる。すると、ジークはトレーラーに引きずられながらもゲートを潜り抜けていく。


 それに対し、サングラスの男は能力を解除し

「おっと、そう来るかぁ……。ならブラボー、彼を引きずり降ろせ」と言い放つ。


 すると今度は、燃え盛る車の中から返事が返ってくる。


「エコーよ、俺に命令するな! だが、後は任せろ」


 それと同時に、炎の中から何かが飛び出してきた。それもまた、炎。だがそれは、塊となった巨大な炎であった。燃え盛る炎が揺らめきながら形を変え、まるで意思を持った様に移動してきている。ジークへと襲い掛かかるために。


 そして、炎はジークの背後から覆いかぶさってくる。それに対し、ジークは左腕で振り払おうとした。


 だが、炎は分裂し腕を避けてジークの体へと回り込んできた。そして、ジークの体は一瞬にして灼熱に包まれてしまう。焦げた肉の匂い、それと全身に激痛が走る。


「ゲホッ、ガハッ……」


 ジークはあまりの熱さにむせ返しつつも、もがく。しかし、この炎はしぶとく、猛スピードで走るトレーラーの空気抵抗にも耐えていやがる。


――この体勢では、これの対処はできないかッ……


 ジークはそこで、体を焼かれながらもコンテナをよじ登り出した。体は重く腕にもあまり力が入らない。それでも、何とかコンテナを昇りきった。


 そして、ジークはコンテナの上を転がり炎を引き剥がしにかかる。しかし、炎は転がるジークの後をぴったり追いかけてきていた。


――これはなんだ? 何らかの能力なのか? 


 ジークは起き上がりざまに、再び腕を振るう。しかし、またしても炎は腕を避け、回り込んできた。先程からただの炎の動きをしていない。


 元より、ただの炎だとは思ってはいないが、明らかに自我がある様な動きをしている。ジークの動き一つ一つに対応してくる様に。遠隔でここまで精密な操作をさせているなら相当に高度な技量だった。


――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト 


 ジークは回り込んできた炎から身を避けるために能力を使う。そして、ジークは勢いよく後方へと下がる最中に、敵の正体らしきものを見た。それは炎の中に浮かび上がる顏。二本の短い角と赤い瞳、それと大きく裂けた口があった。まさしく悪魔らしい風貌。


――確証はないが、あれが奴の本体か


 ジークはそう考え、重ねて体内魔術をかける。


――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト


 そして、今度は自ら炎野郎の下へと向かって行く。


 そんな考えなどいざ知らず、炎は一方的にジークを追いかけ回している最中であった。それにも関わらず、踵を返した様に反撃してくるジークのあまりの速さと迷いのなさに、炎の中の顔にも狼狽えた表情が見て取れた。そして、炎はジークから逃れるために後方へと浮き上がる。


 だが、ジークの動きの方が僅かに速い。


 右腕は炎の中の顔を突き刺し、ジークはそのまま顔面をコンテナの屋根へと叩きつけた。


 すると、バゴンッ! という鈍い音を立てながら屋根は凹み、炎野郎からも断末魔が上がる。


「なッ!? ガハァッ……!!!」


 また、突き刺した個所から青白い光が漏れだしていた。ジークは、そこへさらに爪をねじり込みながら顔面を抉っていく。


「ングガハァッ……ッ!!!」


 顔は痛みに歪められ苦しんでいる。ジークの攻撃は効いている様だが、まだ仕留められはしない。


 すると、奴は

「ングゥアガッ……!! 舐めるなよッ!!!」

 そう叫ぶとジークの爪を介して、青白い光と共に炎を腕へとせり上がらせてきた。


「ンッ!!」


 再び灼熱がジークを襲う。そのあまりの熱さに腕を引っ込めそうになるが、耐える。耐えて、奴の顔面を抉ることに集中する。すぐに全身は、再び炎熱へと包まれた。


 奴が先にくたばるか、ジークが先にくたばるかの根競べである。互いに譲る気など一切ない命のやり取り。その最中もトレーラーはバイパスを勢いよく走り抜けていく。


 しかし、ジークの方が部が悪かった。ジークは奴の攻撃を食らい過ぎていたのだ。その所為で、徐々に力が抜けていく。それに、炎はどうやら爪を溶かしている様だった。あきらかに、奴へと食い込まなくなってきている。


「どうしたぁッ? もう限界かぁ!?」


 その光景に、奴は煽り口調で問いかけてきた。


 ジークはそれに対し、奴を睨みつける。


「ッ……勘違いするなよ。場所が悪いだけだ。そして、これ以上お前に付き合ってやる義理もない」 


 彼はそう返し、奴から爪を引き抜くと同時に顔面を掴んだ。そして、ジークはしゃがみこんだまま奴の顔面を宙に持ち上げる。


 すると奴とジークの右腕は、鈍く重々しい音を放ちながら何かにぶつかる。


「ウグアッッッ――!!!?」


 それは、道路標識。炎の中の顔面を速度の乗った状態で勢いよく道路標識にぶつけにいったのだ。それにより、炎はコンテナの上から叩き落とされたのだった。


 しかし、ジークの右腕も無事ではない。彼の右腕も肘から下の部分が標識に持っていかれていた。


「ッ……はぁはぁ……」


 ジークは血が噴き出す右腕を抑えながらコンテナ後方を覗き込む。遥か後方で炎が大きく燃え上がっている。しかし、それが近づいてくる気配はない。くたばったかはわからないが、退けることはできたであろう。


「……手向けだ。持っていけ」


 ジークは傷口と炎を交互に見てそう呟くと、トレーラーの先頭へと向かう。運転手はあの炎野郎がやられた事に気づいてはいない様子。


 そこで、ジークは助手席側の窓ガラスを蹴破り車内へと乗り込んだ。それに、運転手の男は驚き、声を荒げてくる。


「な、なんだッ!? ブラボーは!?」


 そして、男は懐から銃を取り出してきた。そこへジークは蹴りをかまし銃を叩き落とす。次いで、ジークは助手席に腰かけ男の首元に爪を押し当てた。


「お仲間なら、降ろしてやった。お前も下ろされたくなければ、言うことを聞くんだな」


 ジークがそう告げるのに対し、男は黙って頷く。


それを見てジークは

「いますぐバイパスを降りて、車を止めろ」と命じるのだった。

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