2話 アリシア=ミハイル
その時、ミレイがジークの腕を引き、小声で語り掛けてきた。
「ジーク様、またあの女狐ですよ。見つかればきっと厄介なことになります。ここは迂回しましょう」
だが、彼女が語り掛けてきた時点で、すでに何もかもが遅かった。ジークはアリシアと目が合ってしまっていたのだ。
そして、彼女はこちらへと微笑みかけてくる。
「見つけたわよ。ジーク・サタン! 今日こそは、お相手をしていただくわ!」
開口一番に彼女はよく通る声でそう告げてくると、同時に人波をかき分けてきた。
それに、ミレイが
「ジーク様、こちらへ」と手を引き彼女とは反対側へと逃げようとする。
しかし、目の前には4人の女天使と男天使? が立ちはだかった。赤、黄、青、緑、ピンクのバリエーション豊かな天使達。そいつらはアリシア親衛隊5人衆と呼ばれている変な奴らだった。
「サタン殿ぉっ!!! ここは正々堂々ミカエル様と勝負をッ!!!」と暑苦しく赤髪が告げる。
それに続いて、
「逃げるのかー? この腰抜け悪魔め」と挑発的な黄色髪。
「わたs……からm……お願いd……」とクールな印象を持たされるが、なぜか語尾だけ消え入りそうな声の青髪。
「そういうことー」と気怠そうに便乗する緑髪。
そして、最後に
「うふんっ❤ 勝てたらいいことをしてあげるわぁよ❤」と一人だけやたらとガタイのいいピンク髪(オネェ)。
ジーク達はそいつらの三文芝居に乗せられ、なし崩し的に取り囲まれてしまう。 正直、こんな目立つ連中に接近されるまで気が付けないなんて迂闊だったとしか言いようがない。
そして、アリシアは入学式以降ほぼ毎日と言っていい程、ジークに戦いを挑んできていた。初めの方は待ち伏せなどせず、すれ違いざまに頼まれる程度であった。ジークはその度にのらりくらりと彼女の頼みを断ってきた。しかし最近になり、そのやり口が段々と強硬的になってきている。今回も彼女自身が囮の様な役割を果たし、部下にジーク達を包囲させる作戦と思われた。
そこで、ミレイは周囲の親衛隊を見渡し
「これは……、面倒事に巻き込まれてしまいましたね……」と呟く。
一方のジークはため息を吐き、左腕に付けられた腕時計を確認する。時刻は8時半、始業時間まで、まだ20分もあった。そこで、ジークは重ねてため息を漏らす。
すると、とうとうアリシアが目の前まで来てしまった。そして、彼女は意味ありげな表情で微笑みかけてくる。
「さぁ、始めましょうか?」
しかし、ジークはそれを突っぱねた。
「断わる。お前に付き合ってやる時間などない」
「また、それ? 少しくらいだったらいいでしょ?」
それに対し、ジークは少しきつい言い方で告げた。
「言い方を変えよう。下らんことに時間を割きたくはない。それと、俺の時間を安く見るな」
すると、彼女も真剣な表情となり、言い放ってきたのだ。
「決して下らなくはいわ。私の『
そしてジークは、それを聞いた途端に何度目かのため息を漏らしてしまう。
彼女の言う『
ただ、ジークはそれを理解した上でも、彼女と取り合う気などない。
そもそも、彼女はジークの『
「勘違いするな。俺とお前の相性がいいわけがない。第一、俺を撒き込むな。他の奴に頼め」
ジークはそうあしらった。だが、彼女も中々折れてはくれない。
「いいえ。こんな事、あなたにしか頼めないわ。それに、あなたが何と言おうと、私は確信しているのだから。私とあなたが戦う事は運命だって」
そんな訳の分からない事を彼女は言ってくる。
それに対し、ジークは否定する気力すら起こらなかった。ただ、依然として戦うつもりはない。そこで、ジークは周囲を見回しながら告げる。
「はぁ……、もういい。しかし、このままだと大勢の者達をお前の事情に巻き込む事になるぞ? それでもいいのか?」
ジークの言う通り、今は登校時間であった為、先程から多くの天使と悪魔が横を通り抜けていた。こんなところで、戦闘を繰り広げれば、無関係な連中をも巻き込んで仕舞い兼ねない。
しかしその時、アリシアはおもむろに右手を挙げて
「それに関してはノープロブレムよ」と告げてきた。
