最強魔王の息子は囚われの眠り姫を想う ~姫を救うため、悪徳と陰謀に満ちた都市へと赴く~

@TOMeTO8284

序章 ジーク・サタン

 厚く覆われた灰色の雲により、地上には日の光が届かない。草木もなく荒れ果てた荒野だけが永遠と広がっている。それに、年中じめじめとした空気と気怠い暑さだけが漂い、どこか辛気臭い。それが魔界であった。


 しかし、そんな魔界にも美しいと呼べるものは、確かに存在する。


 険しい山々を登り詰めた先にある巨大な洞窟。そこへ、鋭く赤い瞳孔に短く切りそろえられた黒髪の少年が入り込んでいった。中は非常に暗く、奥の奥まで闇が立ち込めている。


 また、彼の吐く息は白く洞窟内は凍てつくような寒さである事が窺えた。


 それにもかかわらず、少年は薄手のローブに身を包んでいるのみ。


 そして、足取りには迷いがなく、奥へ奥へと突き進んでいた。


 やがて、そんな少年の行く先には、薄っすらと白い光が見えてくる。


「あれか」


 彼はそう小さく呟き、光の方へと急いだ。


 するとそこには、洞窟内に広がる浅い湖と、その中心で白い輝きを放つ一輪の花が咲いていた。その花が湖面を照らし出し、周囲を眩い光で包み込んでいたのだ。その姿は儚くもあり、可憐でもある。


「アムブロシア……。本当に、ここにあったのだな」


 それを目にして、彼は少し驚いていた。


 けれど、彼は何の躊躇もなく湖へと入り込んでいく。湖は外気同様にかなり冷たい。それにも関わらず、彼の足取りは軽く、すぐに中心へと辿り着いた。そして、すぐさま花を引き抜いた。すると、花は次第に光を失い。やがて、周囲を闇へといざなって行く。


 再び、洞窟内は闇へと包み込まれた。


 だがその時、突如として周囲から複数の雄叫びが上がり出す。


 それはオオカミの遠吠えの様に聞こえる。しかし、見えてきたものは、ただのオオカミではない。彼の身長を優に超える大きさもあり、全身には稲妻の様な光が走っている獣であったのだ。それも、十体の獣は彼を取り囲み、皆一様に威嚇してきていた。


