19話 賭け
牢を出た二人は長い廊下を急ぎ足で進む。今のところ、巡回している看守の姿は見られない。
しかし、アリシアが言うには、後20分程で定期巡回の時間となるそうだ。それまでに、治安局本部を抜け出さねば、もぬけの殻となった牢が発見され、大騒ぎとなる。そうなれば、脱出はほぼ絶望的だろう。
ただ、それ以前にここから抜け出すには正面玄関を潜り抜ける他なく、そこには守衛の姿が5体程確認できた。それも、5体は全て屈強な肉体を持つ魔物である。
それをジーク達は、何とか忍び込む事が出来た玄関前のオフィスから見ていた。
人気が無くなり、明かりの落ちたオフィスには、机と椅子と棚が整然と立ち並んでいる。その物影は奴らからの死角であり、ガラス窓越しに玄関の様子が窺えたのだ。
また、守衛達は退屈そうにしているが、警戒心を持っていないわけでもない。先程、オフィスへと身を潜める際に、気配を感じたのか一瞬こちらへとライトが向けられた。
そこで、二人は危うく見つかる所であったが、難は逃れられた。
ただ、状況は芳しくない。こいつらの目を盗み、どう脱出を試みるか。そこが鬼門であったのだ。
物陰から様子を窺うジークは
「何か策があるのか?」と傍らのアリシアへ問いかける。
すると、彼女は渋い表情を見せつつ答えてきた。
「上手くいくかは分からないけど、私が気を引くわ。あなたには、その隙を突いて欲しい」
それに対し、ジークはため息混じりに
「ほぼ、無策という事か……」と漏らす。
しかしアリシアは、ジークの苦言を聞いてか聞かずか、おもむろに物陰から姿を現し、守衛達の方へ近づいていく。
それと同時に、5つのライトが一斉にアリシアを照らしだした。
「何者だ!!?」
そう問いかけられたのに対し、アリシアは手で光を遮りながら
「治安局特別捜査官のアリシア=ミハイルよ」と答える。
すると、守衛達は彼女からライトを外し、胸を撫でおろしていた。
「あなたでしたか……。脅かさないで下さいよ」
それにアリシアは平謝りで返す。
「驚かして、ごめんなさいね」
「ああ、いえ。それよりも、用事は済んだのですか?」
「ええ。もう済んだから、私は帰るわね」
「そうですか。近頃、色々と物騒なのでお気を付けて」
「そうね……。ありがとう。あなた達も大変でしょうけど、頑張ってね」
そう告げたアリシアはなんと、この場から立ち去ろうとしていた。
その様子を見て、ジークは焦り出す。アリシアは明らかに、奴らの気を引けてはいなかった。そんな状況でジークが動き出せるわけもない。
――あいつ、何を考えている? こんな短時間で抜け出せるとでも思ってるのか?
ジークは心の中で、文句を漏らす。
だがその時、彼女は急に立ち止まり、後ろを振り向いてきた。
「なんか、物音がしなかった?」
その問いかけに対し、守衛達は顔を見合わせ首を傾げている。
「いえ。特には……」
それに彼女は首を横に振り、
「絶対に聞こえたわ。お手洗いの方からじゃない? 誰か見てきて」と促し出した。
そこで、守衛たちは困惑した表情を見せつつも、
「……分かりました。お前とお前、念のために見に行って来い」と答えオフィスの隣にあるトイレへと二体を向かわせた。
そして、これを合図だと察したジークは、トイレへと向かった看守二体に後ろから襲い掛かろうと近づいていく。
だがその時、トイレからは急に悲鳴が上がる。
「グアアアアッ!!!」
「ウグゥアッ!!!!!」と先程トイレに入り込んだ二体の魔物の断末魔が。
ジークはそれに驚き、アリシアの方を一目見る。彼女が何か企てたと思い。
ただ、彼女もなぜか困惑した様子であった。
勿論、玄関前の守衛たちも。
そして、守衛たちは
「何だ!? 何が起きた!?」
「襲撃か!?」
「わ、わからん。とりあえず、緊急連絡を入れろ!」
と口々に話し合い、無線機へと手を伸ばしだす。
依然として、状況が掴めなかった。
しかし、この機を逃すわけにもいかない。
ジークは物陰から飛び出し、正面玄関の奴らへと襲い掛かっていく。
それに合わせ、アリシアも近くの守衛へと襲い掛かる。
すると、たちまち二体は後頭部を殴り飛ばされ、気を失っていった。
そして残された守衛は、急な事態に驚き、思わず無線機を手放してしまう。
「これは……!? どういうことだ!?」
彼は取り乱しつつそう漏らしていたが、ジーク達は構わず最後の守衛を同時に殴り飛ばしていく。
「グホッァッ!!!」
守衛は断末魔を上げながら床を激しく転がり、やがて壁に叩きつけられて動かなくなってしまう。
