間章3 追われる立場となった狩人

 5台の車列が門をくぐり抜け、屋敷へと入っていく。そして、砂利が敷き詰められた庭で一斉に停車した。


 すると、車両からは続々と男どもが出てくる。およそ、10人くらいの男共。その中には、エレク=ラジエルの姿もあった。彼は真ん中の車両の助手席から外に出ると、涼し気な表情を浮かべ、後部座席へと向かって行く。


 手には2本の糸を握りながら。


 そして、男の一人がドアを開けると同時に、ラジエルは糸を手前へと手繰り寄せた。


 すると、二人の少女が勢いよく外に引きずり降ろされてくる。


 ミーシャとミレイ。


 彼女達は全身を糸で縛り上げられ、完全に身動きが取れない状態にさせられていた。そのため、引きずり下ろされた拍子に、二人は地面へと横並びに突っ伏してしまう。


 そんな彼女達を見下ろしながら、エレクは告げる。


「手荒な真似をしてすまなかったね。だけど、それは君たちが逃げるから悪いのさ」


 それに対し、ミーシャは彼から顔を逸らし、

「私を捕えられたのだから、満足でしょう? これ以上、お姉ちゃんやジークさんに関わらないで下さい! それに、ミレイさんも関係ない。今すぐにでも彼女を解放して下さい!」と要求してきた。


 しかし、エレクがその要求を呑むつもりなどない。


「それは、無理な相談だよ。そこの彼女も、まだ利用価値はある。それに、ジーク君やアイシャ君に手を出すかどうかは、当人次第かなぁ?」


 エレクは、彼女達を脅す様にそう告げていた。


 だがそこで、なぜかミレイが笑みを浮かべてくる。まるで、エレクを小ばかにした様に。彼女は無防備な状態を晒しているにも関わらず、随分と舐めた態度を取ってきていたのだ。


 それに対し、エレクは怪訝な表情を浮かべ

「何がおかしいんだい?」と問いかけた。


 すると彼女は、笑みを浮かべたまま

「ふふっ、とんだ卑怯者だと思っただけですよ。いえ、臆病者というべきかしら? そんなにジーク様と正面から戦うのが怖いのですか?」と挑発混じりに問い返してきたのだ。


 それには、エレクの眉間が僅かに動く。


 しかし、彼はすぐさま平静を装い

「ふっ……僕が彼を恐れるとでも? 今頃、牢で屈辱を味合わっている筈の彼をかい? ありえないね」と答えた。


 ただ、それにも彼女は含みを込めた笑みと言葉を投げ返してくる。


「あら、牢に閉じ込めたくらいで、ジーク様が大人しくしているとお思いで?」と。


 そこで、エレクは――この女、何か企んでいるのか?――と考えさせられた。


 だが即座に、はったりであろうと結論付ける。

 

 そして、エレクは彼女を鼻で笑う。


「ああ、思うね。いくら彼でも治安局に歯向かおうとはしない筈さ」


 だがそれでも、彼女の態度は変わらない。いや、むしろエレクをさらに小ばかにした様な態度を取ってくる。


「そんな甘いお考えなら、今すぐ改めた方がよろしくてよ。相手が何であれ、ジーク様が恐れる事は決してありません。もしかすると、今頃こちらに向かっているかもしれませんね? あなたを始末するために」


 忠告してやっているとでも言いたげな様子で。 


 それには、ここまで温厚な態度で会話に付き合っていたエレクも、流石に我慢の限界であった。


「この女ァッ……! 主に似て生意気だな……。しかし、発言には気を付けた方がいいよ。でないと、その舌を切り落とす事になるからね」

 