それと同時に親衛隊全員の手から光輝く棒が出現する。そして、連中は一斉に棒を地面に立てた。すると、5本の棒は天高く伸びあがり、透明なビニール幕の様な物質で五角形に繋がれる。そして中には、いつの間にかジークとアリシアだけが取り残されていた。ミレイや通行人を外に弾き出して。それは、まるで光でできた歪なリング。
「ジーク様!」
ミレイが中に入り込もうとしても、幕に体が弾かれて入り込めない様子。
そこで、親衛隊が棒を持ち上げて、少しずつ距離を取り始める。すると、リングはさらに広がっていく。
さらに、この光景に興味を示したらしい野次馬連中も、ぞろぞろとリングの周りに集まり出してきた。
「あれって、ジークさんとアリシアさんだよな?」
「ああ、最強の天使と悪魔の頂上決定戦ってところか! こいつは見物だな」
野次馬達は、そんな事を話しながら盛り上がりを見せていた。
そして、アリシアはこの光景を前に、したり顔で問いかけてくる。
「これでいかが?」と。
正直、ここまでの強硬手段は初めてであった。だからこそ、ジークは説得しきるのが困難だと察する。
「ここまでしてくるか……。なら、少しだけは付き合ってやる」
ジークはそう言うと、彼女と向き合い仁王立ちする。
それに、アリシアは笑みを浮かべ
「そうこなくちゃね」と告げてきた。
しかし、そこでジークは出端を挫く様な言葉を付け加える。
「最初に言っておくが、俺は勝負をする気などない。お前が飽きるまでの練習台くらいにしかなれない」
それに彼女はムッとした表情を浮かべ、問いかけてくる。
「……それって、私への侮辱のつもり? それとも挑発? あなたが本気を出す程の相手ではないという」
「そうではない。俺は――」
ジークは少し言葉を詰まらせるが、話を続ける。
「いや、俺には戦う理由が存在しないだけだ」
その様子にアリシアは若干の不信感を抱いている様だったが、
「……そう。だったら、本気にさせてあげるわ!」と言い放ってくる。
そして、彼女はジークから少し距離を取り、右掌を天に掲げ出した。すると、彼女の腕を中心に眩い光が放たれる。それは一刻、目も開けていられない程の眩い輝きとなったが、徐々に光は彼女の腕の中に吸い込まれるように収束していく。
やがて、光が落ち着くと彼女の腕の中には、透明な何かが握られていた。それは、向こう側の景色が見える程の鮮明な透明色である。それでも、彼女が何かを握っているのは理解できた。その何かが周囲の大気を歪ませることにより、輪郭が浮かび上がっていたから。
「あれは、刀か。そして、これがこいつの『天の御加護』……」
ジークは表情一つ変えず、そう呟く。
『天の御加護』とは天使固有の特殊能力である。大気に混じる熱や光、周囲から生じる衝撃などのエネルギーを肉体に取り込み、それを能力として変換し発現させる力。また、取り込むエネルギーや変換される能力は個々により違うが、彼女の場合は何かを刀に変換する能力の様であった。今のところそれだけしか分からない。
そして彼女は
「私の右手は熱を帯びる! 食らいなさい! 灼熱の“斬烈波”を!」と叫び、ジークに向けて刀を振り下ろしてきた。すると、刀が振り下ろされた箇所から、大気に歪が生じ出す。それが次第に、波紋のように凄まじい速度で伝播していった。
――これは、衝撃波か? 確かに速いが、躱せない程ではない。
ジークは眼前まで迫ってきた斬烈波とやらを少し体を逸らすことで躱す。すると、後方の幕へと当たり、大きくたわみが生じるが、次第に幕は収縮し元に戻っていった。どうやら、この幕は能力を吸収する効果もあるようだ。しかし、これがどこまで耐えきれるかはわからない。彼女も本気で撃ち込んではいないだろうから。
ジークは冷めた目でそんな分析をしていた。
だが、その態度がアリシアの癪に障ったらしい。
「よそ見していていいのかしら? 今のは、ほんの挨拶がわりでしかないのよ!」
彼女はそう言い放つと、ジークの下へ勢いよく向かってきた。アリシアとジークの距離は一瞬のうちに詰まる。しかし、ジークは相変わらず表情一つ変えずに、ただ彼女を待ち受けるのみ。
すぐに彼女はジークの間合いへと入った。それでも、ジークは身動き一つ瞬き一つ取らない。それに彼女は苛立ちを露わとする。