その後、辺りは非常に静かになった。大事になる前に、何とか守衛達を無力化出来た様だ。それにどうやら、この騒ぎを聞きつけた者もいない。
そんな中、アリシアはこの光景を前に
「ふぅ……、何とかなったわね」と漏らす。
だがそれには、ジークが苦言を呈した。
「結局は力技か……」と。
そして、彼は続けて
「で、トイレに何を仕込んでいたんだ?」と問いかける。
すると、彼女は少し驚き
「え? あなたが仕留めたわけじゃないの?」と逆に問い返してきた。
そこで、ジークは怪訝な表情を見せる。
「……俺は何もしていない」
そう答えたジークは、恐る恐るトイレの方を見た。トイレの前では、確かに二体の守衛が伸びている。
――それがアリシアの仕業でないのなら、一体なにが……
そう考えていたジークであったが。
次の瞬間、トイレから真っ黒な影が飛び出してきた。
それは黒い鎧。そしてその背後から、腕に黒い靄を纏わせる少女が現れる。
それは――
「アイシャ――!?」
ジークは困惑しつつ、彼女へ呼びかけた。
すると、その声を聞いた彼女も、驚いた表情を見せる。
「ジーク……? それに、アリシアも……。何で?」
彼女からそう問いかけられたが、ジークはたまらずに問い返す。
「それは、こっちのセリフだ。何でお前がここにいる!?」
そこで彼女は、困惑した表情のまま、
「それは……あんたを助けに」と答えてくる。
しかし、その答えには頭を抱えた。
そしてジークはため息混じりに
「またお前は、そんな無茶を冒して……」と呟く。
すると彼女は、苦い表情を見せながら言い放ってきた。
「わかってる。馬鹿な考えだって事は……。でも、居ても立っても居られなかったんやよ!」
それを聞いたジークは、さらに頭を抱えるが、これ以上彼女を窘める気など起きなかった。すでに危地へと入り込んでしまった以上、彼女を窘めた所で意味はないのだから。
ただジークは、先程から疑問に思っていた事を投げ掛ける。
「なぜ、トイレに居たんだ? 逃げ場もないあんな場所に、ずっと潜んでいたのか?」
それに対し、彼女は首を横に振ってきた。
「ううん。廊下の奥から、物音がしたから咄嗟に入り込んだだけやよ。正直、もう終わったと思った」
それを聞き、ジークは言葉を失う。
彼女がトイレに潜伏していたのは、ジーク達の所為であり、アリシアは図らずも彼女へと2体の守衛を押し付けたのだ。アイシャが何とか倒せたからいいものの、彼女がやられていた場合、ジーク達はさらに追い込まれていただろう。
そんな事を考えていたジークであったが、すると今度はアイシャの方から問いかけられた。
「それより、何であんた達が一緒にいるわけ? 特にアリシア。あんたは治安局の者でしょ? それなのに、なぜ逃亡に加担しているわけ?」
そう問いかけると共に、彼女はアリシアを怪訝な表情で睨みつけていた。
しかしアリシアは、その問いには答えず、腕時計で時間を確認しだす。
そして彼女は、出口の方へと歩みを進めながら、
「今は、答えている時間もないわ。ここから早く脱しましょう」と告げてきた。
ただ、アイシャはアリシアを信用できない様子。
「待って。答えなさいよ。あんたの目的がわからない以上、信用のしようがない」
それを聞いても、アリシアは歩みを止めず、
「安心して、あなたと私はジーク殿をここから連れ出すという目的では合致している。ただ、後5分しかないの。今は私に従いなさい」と矢継ぎ早に答えてきた。
そんな彼女に、アイシャは不服そうではあったが、渋々と言った様子で従っていく。
その後、ジーク達は玄関から外に出て、脇に停められていた車へと飛び乗った。
運転手はアリシア。ジークとアイシャは後部座席の足置きに身を潜め、その上から布が被せられた。
「頭は絶対にあげない事。それと、少し手荒い運転になるわ」
アリシアはそう告げると、勢いよくアクセルを吹かし、敷地内を猛スピードで駆け抜けていく。
ジークは布の隙間から外を覗き見ていたが、周囲の建物は次々と後ろに流れていき、あっという間に元居た建物から遠ざかっていくのが分かった。また、車内は激しく揺れ、路面から伝わる振動に不快感を募らせる。
そして、そんな手荒い運転にアイシャは
「ウッ……気持ち悪い……」と吐き気をもよおしていた。
しかしそれを聞いても、アリシアは速度を緩めることなく
「我慢なさい。あと少しで、ここを抜け出せるわよ」と言い渡してくる。
すると、すぐに閉じられたゲートが目の前に見えてきた。
だがそこで、周囲にけたたましい音が鳴り響く。それは、警報音。
