17話 仕掛けられた罠①

 やがて、ジークとアイシャはアリシア達と別れる事になる。


 その別れ際、アリシアはジークに告げてきた。


「いい? 今回の件に関わらず、あなただけで解決できない問題もあるわ。自身の力を過信しすぎない事よ。何かあれば私達を頼りなさい。必ずあなたの力になるから」


 それにジークは笑みを浮かべ

「そいつは心強い」と答える。


 その後、ジーク達は足早に話を切り上げ、各々の教室へと入り込んでいく。


 時刻は8時45分。その頃には、ジークの体も一人で歩けるくらいには回復していた。


 そして、教室内はいつも通りの騒々しさに包まれている。


 複数人で机を取り囲み話し合う者達、ホワイトボードに落書きをして遊ぶ者達、プリントで飛行機を作って飛ばし合う者達など様々であった。中には静かに読書にいそしむ者もいたが、そんな喧噪の中ではジークとアイシャが教室へと入ってきた事を気にする者などいる筈もない。


 奴、エレク=ラジエルを除けば。奴はいつも通り、教壇の前で大勢の女学生達に取り囲まれ、何やら会話を交わしていた。それはまるで、昨日は何事もなかったかの様に。


 しかし、ジークとアイシャが席に着こうとした、その瞬間に奴はこちらへと一瞬だけ目を向けてきた。


 ただ、奴はチラリとこちらを見ただけで、特段何かをしてくる気配はない。奴はその後も女学生達と話し合いを続けていた。


 それに疑問を抱いたジークであったが、今は奴と関わり合いになりたくはない。このまま、授業が終わりシェルターへと辿り着くまで何事もない事を願うばかりであった。


 するとそこで、前に座るアイシャがこちらへと振り向いてくる。その表情は不快感を露わにした様な表情であった。


「あいつ……、一瞬だけうちらの事を見てきたのに気がついた?」


 そう問いかけられたジークは頷く。


「ああ。だが、今のところ何かしてくるつもりもなさそうだ。恐らく、ミーシャ以外は眼中にすらないのだろうな」


 それを聞くとアイシャはジークから視線を外し、再びエレクの奴へと目を向けだした。


 そして彼女は不安気に心情を吐露してくる。


「そうやね……。でも、確実に何か企んでる。ミーシャを学園まで連れて来るのも危険なんじゃ……」


 そこでジークは、

「そうだろうな。しかし、それは承知の上だ。学園にさえ辿り着ければ不安は解消される」

と彼女に言い聞かせた。


 すると彼女は、ただ一言

「うん、そうやね……」と答えて口を閉ざしてしまう。


 その様子にジークは特に何も言ってやる事はできなかった。


 二人の間には周囲のざわめき声と時間だけが過ぎていく。始業開始のチャイムが室内に鳴り響くまでは。


 やがて、チャイムが鳴り止むと、イアンが室内へと入り込んできた。それと同時に、散り散りになっていた学生も各々の席へと付いていく。当然、エレクも。 


 ジークはその様子を、ずっと目で追っていた。すると、不意にアイシャがこちらへと振り向いてくる。しかし、今度はどこか焦った様子。


 それをジークは妙に思い、問いかけた。


「どうした? 具合いでも悪いのか?」


 すると彼女は、間の抜けた声で

「昨日出された課題をやってない!」と答えてくる。


 それには、心配して損をした気分にさせられた。しかし、課題をする時間なんてジーク達にはなかったのだからしょうがなくもある。 


 そこで、ジークはため息混じりに

「なんだそんな事か……。安心しろ。俺もだ」と告げた。


 それに対し、彼女は口を尖らせ、突っ込みを入れてくる。


「それ、なんも安心できやん! 次に当てられるのは、うちなんやから」


「そうか、それは災難だな。なら、少し手伝ってやるさ」


 ジークは投げやりにそう言い放つと、机の横に掛けられた学生カバンを開けた。


 そして中から、筆記具と課題のプリントを取り出そうとして気が付く。


――俺はカバンを持ってきてなどいない。なぜ、ここに俺のカバンが掛けられているんだ?


 そう不振に思い、カバンを凝視しようとした。


 その時、中から突然なにかが飛び出してくる。


「ッ!?」


 それをジークは反射的に弾き飛ばした。それは、柔らかく弾力のあるゴムの様な感触。それを感じると共に何かがはじけ飛び、同時に汁の様な物が周囲に飛び散った。


 そのはじけ飛んだ物は跡形もなく砕け散っている。しかし、ジークは汁を浴びてすぐに襲われた倦怠感と異常な熱さにより、それが何かを理解した。


――これは、ヒュドラか!?


 そして、ジークはまたもやヒュドラの毒を食らっていたのだ。ただ、昨日ヒュドラの毒を食らっていたお陰で、すでに体の中には抗体が出来ていた。すぐに倦怠感と体から発せられる熱は引いていく。


 だがその時、目の前のアイシャが椅子から音を立てて崩れ落ちる。


 すると周囲からどよめきが上がった。


「え!? なに?」

「何だ!?」


 それは、ジークが思わず毒をまき散らしてしまった事により、彼女にまでも影響が及んでいたのだ。ただ、不幸中の幸いか、影響は目の前のアイシャだけ。


 そこでジークは、慌てて彼女を抱きかかえる。


「大丈夫か!?」


 ジークがそう問いかけると、彼女は

「う、うん……らいじょうふ……」と答えてくるが、呂律は回っていない。


 そして、体も非常に熱く少し痙攣していた。明らかに身体に異常をきたしている。


「大人しくしていろ。今、医務室へと運ぶ」


 ジークは彼女を抱きかかえながらそう呼びかけた。


 すると、この状況をまだ呑み込めていないイアンが怪訝な表情を浮かべながら、こちらへと近づいてくる。


「一体、どうしたのですか!?」


 それにジークは

「体調不良だ。彼女を医務室へと運ぶ」と答え出口へと向かって行った。


 そこでイアンも事態に気が付き

「あ、えっと、ジークさん、お願いしますね。医務室には連絡を入れておきますから」


 そう言って、ホワイトボード脇に備えられた内線電話を掛け始めた。


 そして、ジークはアイシャを連れ教室を後にする。その際、ジークは視界の端にエレクの顔を捉えた。その時の奴の顔は、口角を僅かに上げ怪しげな笑みを浮かべている様だった。


――これは確実に奴の仕業だ


 そう思うも、今はアイシャの身を案じる方が優先。


 ジークは怒りを鎮め、医務室へと急ぐのだった。

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