「ッ! そこまで私をコケにするのね!」
そして、アリシアの刀は彼の体を真っ二つに引き裂こうと薙ぎ払われた。
ジークの体へと勢いよく迫りくる真空の刀身は凄まじい風圧と威圧感を放っている。
しかし、刃は途中で硬い何かに引っ掛かり止まる。それもジークの体に当たる前に、音もなく。彼の人差し指と中指に刃が挟まれたことにより易々と止められてしまっていた。
アリシアが必死に刃を押し進めようとしてもビクとも動かない。それだけではなく、刃は引き抜けもしなかった。彼女は完全に力負けしていた。それでも、彼女は必死に刃の角度を変えようとしたり、刀の背を叩いてみたりして押し進めようとしている。
だがジークは、そこで無慈悲にも刃をへし折って見せた。すると、折れた刃は花弁の様に散り散りとなり宙に霧散していく。
その光景に、彼女は酷く衝撃を受けていた。
「嘘でしょ……!? 私の
そして彼女は呆気にとられ、折れた刀を見つめたまま固まってしまう。
そこで、ジークは
「もういいだろ?」と諦める様に促した。
しかし、彼女は首を横に振り距離を取る。次いで、折れた刀を天に掲げ出す。
「いいえ……、まだよ」
そう告げると再度眩い輝きを放ち、刀が復元されていく。しかし、復元さていく刀は先程よりも激しく刀身と周囲の大気を大きく歪ませだした。それも、次第には刀の形も大きく崩れ出し、周囲に熱を放ちだす。そして彼女が握る物は、最早刀とは到底呼べない程にまで肥大化していた。それは、刀というより巨大な丸太を握っているに等しい。あまりの大きさと熱に彼女の周囲は常に揺らめいている。まるで蜃気楼の様に。
その威圧感は凄まじいものであった。そのため、周囲の観客は大いに沸き上がっていたが、ジークは未だに冷めた目で見ている。
「こんなところで、それを振るうつもりか?」
「ええ。先程までの私は正直、無抵抗な相手を一方的に倒すことに躊躇していた。けれど、私は根本的なことを見誤っていたわ。あなたが魔王の息子だということを。ここからは甘えも遠慮も、その一切を捨てさせてもらうわ!」
彼女はそう言い放つと、巨大で歪な刀を構え、勢いよく向かって来る。
「……聞く耳は持っていなさそうだな」
そこで、ジークは諦めつつ身構えた。すると、彼女から刀が薙ぎ払われる。
「斬烈波ッ!」
彼女が叫んだのと同時に衝撃波がジークの下へ襲い掛かった。
だが、これは間違いなく囮。あの刀の様な物に比べれば、明らかに勢いは大人しい。本命を躱させまいとするための囮。斬烈波の後に追従してくる彼女は、刀での斬撃を確実に当てようとしているのだ。
――あれをまともに食らうのは避けたいが……
そう思い、ジークは斬烈波に対し最小限の動きで対処する。彼は斬烈波に合わせ、ただ右腕を振り下ろす。右腕と斬烈波がぶつかり合うと、眩い閃光を周囲に放ちだした。しかし、それも一瞬。すぐに斬烈波はジークの右腕に砕かれ、無残にも霧散していく。
そしてやはり、すぐさま刃がジークの体へと襲い掛かる。それは、あまりに早い。彼が斬烈波を打ち破るのとほぼ同じくして、すでに刀が振り下ろされていた。
――躱すのは、無理か。なら、少し力を開放する
ジークは咄嗟に左手を前に構える。
――“バイタル・アクセラレーション ハーフブースト”
彼は心の中でそう唱えると、刃を素手で掴み止めた。だが、一瞬のうちに左手は大気の歪みに呑み込まれる。そしてその瞬間、眩い光と火の粉の様なものが手の周囲で迸った。左手全体が熱され押しつぶされている様な感覚に襲われる。それと同時に掌からはとてつもない熱が走り、激痛に見舞われた。さらに、周囲には焦げ臭い匂いも漂いだす。
「ッ!?」
彼は顔を歪ませ左手を見た。歪な刃はジークの手を溶かし始めている。溶けた個所からジークの黒い血が少し流れ出るが、すぐに熱により蒸発させられていく。さらに、刃は確実に掌を抉り、徐々にではあるが手首まで辿り着こうとしていた。
バイタル・アクセラレーションとは簡単に言えば身体強化の魔術だ。しかし、ただの身体強化ではない。身体の一部機能を停止させ、意図的に危機的状況を作り出す。それにより、生存本能が呼び起こされ肉体のリミッターが解除されるといった能力であった。