 それでも、少年は特段焦った様子もなく、平然と懐に花を仕舞い込む。


 するとその時、一体が鋭い牙を立てながら、彼目掛け飛び込んできた。それを皮切りに他の獣達も、彼目掛け飛び込んでくる。


 そこで、やっと彼は重い腰を上げた。


「邪魔だ」 


 彼はそう呟きつつ、迫り来た一体目に対し右腕を振り下ろす。すると、獣はたちまち水しぶきを上げながら、湖面を転がっていく。

 次いで、彼は四方向から同時に襲い掛かってきた奴らに対しても、目にも止まらぬ速さで腕を振り翳していった。


 それにより、五体の獣はあっけなく、くたばった様である。


 だがそこで、残りの五体は少年から距離を取り、稲妻を帯びた体毛を逆立たせてきた。


 そして、獣は一斉に逆立たせた毛を彼目掛け飛ばしてくる。それは弾丸の雨の様に、凄まじい弾幕であり、周囲の岩を砕く程の威力もあった。


 しかし、それを受けながらも、彼は微動だにしない。


 やがて、雨が降り止むと少年は何事もなかったかのように、獣たちを睨みつけた。


「お前ら魔獣共に言葉が通じるかは知らんが。命が惜しければ引くんだな」


 すると、奴らにこの言葉が通じたのか、獣たちは彼を睨みつけたまま後退りしていく。


 そして、奴らは洞窟のさらに奥へと身を引いていった。


 そこで彼は、懐に仕舞った花を取り出す。花は光を失ってはいたが、特に傷ついた様子も、しおれた様子もない。


 それに彼は安堵すると共に、

「……早い所戻るか」と呟く。


 そして、彼は家路を急ぐのだった。




 その後、少年は山を下り谷を越え、とある小さな村へと戻ってきていた。切り崩した森の中に一〇件程のレンガの家々が立ち並ぶ、そんな小さな村へと。


 そして彼は、村のはずれにある小さな家へと入り込んでいく。


 そこが彼の住処であり、また彼の同居人の住処でもあった。 


 部屋の片隅に置かれたベッドへと横たわる銀髪の彼女。シャーリーとの。


「……ジーク? やっと戻ってきたの?」


 シャーリーは少年が家に入り込んでくるのを見るなり、横たわったまま語り掛けてきた。


 それにジークと呼ばれた少年は

「ああ。随分と待たせたな」と答えながら、彼女の下へ近づいていく。


 そして彼は、彼女の枕元から顔を覗き込む。肩まで伸びた艶のある銀色の髪にきめ細やかな肌。それと、蒼色の瞳に垂れ目。その目元には泣きほくろがあるのが、彼女の特徴的な顔つきであった。


 しかし、彼女の顔色は真っ青で、目にも正気はない。それに、手足はだらんと伸びたまま、微動だにしない。というよりかは、全く動かせない様子であった。


 ただ、この様な状態にあるのは、今日に始まった事ではない。


 シャーリーは一年ほど前から、寝たきり生活を余儀なくされているのだ。医療では、すでに打つ手がない。そのため、ジークは彼女の体を治す為に奔走していた。だが、何を試しても治る気配はなく、日に日に彼女は衰弱していっている。


 そんな彼女の姿にジークは心を痛めながら、問いかけた。


「調子はどうだ?」


「さっき……マーレさんに診てもらったけど、今日は安定しているって言ってたよ。現に人工呼吸器も取り外せているし」


 彼女は弱々しくもはっきりそう言うと、ジークの反対側を一目見る。そこには、重々しい機械が鎮座していた。ほとんど、彼女はその機械なしには生活できない。こういう風に会話できる機会も近頃は少なくなっていた。


 その事に、ジークはさらに心を痛めるが、彼女に悟られない様に優し気な笑みを浮かべる。


「そうか。よかった」と告げながら。


 すると彼女は

「それで……、一週間も帰って来なかったらしいけど、どこに行っていたの?」と問いかけてきた。


 それに対し、彼はおもむろに懐から、洞窟内で採取してきた花を見せる。


「こいつを、摘んできたんだ」 


 それを見たシャーリーは、少し目に正気が戻り、食い入るように花を見てきた。


「綺麗だね。魔界にもこんな綺麗な花が咲いているんだ」


 そんな感想を漏らす彼女に対し、ジークは

「ああ。こいつで、お前の体を治せるかもしれないとマーレがそう言っていた。後で、彼女が来たら、調合してもらうから、もう少しの辛抱だぞ」と告げる。


 すると彼女は、一瞬だけ笑みを見せてくるが、徐々に悲し気な表情へと変わっていく。


 それにジークは怪訝な表情を見せた。


「どうした? 具合いでも悪くなったか?」


「ううん、違うのジーク……。たぶん、それを採るために苦労したんだよね? その……、ごめんね。私がこんなんだから、迷惑かけて……」


 彼女は、自身の深刻な病状を悲観的に見てそう告げてきた。


 だがそれに対し、ジークは首を横に振り言い放つ。


「なんで、お前が謝る? 俺が好きでやっている事だ。迷惑だなんて思った事はない」


 そこで、彼女もまた反論してくる。


「ジーク……気持ちは嬉しい。けど、あなたの人生を私の為に無駄にしてほしくない。あなたは、あなたの為に生きるべきよ! ただでさえ、あなたの心と体はあの戦争で疲弊しているんだから。もっと自分を大切に――」


 そんな熱の籠った口調であったために、彼女は言葉の途中で酷く咳込んでしまった。ジークはそれに慌てて彼女の体を摩る。だが、咳は酷くなる一方で、彼女は遂に過呼吸を起こしてしまう。


