第01話 勘当されました……
これは大陸西部、アスタレシア王国で魔法の名門とされるベリオール侯爵家の屋敷での一風景────
「レイッ! 何でお前はこの家に生まれながら魔法の才に恵まれておらんのだ!」
(いや、知らんし……)
そう父──バルサに怒声を浴びせられるレイ十二歳は、心の中で不満げに呟く。
「おまけに魔法の勉強にも身が入ってない! お前の存在価値は何だと思ってるんだ!
この魔法の名門ベリオール家の長男としての自覚を持たんか!!」
バルサに吠え続けられるレイ。
こんなやり取りをこれまでに何度、何年間続けてきたか……もういつものことすぎて覚えてすらない。
そして、レイもこれまで堪えに堪え続けてきたが、ついに限界だった────
「聞いているのかレイッ!?」
「お父様……俺、どちらかというと剣術の方が好きかもです……」
「…………は?」
レイのその一言が、この場の空気を一気に氷点下にまで叩き落とした。
魔法の名門の一家に生まれながら、魔法の勉強に真面目に励まないどころか、ついにはそれ以外の道の方が好きだと言う。
バルサの逆鱗に触れるには充分すぎる言葉だった。
「貴様……そうか、わかった……」
「お父様……?」
「私をもう二度と父と呼ぶなッ! お前はもうレイ・ベリオールではなく、ただのレイだ!」
「な……何を言って……?」
「勘当だ。どうせお前がいなくなったところで、後継ぎにはお前の弟ルイドがいるから問題はない。加えて、お前より優秀だしな?」
レイはそれを聞いて頭の中が真っ白になる。
そして、そこからのことは非常に早かった────
レイは縄で拘束され、馬車に乗せられ、どこかへと運ばれる。
着いた先は街からかなり離れた山の中。
これまで自分にへいこらしていた使用人達が、レイを蔑むように嘲笑しながら、縄をほどいて山奥に捨てる。
置き去りにされたレイは、しばらく馬車が去っていった方向を呆然と眺めることしかできなかった。
家族に捨てられた────
その圧倒的絶望感にうちひしがれるレイ。
確かに自分は魔法の才に恵まれなかった。
魔法を使うのに必要な魔力を体内に保管できる量──
そのため、どうせ勉強してもたいした魔法師にはなれないとわかっていたからこそ、魔法の勉強をおろそかにしていた。
(はは……見限られるのも無理ない、か……)
レイは自嘲気味な冷笑を浮かべて、馬車とは逆方向に向かって歩いていった。
別に目的地はない。何かを目指して歩いてるわけでもない。
ただ、馬車の向かった先──レイの元自宅から「どこかへ行ってしまえ」と言われているような気がして、なんとなく逆方向に歩いていっているだけ。
やがて雨が降ってくる。
次第にその激しさを増し、時折稲光が瞬き轟音が鳴り響く。
レイの肩口辺りまで伸ばされた黒髪や、侯爵家の長男が着るに相応しい服、加えて今にも砕け散りそうな心までもがグショグショに濡れてしまっている。
そして、身体の芯まで冷たく冷やす。
この頬を伝う雫は、果たして涙かそれとも雨水か。
いや、両方だろう。
レイはただゆっくりと、ことさらにゆっくりとおぼつかない足取りで、地盤の緩んだ道なき道を歩いていく。
そんなとき────
「え…………?」
レイの視線の先に、少女が倒れていた。
まるで純銀を溶かし込んだかのような艶やかで美しい銀色の長髪。肌は雪をも欺く白さで、顔は硬く精緻に整っており、見るもを全てを魅了してしまうかのよう。
そして、人間には消してあるはずのない一対の純白の翼が少女の腰辺りから生えており、頭上には淡く光る光輪が浮かんでいた。
レイはその少女の正体を一目で理解する。
────天使だ。
遥か上空にあるとされる天界に住まう、完全上位種。
その姿を下界に住む人間達が拝む機会などほとんどなく、こうして目の前で見られるなど、人生に一度あればかなり凄い方だ。
しかし…………
「死んでるのか……?」
その天使は全身傷だらけで血が滲み、纏っている白い衣も所々が破けている。
レイはそんな天使の傍に歩み寄り、状態を確める。
すると、どうやらまだ息はあるようで、胸が上下している。
「……ま、俺には関係ないけど…………」
そう、今のレイには人助けならぬ、天使助けなどしている余裕はない。
これからどうやって生きていくか……いや、むしろこのまま死んでしまっても良いかもしれない。
どちらにせよ、他人に構っている場合ではないのだ。
レイはもう生気の光を灯していない黒い瞳で、満身創痍の天使を一瞥したあと、その横を通りすぎて歩いていった────
□■□■□■
「何やってんだろ、俺……」
一度は見捨てた天使を、レイは道を引き返して、今その背に背負っている。
何でこんなことをしているのか。
他人を助けられるような立場ではないのに。
それでもレイは、どうにもこの天使を見殺しにすることが出来なかった。
「どこかで治療しないと……」
そんな呟きは激しい雨音で掻き消される。
しかし、レイは確かにそう口にしたのだ────
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