だが、それでも彼女の刃は止められない。
――さすがは3大天使……
ジークは苦い表情を見せつつも、少し笑みを漏らす。彼はこの状況に少しばかり心を震わせていた。
そして、それを知ってか知らずかアリシアはけしかけてくる。
「いかがかしら? 降参するなら今のうちよ? でないと、その腕がどうなっても知らないから」
――たしかに、このままでは腕が二枚におろされる。それに、彼女は強い。本気で殺しに来てたなら、やられていたかもしれん。
そこで、ジークは刀身を掴み止めるのを止め、左腕を刃に大きく抉らせた。それにより、学ランと腕は一気に肘まで引き裂かれ、大量の血液が溢れだす。
「ッグ……!!」
ジークは襲い掛かる激痛に思わず顔をしかめる。
だが、その様子に一番戸惑っていたのはアリシアの方であった。
「あなた、何をやって――!?」
しかし、ジークの左腕はたとえ引き裂かれても止まることはない。彼は痛みに構わず裂けた腕をアリシアの首元まで伸ばした。次いで、首筋に爪を突き立てようとする。
「なッ!?」
眼前に迫る鋭い爪にアリシアは驚き、後方へと逃れようとした。
ところが、そこでジークが肘を曲げたことにより、刀ごと彼女の腕は彼の体の方へ引き寄せられる。そして、その反動で彼女は体勢を崩してしまう。
「しまっ……!!」
すると、彼女は勢いそのままにジークの体へ、もたれ掛かってしまった。それにより、彼女はジークの胸に顔をうずめ、固まってしまう。
さらに、その状態のまま数十秒程が経過していく。
しかし、ジークは隙だらけのアリシアには手を下さず、ただ胸の中の彼女を見下ろしていただけであった。
そして、しばらく胸に顔をうずめたままだった彼女が顔を上げてくる。すると、彼女は自身を見下ろしているジークを発見することとなった。
「へっ……?」
彼女はいまいち何が起こったのか理解してないのか、首を傾げ透き通った蒼い瞳を大きく揺れ動ごかす。そして、彼女の顔はみるみる内に紅潮していく。
「ンンンッッッ……///////!!!」
彼女は声にならない声で恥ずかしさを表現し、焦りと共に急いでジークの下から離れようとした。だが、その際に彼女は足が絡み、後方へと倒れ込んでしまう。それだけではなく、彼女は刀までも手放してしまった。そして、持ち手を失った刀は花弁が散るように崩れ、宙を舞っていく。
決着はすでについていた。その時、ジークは右手を彼女の下へと向かわせていたのだ。
ただそれは、彼女を仕留める為ではない。倒れ込んでいた彼女に手を差し伸べる為であった。
「全く……。ほら、立てるか?」
ジークがそう問いかけると、彼女は顔を逸らしながらも右手に掴まってくる。
そして、彼女はこの状況に悔しそうに呟く。
「ぐぬぬ……ありがとう……。けど、恥ずかしいからこっちを見ないで……」
そこでジークは彼女の要求を呑み、目を逸らしながら立ち上がらせると、
「怪我は?」と尋ねた。
それに、アリシアはスカートに付いた埃を払いながら、不服そうな表情を見せる。
「私の心配より、自分の心配はいいの?」
「ああ、左腕か。これくらいなら、問題はない。一日もすればくっ付く。俺はそういう体質だ」
ジークは二つに裂かれた左腕をヒラつかせる。すると、腕から流れ出ていた血もすでに止まっていた。
だが、アリシアはその反応が面白くないのか、顔をしかめてしまう。
「なら、よかったけど……。でも、それだと私の攻撃が大したことなかったみたいで、複雑でもあるわ……」
それに、ジークは首を横に振る。
「いや、お前の力には恐れ入ったさ。俺に傷を負わせたんだからな」
「クッ……、やっぱり妙に癪に障る言い方ね。まぁ、いいわ。今回は私の敗北だし……。けど、どうして隙だらけの私に攻撃を仕掛けてこなかったの? それ以前にも攻撃を仕掛けるタイミングなんていくらでもあったのに……」
その問いかけに、再びジークは首を横に振る。
「あんたは一つだけ大きな勘違いをしている」
「?」
そこで、アリシアは首を傾げた。
「最初に言ったはずだ。俺は勝負をする気などないと。だから、俺の勝ちでもあんたの負けでもない」
