18話 投獄
ジークが黒塗りのセダンに押し込まれると、すぐさま中心街の方まで走り出した。両脇を屈強な男に固められながら。しばらくジークは、車内の暑苦しさと狭苦しさに耐えさせられた。
やがて一時間程揺らされた後、車は堅牢そうなゲートを潜り抜け、広大な敷地を有する施設内へと入っていく。その施設は周囲を高い柵で覆われ、中にはいくつかの建物が等間隔で立ち並んでいた。そして、どの建物にも窓はなく、物々しい雰囲気を放っている。
ここが治安局の本部であった事をジークは知っていたが、内部がこんなにも異様な空間である事は知りもしなかった。
また、ジークがその全容を見る事も、許されはしなかった。
敷地に入るとすぐに、ジークは目隠しをさせられたのだ。ジークの視界は完全に遮られ、どの建物へ運ばれようとしているのかは全く掴めない。
その後も車はしばらく走り続け、やがてどこかで停車した。
すると、ジークは腕を引っ張られながら無理やり下ろされる。そして、ジークはどこかに連れ込まれていった。
革靴の音だけが地面のタイルから聞こえてくる。それ以外は静寂そのものであった。
ジークはただひたすら、どことも知れぬ空間を歩かされるが、唐突にその足は止められた。かと思うと、ジークは無理やり椅子に座らされる。そして、体と足はベルトの様な物で椅子に縛り付けられた。
完全に身動きは取れない。
するとそこで、やっとジークの目隠しは取り外された。それと同時に、眩い光が視界に入り込んでくる。
それにジークは思わず目を瞑ってしまうが、次第に目は慣れてきて、周囲の様子が窺える様になった。
ここは狭く無機質な小部屋である。部屋にある物は天井の照明と目の前の机と椅子だけ。そしてこの空間にいるのは、ジークと机を挟んで向こう側に座る初老の男。それと、傍らに佇む先程声を荒げてきた比較的若い男だけであった。
彼らは、周囲を見渡すジークに険しい目つきを向けている。黙り込んだまま、ジークを観察する様に。
どうやら、この空間は取調べ室であり、これよりジークへ尋問が成されるようであった。
そして、互いに睨み合ったまま少しの時間が流れる。
するとそこで、不意に初老の男が口を開いてきた。
「さて、あなたには魔獣の件以外にもたくさんの容疑がある。それを、これから洗いざらい話してもらおうかのう」
彼はそう告げると同時に、ジークへと詰め寄ってくる。アリシアからも問われた事に加え、魔獣の出どころや、どの様に持ち込んだのか。魔獣を所持していた目的や、なぜ魔獣にアイシャを襲わせたのか等が問われた。
勿論ジークは真実を全て話し、魔獣の件への関与も真っ向から否定する。
だが、そう簡単に信じて貰えるわけもなく、同じ様な質問が堂々巡りで成された。
それも、かなりの長丁場となり、尋問は休憩もなしに夜更けにまで及んだのだ。
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時刻は、23時。ジークが何十回目かの否定をした所で、流石に相手も疲れを吐露してくる。
「しぶといのう。こんな時間まで付き合わされるとは……」
それにジークは挑発混じりに返す。
「音を上げるのが早いな。俺はまだ余裕だぞ」
すると、比較的若めの男は
「こいつ……!! 舐めた態度を取りやがって!!」と声を荒げジークに迫り寄ってきた。
だがそれを、初老の男が肩を掴み制する。
次いで、彼はジークを睨みつけながら告げてきた。
「今日はここまでにしてやろう。だが、明日も早朝から聴取に付き合って貰う」
そして二人は、ジークをこの場に残したまま、足早に立ち去っていった。
すると、彼らと入れ替わる様に看守らしき者達が入り込んでくる。ジークはそいつらに目隠しをさせられ、無理やりどこかへと連れ去られて行く。
やがて目隠しを外され、辿り着いた先は牢であった。そこにジークはぶち込まれる。
