第34話 来年へ
レイは近衛魔法騎士団本部にある『執行室』の執務室で正式な入隊手続きを終え、その証である懐中時計とコードネーム『天助』を与えられたあと、本部を後にした。
そして、何でも国王がアリシアの帰省を喜んで、小規模なパーティーを催すこととなった。
(親バカ過ぎるだろ、この国の王は……)
レイはもちろんそのパーティーに参加するように言われ、今、王城に借りた一室で正装に着替えていた。
レイがこんな堅苦しい格好をするのは、四年……いや、もう五年近くになるのか。
元ベリオール侯爵家の長男であるレイは、少し懐かしいような、でもやはり着心地悪そうな風にしていた。
「レイ、準備出来ましたか?」
軽くノックがされ、ガチャリと開いた扉からソフィリアが入ってくる。
王城内では別にレイの魔法師としての力を求められないので、ソフィリアもドレスアップしてパーティーに参加することになったのだ。
だから、レイの隣の部屋で着替えていたはずなのだが────
「どうかしました?」
「……ッ!? あ、いや……その……!」
(めっちゃ似合ってる……ッ!?)
レイは恥ずかしさのあまり目を逸らしてしまう。
しっとりとした質感のペールブルーのイブニングドレス。
出ているところは出て、締まるべき箇所はしっかりと締まっているソフィリアのボディーラインが明確に現れており、露出された鎖骨や肩がなんとも色っぽい。
そして、いつも下ろされている長い銀髪は緩く三つ編みにされており、肩から前に流されている。
いつも浮かんでいる頭上の光輪と羽は仕舞われており、今のソフィリアは可憐極まる一人の美少女だ。
「す、凄く似合ってるな……ソフィー」
「あ、ありがとうございます……。君の方こそ、カッコいいですよ……?」
「お、おう……」
二人の間に気恥ずかしい沈黙が流れる。
そして、この間をどうしたものかと困っていると────
「レイ様、ソフィリア様。そろそろ広間へお越しくださいませ」
と、王城の使用人が沈黙を破ってそう声を掛けてきたので、この気恥ずかしい雰囲気は晴れた。
「んじゃ、行くか」
「え……?」
ソフィリアは一瞬キョトンとした。
レイが隣に来て、右腕を差し出してきたのだ。
しかし、すぐにソフィリアはその意図を察してはにかむと、自分の左手をそっとレイの右腕に掛ける。
そして、二人はパーティー会場である広間に並んで歩いていくのだった────
□■□■□■
やはり、小規模のパーティーというだけあって、そこまで多くの人はいなかった。
名高い貴族が集まり社交の場を築く──というわけではなく、王家の人間と、親しい数名の人達のみだ。
そんな中、一際存在感を放っているのはやはりアリシアの父である国王だ。
一段高い場所に置かれた重厚で豪華な椅子に深々と腰掛けている。
そして、レイはそんな国王のもとへ案内された。
「お初にお目に掛かります国王陛下。私はレイと──」
「──ああ、よいよい。そなたのことはアリスから手紙でよく聞いておるわ」
深々と頭を下げ、挨拶をしようとしていたレイを手で制した国王は、優しく笑いながらそう言う。
「手紙で俺のことを……ですか?」
「うむ。そなたはとても強い魔法師で頼りになると……まあ、そうでなければ近衛魔法騎士団──それも『執行室』などには入れんがな! がはははははッ!」
「あ、あはは……」
そうレイが曖昧に笑っていると────
「お父様、要らないことを喋らないでください! レイも困っているではありませんか」
先程の話が聞こえていたのか、少し不満げに頬を膨らませるアリシアがやって来た。
長い金髪はハーフアップにされており、軽く化粧の施された顔はいつにも増して華がある。
また、ゆったりと裾の広がった淡い桃色のドレスは、上品さと可愛らしさを兼ね備えており、一層アリシアの魅力を引き立てている。
「おお、我が娘よ! 相変わらず実に可愛らしいな! そなたもそう思うだろ、レイよ?」
レイは国王に話を振られてビクッと身体を強張らせる。
アリシアもレイの感想が気になるのか、恥ずかしそうにしながらも、レイに視線を向けている。
「そ、そうですね……私も可愛いと思います……」
レイは言ってて恥ずかしくなって、最後の方は消え入りそうな声だった。
しかし、アリシアの耳にはしっかり届いたようで、ボソッと「ありがと」と呟いていた。
「どうだレイよ。アリスと一曲踊ってこんか?」
「お、俺がですかッ!? い、いやいやいや! 立場が違いすぎますって!」
「なーに、気にすることはない。ここにおるのは皆親しいものばかり。咎めるものは誰もおらんわ」
「え、えぇ……」
果たしてそういう問題なのだろうかと疑問に思いながらも、レイは「どうする?」とアリシアに視線を向けてみる。
すると、アリシアはしばらく恥ずかしそうに髪を指でクルクルしてから、スッとレイに片手を差し出してくる。
それを見て頭上にはてなマークを浮かべるレイではない。
レイは視線でソフィリアに「行ってくる」と伝えてから、優しくアリシアの手を取る。
そして、広間の中央へ移動し、互いに向かい合う。
「俺、久しくダンスなんかやってないけど……」
「はぁ、情けないわね。ま、いざとなったら私がリードしてあげるから大丈夫よ」
レイはアリシアの腰に手を添えて、互いに組む。
すると、準備が整ったことを確認した演奏団がワルツを演奏し始める。
曲に乗って、レイとアリシアは踊る。
アリシアはもちろんのこと、レイも長いブランクを感じさせない見事なステップだ。
「あ、貴方はさ……学院を卒業したらどうするワケ? やっぱりずっと『執行室』でやっていくつもり?」
「んん……あんまり考えたことなかったな。正直学院に通う理由もあるワケじゃないんだよな」
「そうよね……貴方は既に魔法師としてやっていけるだけの充分な実力があるもの」
アリシアはそう言って、どこか寂しげに視線を伏せる。
レイはそれを見てクスッと笑うと、「でも──」と話を続ける。
「別に学院に来たことは後悔してないぞ? 入学してなきゃ会長……いや、ケルト先輩やエリス先輩、他の生徒会の皆にも会えてなかったわけだしな……もちろんお前にも」
「わ、私と会えて……良かったの……?」
アリシアは少し不安げに視線をレイに持ち上げる。
「ああ、良かったよ。
最初はえらい突っ掛かってくる奴だと思ってたけど、やっぱり良い奴で、POKも一緒に戦ったし、時々教科書忘れたとき助けてくれるし……」
「最後のは治してもらいたいものだけどね?」
その言葉に、レイは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そして、話しているうちに曲のラストに差し掛かる。
「でもまあ、アリスに会えて良かったと思ってるのは、本当だからな?」
「……ッ!? ば、バカ……!」
その言葉を最後にして、曲が終わった。
レイとアリスは互いに向き合ってお辞儀し、ダンスを終える。
「来年もよろしく」
アリシアはプイッと顔を背けながらそう言う。
レイはなんだかそんなアリシアの姿が可笑しく思えてクスクス笑いながら、「ああ」と短く答えるのだった────
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