「ヒュー……ヒュー……」と呼吸をするだけでも辛い様子。


 それでも、彼女は

「ジーク……、私も……あなたの貴重な……時間を奪ってしまった……」と言葉を絞り出してくる。


 それにジークは

「もう喋るな。今、呼吸器を繋げてやるからな」と告げて彼女とは取り合わない。


 そして、彼はシャーリーの口に呼吸器のマスクを取りつけ、機械の電源を入れる。


 その時すでに、彼女は気を失っていた。ただ、徐々に彼女の顔色はよくなっていき、呼吸も安定してきてはいる。


 それに、ジークは一先ず安堵した。


 その時だ。突然、玄関ドアをノックする音が室内に響き渡った。


「ん? マーレか?」


 ジークはそう思い、何の疑問も抱かずにドアを開けた。それがジークをさらなる苦難へと貶める幕開けになる事も知らずに。


 そこにいたのは、招かれざる客。黒のロングコートを纏う物々しい雰囲気の男どもが五体も待ち受けていたのだ。


 すると、その内の一体がドアに足を挟みながら

「どうも。ジーク・サタン殿ですね? ご同行を願えますか?」と問いかけてくる。


 そこで、ジークは男どもを睨みつけつつ、

「ジーク・サタン? 誰だか知らんが、人違いだ」と白を切った。


 しかし、奴らは初めからジークの素性を知っていた様子。


「いいえ。人違いではありません。確かに、あなたがジーク・サタン殿で間違いはない。我々と共に来てもらいますよ」


 男はそう告げてきたのだ。


 それを聞くとジークは怪訝な表情を浮かべ

「何者だ?」と問い返す。


 しかし、奴らは答えようとはしてこない。


「それは、すぐに分かる事ですよ。我々と共に来れば」とはぐらかし。


 その態度にジークは奴らをさらに訝しむが、元より何であれ付いていくつもりなどない。


「断ると言えば?」


 そう問いかけると、男は即座に

「無理やりにでも、連れて行きます」と告げてくる。


 つまり、奴らの最初の問いかけなど事務的なものでしかなく、こちらに拒否権もなかった。ただ、それは分かり切っていた事でもある。


 それに対し、ジークは挑発混じりに

「やれるものなら、やってみろ」と言い放つ。


 すると、男はため息を漏らしつつ、

「そうですか。こちらとしては、それで構いませんが……」と告げてくる。


 それを皮切りに、ジークは男目掛け殴りかかっていった。


 だが、奴は身動き一つ取らない。その代わりに、口を動かしてくる。


「ですが、すでにこの建物は我々の部下が取り囲んでおります。抵抗を試みるなら、後ろの少女の命は保障できかねますね」


 男はすでに目と鼻の先にまで迫っていた拳に対し、瞬き一つせずそう告げてきたのだ。

 

 それにより、ジークの動きは完全に封じられてしまった。そして彼は、成す術はないと早々に悟る。病床に伏す彼女を守りながら、何体いるかも分からぬ悪魔を相手にするなど不可能に近い。


「ッ……わかった。だが、彼女には絶対に手を出すなよ」


 ジークは苦虫を噛み潰した様な表情でそう答える。


 それに奴は頷きつつ、

「ええ。ご安心ください」と答えてきた。


 それと同時に、ジークは奴らに連行されていく。両脇をガタイの良い男にしっかりと抱えられながら。


 ただ、その最中ジークはシャーリーを一目見た。


 彼女は、眠りについたまま微動だにしない。しかし、その寝顔はマスクに覆われていても、美しくある。まるで、王子様のキスを待つ白雪姫の様に。


 そんな事をジークは柄にもなく、思ってしまう。


 そして、これがジークの目にしたシャーリーの最後の姿となった。 




 その後、ジークは装甲車に乗せられ、どこかに運ばれていた。窓のない装甲車からは周囲の景色は窺えない。ただ、荒れ地をひたすら走り続けているのは、地面から伝わってくる振動で分かる。