窓もなく、小さな照明がぼんやりと周囲を照らすだけの牢獄。また、トイレとベッドが付けられているのみで、他には何も存在しない。とてもじゃないが、そこで落ち着く事などできやしなかった。
それでも、ジークは一先ずベッドへと横になる。
まだしばらくは不自由な生活が続くのだ。今はこれに慣れるしかない。
そう思いながら、ジークは瞼を閉じる。そしてジークは蓄積していた疲労からか、いつの間にか眠ってしまうのだった。
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その後、ジークは
ガチャンッ……
という突如鳴り響いた鍵が開け放たれる音で、不意に目を覚ました。
――もう起床時間か。また、うっとおしい取調べが始まるのだな
ジークはそう思い、寝ころんだまま姿勢だけを変えて音の方を見る。
牢の外には、看守の姿があるのかと思われた。
しかし、そこにいたのは黒のスーツに身を包んだ金髪の美少女。アリシアが牢を開けながら、こちらを見つめていたのだ。
それにジークは少し驚くと共に
「今日はお前が取調べをするのか?」と問いかける。
すると彼女は牢へと入り込み、首を横に振ってきた。
「違うわ。今日は非番よ」
それを聞くとジークは顔を僅かに背け、不貞腐れた様に問いを投げ掛ける。
「じゃあ、そんな姿で何の用だ?」
そこで、彼女は言い淀みながら
「それは……。あなたの、様子を窺いにきたのよ」と答えてきた。
それに対し、ジークは深いため息を漏らす。
「はぁ……そうかよ。俺は見ての通りだ」と投げやり言いながら。
すると、彼女は気まずそうな表情を浮かべ、ジークから視線を逸らしてくる。
そして彼女は「そうね……」と呟いた後、黙り込んでしまった。
しかし、そんな彼女の様子に構うことなく、ジークは別の質問を投げかける。
「で、俺の事より、アイシャとミーシャはどうなったんだ?」
そう問いかけると、彼女はさらに気まずそうな表情を浮かべ、顔を俯けてしまう。
だが質問には答えてくれた。
「アイシャさんは心配いらないわ。学園でちゃんと保護しているから。だけど……、ミーシャさんとあなたの従者。そのお二方の行方が分からなくなっているわ。アイシャさんが連絡を取っても、一切返事がないの……」
ジークは、それを聞くと苛立ち混じりに
「……ッチ。エレクの野郎……。やってくれたな」と漏らす。
そして彼は、拳を強く握り、今置かれている自身の状態を悔やんだ。
――俺がへまをしたばかりに、ミーシャは捕らえられてしまった。それに、ミレイは……、殺されてしまったのかもしれない。俺がこんな状態になければ……
ジークは目の前の彼女をそっちのけて、そんな思いに駆られていた。
しかしその時、アリシアが急に枕元まで近づいてきて、手を握ってきた。その柔らかく、妙に暖かな感触がジークを我へと返す。
「ジーク。私はあなたに謝りたかったのよ。あなたが連行されるのを、ただ見ているしかできなかった事を」
それに対し、ジークは
「……お前が謝る必要はない。あの状況でお前が止められる筈もないからな」と言い放つ。
「そう……かもしれないけど。私はあなたがカバンを持ち込んでいない事を知っている。それに、あなたがアイシャさんを襲わせるとも思えない。それを私は進言できる立場にあった」
彼女もまた、後悔の念からそう言い放ってくるが、ジークはそれを否定した。
「だとしても、あのカバンは確実に俺の私物であった。その中から、ヒュドラが出てきたのだ。言い逃れはできまい。それに、進言だと? お前は他に無実であると証明できる術でもあるのか?」
「いえ……ないわ。ないのだから、進言できなかった……」
そう言い淀む彼女へ、ジークは優しく諭してやった。
「そうか。やはり、お前が気に病む必要はない。その事を下手に喋れば、お前の立場が危ぶまれるだろうからな。俺に共謀している疑いを掛けられたりと」
だがそこで、アリシアは首を横に振り、力強く答えてくる。
