9話 灼熱の炎 再び
ジークは浴室に現れた炎の事を知っている。こいつは先程、トレーラーの上で戦わされた炎野郎であった。
そこでジークは、踵を翻し二人に呼びかける。
「ッ敵襲だ! アイシャ! ミーシャ! 逃げるぞ!!」
すると、二人は急いでベッドから飛び降りて出口の方へ向かっていく。その間、ミーシャはいつの間にか制服を着こんでいた。
そして、アイシャはジークへと文句を垂れてくる。
「待って、うちは下着姿のままなわけ?」
それに対しジークはおもむろに学ランを脱ぎ、彼女に投げ渡す。
「それで我慢しろ」
アイシャは不服そうであったが、渋々といった様子で学ランを着込む。
「ないよりは、ありがたいけど……。ぶかぶかやね」
学ランは彼女には少し大きく、大分ゆったりとした着こなしとなった。だが、それが還ってワンピースの様なサイズ感となりちょうどよくもある。
ジークはその姿に
「似合ってるぞ」と軽口を挟む。
それに、彼女は
「はぁ、どうも」とあまり嬉しくなさそうに答え、ドアを開け放つ。
廊下に敵の姿は見えない。しかし、遠くからは複数の足音が迫り来ている。
さらに後方からは炎が迫り来ていた。
そこでジークは立ち止まり、炎を待ち受ける。
「地下だ。さっさと行け」
すると、アイシャが心配そうに問いかけてきた。
「あんたはどうする気なん!?」
「こいつを仕留めて、すぐに追いつく」
ジークは彼女達を一目見て、そう答える。
それに、アイシャは静かに頷き、
「絶対に……。絶対に、ここを皆で無事に抜け出しましょう」と告げてきた。
ジークも頷き返し
「ああ、勿論だ」と答えた。
すると、二人はすぐに廊下へと消えていく。
それと同時に炎の波がジークへと襲い掛かってきた。
「さっきはよくもやってくれたなぁ? こんななりでも、あんな激しく看板やアスファルトに顔面を打ち付けられるとクソ痛いんだぜ?」
奴は、そう告げながらのしかかってくる。
ジークはそれを躱すことなく、迎え撃つべく炎の中に飛び込んでいく。
――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト
ジークへと襲い掛かってきた炎は勢いを強め、ジークの体を包み込んできた。先程と同様に。
「ングゥ……! ゴホッ……!!」
それにジークはむせ返しながらも両腕で炎をかき分け、顔面へと迫る。ジークの目は炎野郎の顔面をすでに捉えてはいる。
「さっきも味わった苦しみをまた求めてきたのか? とんだマゾ野郎だぜ」
炎野郎は顔面へと迫り来た腕に焦る素振りもなく、火力を強めてきた。
「そのまま灰になりやがれ!」
それにより、体は前進も後退も出来なくなった。全身から再び肉の焼ける匂いが立ち込めてくる。しかし、奴も相当に熱くなっていた。心身ともに。あることに気が付くこともなく。
「いや、消し炭になるのはお前の方だ」
ジークがそう告げたその時、けたたましい警報音と共にスプリンクラーが作動した。天井から勢いよく噴き出した水が二人に降り注ぐ。
そして、一瞬炎の勢いも弱まる。ジークはその隙を逃さず左腕を勢いよく突き立てた。爪は顔面に突き刺さるが、それでもジークは勢いを殺さず奴を壁へと押しやる。
「アガッ……!! ングガッ……!!!」
またしても、二体はもつれ込む。
すると、奴は食い込む爪に苦しみながらも、問いかけてくる。
「ングアッァァァ!!俺に張り合わせて、こいつを作動させるのを狙っていたのかぁッ?」
しかしそれに、ジークは答えず必死に爪を押し込ませた。
そこで、奴は
「ッ狙いは悪くないが、こんな水如きで俺は止められないぜ!!」と言い放ち、一度弱まった火力を元に戻してきた。いや、先程よりも火力は増している。
「ゴッ……ガハァッ……!!」
ジークはあまりの熱さに口から血を噴き出し、地面に倒れ込みそうになってしまう。全身には思う様に力が入らない。最早、前進も後退も出来はしない。それに、視界も霞み出している。
ジークはその状況に苦笑を漏らす。
「ッ……たしかに、そのようだなッ……」と。
しかしそれでも、意識だけは必死に保つ。そして、奴の顔面を抉る事だけに集中した。
「ッお前にこの爪が届かなければ、俺はやられていただろうな」
――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト
ジークが再びそう唱えると、どこからともなく体に力が入ってくる。それによって、奴の顔面へと爪をさらに食い込ませることはできた。
それに奴は、驚きを隠せない様子。
「なッ、なぜだ!? なぜ、この炎を食らいながらも、まだ力を込められるッ!!?」
そんな事を叫びながら、奴は炎を激しく揺らめかせ、悶え苦しみだした。
「アガアアアッッ!!!」
すると、ジークに覆りついていた炎が徐々に弱まりだす。
そこで、ジークは肩で息をしながら問いかける。
「はぁはぁ、お前は何者だ? 裏にいる組織はなんだ? 話せば解放してやる」と。
しばらく、ジークは突き刺したまま反応を待った。
しかし、奴は声を絞り出し叫んでくる。
「ンガガアッ……! これしきの事でよぉっ!!! んなこと喋るかよッ!!!!」
そして、再び火の手は一気に強まった。思いの外、奴はしぶとく執念深い。
その所為で、ジークも張り合わざるを得なかった。ジークはさらに左腕に力を込める。すると想定はしていたが、最悪の事態が起きた。それは、壁がミシミシと嫌な音を立て軋みだしたのだ。
そして次の瞬間、轟音を放ちながら壁が崩れ、二体が宙に放り出された。ここはビルの5階。二体はその高さから瓦礫と共に、もつれながら地面へと勢いよく向かって行く。
その一瞬の最中、ジークは奴へと馬乗りとなる。
「先程の問いに答えろ!」
しかし、奴はそれには答えず、何かを語り始めた。
「ンガァッ! やっと思い出したぜ。あんたは、『戦場の亡霊』!! サタン家のせがれッ……ジーク・サタンだな……! ッチ、とんだ貧乏くじを引い――」
そして、炎野郎は言葉の途中であったが、ジークの下敷きとなり地面へと激しくぶつかっていった。
その拍子に爪は顔面から外れ、ジークは地面を勢いよく転がる。
「ングッ……!!」
やがて、回転は止まり地面へと突っ伏していた。体は軋むように痛み、思う様に動かせない。自分の体が自分の物ではない様な奇妙な感覚。しかし、冷えたアスファルトの感触だけは妙に心地よくあった。
そして、ジークは首だけを動かし、奴の方へ目を向ける。周りには徐々に野次馬らしき者達が集まりだしていた。だが、火の手はどこにもない。代わりにあるのは、頭と思われる物と大量の灰だけである。最早、炎野郎の見る影などない。それが、奴の真の姿なのかすらもわからなかった。
そこで、ジークは朦朧とする意識の中、地を這いながら奴へと近づこうとする。だが、体は途中で完全に動かなくなってしまった。
すると、一台の車がジークのすぐ傍で停まり、中から誰かが降りてくる。視界は白み、人の判別すらできない。
ただ、最後に聞いたものは、俺の名を必死に呼び続けるアイシャの声だった。
しかし、それをなぜか俺は『彼女の声』と重ね聞いていた――
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