 あれから、二時間から三時間程経っていたと思う。その時、装甲車はいきなり停車する。

 そして、装甲車のハッチが開けられ、ジークは引きずられる様にして車外へと降ろされた。


 すると、すぐ目の前には巨大な屋敷が佇んでいた。五階建てもある赤と黒の外観に、至る所に蛇の装飾が施されたそんな屋敷が。それは、華美と言うよりも、下品に近い。


 また、それを見たジークは、すぐさま嫌悪感を示す。彼にはこの屋敷に覚えがあったのだ。というよりも、彼はかつてこの屋敷に住まわされていた。


 ここは、サタン家の本拠。魔界を武力で統べる名門サタン家の主、アーク・サタンの根城である。


 そして、ジークはアークの次男坊であり、次代の総大将候補であったのだ。


 彼はこの屋敷に二度と戻るつもりなどなかった。けれど、今こうしてここにいる。その事に嫌悪感を示さずにはいられなかった。


 しかし、ジークの気持ちなどいざ知らず、奴らは彼を屋敷の中へと引きずり込んでいく。 


 やがて、ジークは長い廊下を歩かされ、奥の巨大な部屋へと通された。


「失礼します。魔王様。ただ今、お連れ致しました」


 男は部屋に入るなり、跪き畏まっていた。中央にいる巨大な人物に対して。いや、それは到底人などとは呼べない。5メートルを優に超える巨大な肉塊である。その肉塊は全身が脂肪に包まれ本来ある筈の腕と足、さらに顔すらも埋もれていた。辛うじて二本の長い角のお陰で頭の位置はわかる状態である。そんな醜悪な物体ではあるが、彼こそが魔王であらせられた。