「それでも私は構わない。真実が損なわれるくらいなら」
彼女の内にある固い決意を吐露する様に。
それに対し、ジークはベッドから起き上がり怪訝な表情を見せた。
「……何を言っている?」
すると彼女は、ジークの手を離し毅然とした態度で話し始める。
「先日の夕刻、エレクの住処への家宅捜索が行われた。その際、不振な物は一切みつからなかった」
そこでジークは、さらに怪訝な表情を見せた。
「なら、尚更なぜ俺に肩入れをする?」
その問いかけに彼女は、
「奴の口座。そこに不振な金の動きがあったのよ。多額の金がどこかから舞い込み、またすぐに消えていく。そんな記録が十数件見られた」と答えてくる。
それには、少し驚かされた。
「そんなものがあったのか。この短時間でよく見つけたな」
「ええ。ただ、上層部はエレクの父が彼に送金し、個人で使用したものと早々に結論付けた。明らかに個人では消費しきれない金額であるにも関わらず」
ジークはそれを聞くと眉間に皺を寄せ「きな臭い話だな」と漏らす。
「ええ。上層部が隠蔽を図ったとまでは言わない。けれど、このままでは確実にあなたが罪を背負わされる。何か、奴に迫る術はない?」
そこでジークは考え込む。そして、
「家宅捜索を行ったと言っていたが、それはどの家だ?」と問いかけた。
「学園の近く。海の見える一等地よ。その一角に奴の邸宅があったわ」
それは明らかにジークの想像していた住居とは違った。エレクを尾行した際にあぶり出した住居とは。
「調べたのは、その家だけか?」
「ええ、そうだけど……。他にも彼の家があるの?」
「奴の家かはわからんが……。不浄地帯へと入る少し手前の森林地帯に物々しい雰囲気の屋敷がある。そこに、奴が入り込んでいくのをみた」
すると彼女は、ジークへと詰め寄ってきた。
「それは本当!? 詳しい場所を教えて」
しかしそこで、ジークは顔を曇らせる。
「口頭では説明できない。相当に入り組んでいるからな。ただ、現地に行けば案内できる」
それは遠回しに、ここから連れ出せと言っている様な物であった。ジークも、そんな言い分が通じるとは思っていない。勿論、ジークはダメもとであった。
だが彼女は二つ返事で
「わかったわ。付いて来て」と答えてくる。
それには、流石のジークも躊躇してしまう。
「正気か!? 分かっていると思うが、俺の脱獄をお前は手引きしているのだぞ? それとも、上からの許可を得ているのか?」
すると彼女は笑顔で言い放ってくる。
「勿論、許可を得ていないわ。なんて言ったって、私は非番だしね。完全に私の独断よ」
ジークはそれを聞き、唖然とさせられた。屋敷からエレクが関与している証拠を得られなければ、彼女も罪に問われる。いや、仮に得られたとしても、容疑者の逃亡を幇助したとして罪に問われるかもしれない。そんな危険な賭けを彼女はしようとしているのだ。何の躊躇もなく。
そんな彼女を訝しまずにはいられない。
「つまらん冗談か? それとも、何かを企んでいるのか?」
しかし彼女は、そうするのがさも当然の事のように
「何を言っているの? 冗談でそんな事を言わないし、何の企みもないわよ。私はただ真実を暴きたいだけ。それが私の仕事だから」と言い放ってきた。
そして彼女は、困惑を隠せないジークの事などお構いなしに、枷を外してくる。
その光景を前に、ジークは彼女へと再度忠告を促した。
「こんな事をして、お前がどうなっても知らんぞ。もう少し、考え直せ」
だが、彼女の決意も相当に硬い。
「あら、心配してくれるのね? お気持ちは嬉しいけど、時間がないわ。早くして」
そう告げると、彼女はジークの手を引いてきたのだ。
そこで、ジークはそんな彼女の勢いに押されながらも、迷いを絶ち切り彼女へと従っていくのだった。
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