ジークは事実としてそう言ったつもりであった。だが、アリシアはそれを挑発と受け取ったらしい。彼女は再び顔を赤らめてしまう。今度は怒りによって。
「むっ!! やっぱり、あなたは私が必ず倒すわ!! 絶対によ!!!」
彼女はそう叫ぶと三度、天に腕をかざしだした。
だが、そこで水を差すように予鈴のチャイムが鳴る。少しばかりの静寂の後、アリシアは肩を震わせながら、
「……今日の所は見逃してあげる。だけど、次会うときは、必ずあなたの鼻を明かしてやるんだから!」と叫んできた。
そして、彼女は親衛隊に「行くわよ!」と号令をかける。
すると、親衛隊の5人は棒を仕舞いリングを解く。
次いで連中はジークに一礼すると、赤、黄、青、緑、ピンクの順に捨て台詞を吐いていく。
「いい勝負だったよッ! またなッ!」
「ま、ただの腰抜けではなかったようだね。それじゃ」
「付き合ってくれt……ありがt……。でh、しつれいすr……」
「うんうん。そういうことだねー。それではー」
「素敵だったわよ~❤ あたし惚れ惚れしちゃった❤ また会いましょ❤」
そして、最後にアリシアが
「せいぜい今日ばかりは、良い一日を過ごしなさい!」と吐き捨て、ジークの前から嵐のように去っていった。
ジークはその光景を眺め、ため息混じりに
「次は御免だ」と漏らす。
そして、彼は心の中で少し反省を述べる。
――少しアツくなってしまったな。あれ以上張り合われていたら、あいつを殺していたかもしれない……。まだ、俺も未熟ということか
その時、背後より近づいてきたミレイが語り掛けてきた。
「相変わらず、騒がしい連中でしたね……」
そこで、ジークは目線だけを動かして彼女を見る。
「ああ。ミレイ、まだいたのか」
ジークは正直、騒々しい連中の所為でミレイの存在を忘れかけていた。
すると彼女は
「当然ですよぉ! ジーク様のご活躍をちゃんと見ていたんですらね? あ、それとも、最近わたくしに冷たくするのに嵌っているのですか?」と訳の分からない事を言ってくる。
それに、ジークは『いつも通りだろう』と思ったが、面倒な会話は控えた。
「それより、俺の腕と学ランを適当に縫ってくれ。剥がれた靴底みたいで気持ち悪い」
そう言ってジークは裂けた左腕を彼女の前に差し出した。
「もう、人使いが荒いんですから……」
彼女は少し文句を垂れつつも、腰のポーチから裁縫道具を取り出す。そして、ジークの腕を掴み自身の体へと押し付けながら、手際よく縫い合わせていく。
「痛くはないですか?」
「あ、ああ」
ジークは痛みこそ気にはならなかったが、左腕から伝わる柔らかい感触の方は少し気になった。それは、わざとやっているのか、それとも無意識なのかという疑問である。ただいちいち反応するとミレイが付け上がるため、ジークは無視してされるがままを貫くことにしたのだった。
「はい、できました」
やがて、ミレイがそう言うと左腕は解放された。そして、ジークは腕を確認する。肌色の糸で縫われた腕は多少の違和感はあれど、裂けていることに気が付かない程綺麗に縫われている。黒の糸で縫われた学ランも同じだ。
「さすがの腕前だ。礼を言う」
「いえいえ、礼には及びませんわ。わたくしもジーク様を堪能させてもらいましたから」
彼女はうっとりとした表情でそう呟いた。
そこで、ジークは彼女の行動に呆れる。
「やはり、あの感触はわざとだったのか」
「いえ、実際のところ押さえつけた方が縫いやすかっただけですよ? ……それよりも、やはりってことは、わたくしの胸の感触をジーク様もご堪能なさっていたということなんですね! もう、言ってくれればいくらでも触らせてあげますのに……///////」
彼女は一人舞い上がり、そんなことを喋っていた。しかし、ジークはそんな彼女を置いてビルの方へ歩き出した。
「馬鹿を言ってないで行くぞ」
そう告げたついでに、ジークは時間を確認しようとして気が付いた。腕時計は彼女の攻撃により溶かされていたことに。
そこでジークは
「……すでに、良い一日とは程遠いな」と嘆くのだった。
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