 そして、魔王はその図体を包み込む程の巨大な玉座に腰かけ、入り口で佇むジークを見下ろしていたのだ。しかしそれは、見下ろすというよりも蔑んでいる様にも見える。


 すると、魔王はドスの利いた声で連中へと告げてきた。


「ご苦労であった。下がってよいぞ」


 それに従い、ジークを連れてきた連中は部屋の外へと出ていく。そして、重々しい音を響かせながら、入り口の戸は閉められた。


 それを機に、魔王はジークへと語り掛けてくる。


「久方ぶりだな。ジークよ。相変わらず、憎たらしい顔をしておるわい」と嫌味を含んだ口調で。


 しかし、ジークがそれに取り合う気などさらさらない。彼は目の前の奴と余計な会話を交わしたくはなかったのだ。


「で、父上。何の用があって、こんな真似をしてきたんですか?」


 そう問いかけ、ジークは結論を急ぐ。


 だがそこで、魔王はため息混じりに無駄口をさらに叩いて来た。


「せっかくの再開だというのに、何の感想もないのか?」


 そして、それには嫌悪感を示したジーク。


 彼は魔王を睨みつけながら、

「俺はあんたの顔など、二度と見たくはなかった」と吐き捨てる。


 すると、魔王は凄まじい声量で怒鳴りつけてきた。


「実の父に対して、なんて口の利き方だ!」


 それも、声は部屋中のありとあらゆる物を大きく揺らし、花瓶や窓ガラス。それに、彫像までも破壊してしまう。周囲の空気は一気に張り付き、両者の間には緊張感が走った。


 そして魔王は、顔に青筋を浮かべ、大きく腕を振りかぶってくる。


 そこでジークは、奴を睨みつけながら、はっきりと告げた。


「いつもそれだ。気にくわない事があれば、すぐに怒鳴り散らし、手を上げてくる。そういう所も含めて、俺はあんたが嫌いなんだ」


 すると魔王は、思いとどまったのか、その腕をゆっくりと下ろしてくる。


 ただ、奴は反省した様子もなく、苦言を呈してきた。


「お前の兄は、文句も言わず従順だったというのに。お前には可愛気がないな」


 それを聞いたジークは思わず、

「ふざけるなよ! 本当にそう思っているのか!? 兄貴は俺の為に声を上げなっただけなんだぞ!」と怒鳴りつけた。


 しかし奴は、それに取り合わず話を逸らしてくる。


「フンッ、まぁよい……。興が覚めた。そろそろ、本題に入らせてもらう」


 その態度にジークは舌打ちを漏らす。ただ、奴にこれ以上何を言っても無駄であると思い、黙って聞き入った。


「お前を呼びつけたのは、大事な任を与えてやろうと思ったからだ。あの忌まわしき戦争の終結に際して、天使共が天魔共同自治区なるものを造り出した事は知っておるな?」


 そう問われたジークは怪訝な表情を見せながらも「ああ」と投げやりに答えた。


 『天魔共同自治区』とは人間界にかつて存在した日本と呼ばれる地域に造られた地区である。それも、特異な事に天使と悪魔により共同運営される都市であった。凄惨な戦争を二度と繰り返さないよう互いを尊重し助け合っていく事をモットーに創られた都市は多くの天使と悪魔の目には平和の象徴として映っていた。その実態はどうだか知らないが。


「そこに新しく、天使と悪魔のための学び舎が開かれることになったそうでな。名をフロンティア学園というのだが、お前がそこへ招待されておる」


 父がそう告げてくると、ジークは食い気味に問いかけた。


「俺がか? なぜだ?」


 それに対し、魔王はうんざりした様子で答えてくる。


「魔界で、もっとも影響力のあるサタン家に誘いを掛けて来るのも当然であろう。まぁ、表向きの理由としてはな」と含みを込めた言い方で。


 そして、彼は続けて語り出す。


「聞くに、学園を無事卒業した学生は、自治区内の重要な役職に就くことが約束されるそうだ。つまりは、エリートの養成学校の様な物だな。そして、天使連中の名家、その多くが跡継ぎを通わせるそうだ。しかも、最初に名乗りを挙げたのが、あの天界三大名門家ラファエル家、ガブリエル家、ミハイル家だ。これをお前はどう見る?」


 そんな事を魔王は問いかけてきた。恐らく、奴はそれを陰謀だのなんだのと言いたいのだろう。だが、ジークはそんなことなど妄言も甚だしいと考える。だからこそ、適当に答えた。


「さぁな。興味もないな」


 すると、魔王はため息を漏らした後、語気を強めながら持論を延べてきた。


「はぁ、愚か者が! ここまで言っても分からぬのか! ワシは奴らが何か良からぬ事を企んでいると、睨んでおるのだ。なんせ、学園には天使と悪魔の要人が一挙に集められるのだからな。それも、天使連中は学園に莫大な資金を費やしている。これを連中の策略と見ずに何と見るのだ!」


 すでに、ジークは察っしていたが、黙って聞き入る。内心反吐が出る思いであったが。


「一先ず、お前は学園へと通いつつ、天使連中の企みを暴け。よいな? これ以上ワシを失望させるとどうなるかわかっておるな?」

 

 そう問いかけられたところで、ジークは奴を睨みつけながら問い返す。


「どうするつもりだ?」

 

 すると奴は、口角を僅かに上げて、言い放ってきた。


「聞くに、お前には手塩にかけている女子がおるそうではないか?」


 それに対し、ジークは語気を強め

「彼女に手を出せば、いくら父親とはいえ、お前を殺す」と告げる。


 だが、奴はそれを笑い飛ばしてきた。


「フンッ、そうされたくなければ、結果を残す事だ。三年間。学園に通える猶予はそれだけあるのだ。いくら、出来損ないとはいえ、それだけあれば成果は残せるだろう?」


 そう問いかけられた事に、ジークは激しい怒りを覚えるも、何も言い返せなかった。


 あるかどうかも分からぬ企みを暴くために息子は道具のように使われる。しかし、それは今に始まったことではない。昔から魔王は、息子達を道具の様にしか思っていなかったのだ。あの時、あの戦争が終幕を迎えるまでの2年間。ジークと兄は魔王の命で戦わされた。齢一〇歳と一二歳であったにも関わらず。


 父親は昔から何も変わってはいない。そしてジークも、過去の試練同様に抗う事ができなかった。


 すでに、足を踏み入れた先には地中深くで不穏な種が根付いている。それは腐敗と陰謀と悪徳という名の種。それらが粉砕機にかけられ、ジークの身にぶちまけられる。


 それが必然か仕組まれた罠やら、今の彼に知る由もない。 

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