 彼は苛立ちを露わにし、ミレイへと脅しかける様に告げた。


 ただそれを聞いても尚、彼女はあっけらかんとしてくる。


 そして、彼女はさらに煽りを重ねてきたのだ。


「あら、立派な脅しですこと。口先だけでない事を是非とも証明して下さいな」と。


 そこで遂に、エレクの堪忍袋の緒が切れてしまう。


「そうかい。そんなに黙らされたいのか!」


 彼は怒号を放つと同時に、手の平から3本目の糸を伸ばし、彼女のお喋りな口へとねじ込もうとした。


 しかしそこで、彼は思いとどまる。


――こいつの言っていた事。ジークの奴が、万が一にでも脱獄したとなれば、こいつの存在は切り札となる。


 そう思い。


 次いで、彼は咳払いをした後に周囲の者へと命じた。


「ッチ……。今はこんな女に構っている暇などない。後でじっくりいたぶってやる。さっさと、連れて行け!」


 それに、周囲の者達が頷くと、彼女達は屋敷の方へと運ばれていく。


 ただ、その最中にもミレイは相変わらず

「わたくしを殺そうとしない事で、はっきりとしました。やはり、あなたはジーク様に恐怖しているのですね」と舐めた態度をとってきた。


 しかし、それには取り合わず、エレクはポケットの中の携帯へと手を伸ばす。


『あの方』へと連絡を入れる為に。


2,3回コール音が鳴り響くと、すぐに彼へと繋がった。


 そして、すぐさま彼から言葉が掛けられる。


「やっと、確保できた様だな」


 たった今、その報告を入れようとした所であったが、彼には全て筒抜けであった様子。


 ただ、そんな事よりもエレクは自身の処遇が気になっていた。


「はい、遅くなり申し訳ありません。それで、その……私の犯した失態の件ですが……」


 エレクは口をどもらせながら尋ねるも、皆まで言う前に彼は答えてくる。


「ああ、安心しろ。少しは大目に見てやる」


 それに、エレクは安堵の表情を漏らす。


「ッ! そうですか……! 寛容なご処置に感謝致します!」


 だがそこで、彼はエレクの気を引き締めさせてきた。


「ただ、それは無事に引き渡しが完了してから判断する。私の部下が、そちらへと向かう予定だが……。到着は、明日の早朝になる様だ。くれぐれも、逃がす様なへまをするんじゃないぞ」と。


 しかし、それにはエレクも自信を持って応えられた。


「ええ、ご安心ください。脅威はすでに排除しております。それに、ここの警備も守りも万全です。何も心配する様な事は御座いません!」


 けれども、彼の反応は芳しくない。


 それどころか、彼はエレクの言葉に難色を示している様にも取れた。


「そうだと、良かったのだがな……」と。


 それに対し、エレクは妙な胸騒ぎを感じると共に、疑問を漏らす。


「……と言いますと?」


 すると彼は、エレクの耳を疑うような事を告げてきた。


「どうやら、ジーク・サタンが牢から抜け出したらしい。現在、治安局が総力を挙げて捜査に当たっているが、未だに確保できていないそうだ」


 それには、エレクが上ずった声で驚きを漏らす。


「まさか!? それは、本当ですか!?」


「ああ。用心しておけよ。お前も知っての通り、奴は相当に厄介だ」


 それを聞くと同時に、エレクはミレイが先程言っていた言葉を思い起こす。


――まさか!? 本当に脱獄したというのか……!? なぜ、そこまでの執念を見せるんだ……!?


 エレクはそんな事を考えながらも、

「……しかし、私の居場所が割れている筈がありません。彼がここまで来ることは、ありえません」と答えていた。


 エレクはそう確信している。いや、ただそう信じたかったのだ。


 しかし、電話口から返ってくる言葉は現実を突きつけてきた。


「何の策もなしに脱獄を図る様な馬鹿ではない。特に、脱獄にはミハイル家の長女、アリシアが手を貸しているそうだ。奴は必ずそちらへと向かってくるだろう。よいな? 万全を期せ」


 それにエレクは

「…………あ、アリシアもですか!? わ、わかりました」と答える事しかできなかった。


 そして、通話は一方的に切られる。


 ブツッという物音が鳴り響くと共に、辺りは静寂に包まれていた。


 それでも、エレクは携帯を耳から離せずにいる。


 そこで、エレクは気が付く。自身の体が強張り、震えている事に。


――僕は彼を恐れているのか……!? 彼には勝てないと……


 それに気が付くと、次第に震えは増していき、良からぬ考えばかりが頭を支配していく。


 だがそこで、エレクは自身の顔を思いっきり叩き、良からぬものを拭い去ろうとする。


――違う。これは、武者震いだ。僕が彼に負ける事などありえない。特に、この場所。この場所には、無数の罠が仕掛けられている。この場所では、僕の方が圧倒的な優位! 恐れる必要などないのだ!


 そう自身を鼓舞し、体を奮い立たせる。


 ミーシャが連れ戻されれば、エレクに待つのは死のみ。彼には、すでに退路がない。ここで、敵を迎え討つ。それしか、彼が生き残る道はなかったのだ。

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