さらに、その音が鳴り響くと同時に、ゲートよりも分厚いシャッターが下ろされていく。
その光景を前にアリシアは苦しげに呟いた。
「ッ……! 少し遅かったわ……」
ただ、速度を緩める気は一切なさそうである。
それにジークは焦りを見せ、
「どうするんだ!?」と問いかけた。
すると彼女は、その意気やよしに
「このまま突っ切るわ!」と答えてくる。
「正気か!? 車が大破するぞ!」
「大丈夫よ。任せなさい!」
アリシアはそう告げると同時に、突如として窓から身を乗り出し、ボンネットの上に飛び乗っていく。
それを前に、ジークは急いで後部座席から運転席へと移り、ハンドルを握った。
「おい! 何をしてるんだ!?」
ジークは彼女に向けそう叫んだ。
そこで彼女は、今更ながら
「ハンドルを少し任せるわ」と告げてきた。
「もっと早く言え!」
ジークはそう文句を垂れたが、彼女はそれを聞いてはいない様子。その時彼女は、片膝を突き右手をボンネットの上に翳していた。
すると徐々に、右腕の中には白い閃光を放つ透明な刀が出来上がっていく。しかし、その刀は次第に肥大化し、形も大きく崩れ出す。そして、出来上がった物は刀というよりも、白く輝く透明な丸太であった。それも、あまりの大きさと熱に彼女の周囲は蜃気楼の様に揺らめきだしている。
また、それを見てジークは察っした。彼女が力づくでシャッターもろとも、門を粉砕する気だと。
そして彼女は
「〝斬烈波〟!!!!!」と叫ぶと同時に丸太を力強く振り上げた。
眩い光は周囲の大気を切り裂き、勢いよく門へと向かって行く。
やがて、彼女の放った〝斬烈波〟はシャッターへとぶち当たり、轟音と激しい振動を響き渡らせる。
しかし、それと同時に周囲には白煙が舞い上がり、視界は完全に遮られてしまった。それにより、門が破壊できたのかはわからない。
けれど、アリシアは丸太を前に突き出しながら
「速度を緩めないで!」と告げてくる。
それにジークは、多少不安を抱きつつも、彼女を信じアクセルを吹かしていった。
――ッ! なる様になりやがれ!!
ジークはそう思いながら、瞳を大きく見開く。
すると、車は大きな音を立てながら何かにぶつかった。
車内は衝撃で激しく揺さぶられる。だが同時に、一瞬にしてそれを突き破ったのも分かった。次の瞬間には、車が大通りへと勢いよく飛び出していた事により。
そして、車は速度を落とさず道路を走り抜けていく。
ただ、自身が車を走らせているにも関わらず、ジークには実感が沸かなかった。
――まだ生きているのか……?
彼は車内に走った大きな衝撃により、今道路を走れているのが夢ではないかと思っていたのだ。
けれど、ハンドルを握る手が汗でくっしょりしている事に気が付くと、徐々に実感が沸いてきた。
するとその時、ボンネットから天井へと乗り移ったアリシアが
「追手が来てるわ!」と告げてくる。
そこで、ジークの耳にも、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
しかし、ジークには後方を振り返る余裕などない。ただひたすら、道に沿って車を走らせるだけで精一杯であったのだ。
そして、ジークはたまらずに彼女へと要求する。
「運転を変わってくれ」
それに彼女は
「わかったわ」と答え、助手席へと入り込んできた。
そして、アリシアとジークは走行中にも関わらず、座席を入れ替える。
ただその最中、彼女はおもむろに問いかけてきた。
「見事な運転だったわ。一体、どこで習ったの?」
それにジークは、ため息混じりに
「今さっきだ」と文句を垂れる。
すると彼女は、なぜか笑みをこぼしながら軽口を叩いてきた。
「あら、そうだったのね。それは、将来有望だわ」と。
それを聞いたジークは
「それは、どうも」と投げやりに答え、口を閉ざしてしまう。
だがその時、先程から妙に静かだったアイシャが
「あ……、もう限界かも……」と告げてくる。
そこで、ジークとアリシアは一斉に振り返り、彼女の方を見た。
すると、彼女は口元を手で押さえ、今にも吐きそうな表情をしていた。
「ちょっと、車内で吐かないでよ!!?」
アリシアは焦りながら、そう言い放つ。
しかし、彼女は苦し気な声で
「あ、無理……」と言ってきた。
そしてアイシャは、後部座席から身を乗り出して
「ゥッ……! おろrrr……」と嘔吐してしまうのだった。
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