第08話 出発前日の夜
レイとソフィリアは
突如現れた素性不明の二人組冒険者として、今少し話題になってしまっているくらいだ。
これだけあれば、アスタレシア王立魔法学院のある街──ルビリアに引っ越して家を借りても、当面の生活費は困らないだろう。
そして、ルビリアに向かう前日──魔法学院受験日の一週間と少し前の日の夜、レイとソフィリアはこの家での最後の夕食を取っていた。
いつもソフィリアが料理を作るのだが、今日の夕食も相変わらず美味しい。
本当に天使は万能なんだな、今は堕ちちゃってるけど……と、レイは心の中で思いながら完食する。
そして、入浴を済ませ、レイは二階の自室に入る。
(この家で過ごすのも今日が最後か……)
そう考えると非常に感慨深いものがある。
元々この家はしばらく使われていなかったボロい小屋で、そこに怪我だらけのソフィリアを運び込み、治療して、多少ゴタゴタがあったあと恩返しとしてソフィリアから魔法を学ぶことになり、この家が建てられた。
レイはそんなことを考えながら、ベッドに入る。
そして、目を閉じて心の中でお世話になったこの家に「ありがとう」と謝辞を述べてから、その意識を深いところに沈めていくのだった────
□■□■□■
────目が覚めれば朝になっていた……というのがいつもの流れだ。
しかし、レイは深夜を回った辺りで目を覚ました。
何か違和感──自分の身体に何か温かく柔らかいものが触れる感覚があったからだ。
横向きで寝ている体勢で、そのまま目蓋を開ける。
「あ、起きましたね……」
「いや……何やってんだよ……」
「添い寝というやつでしょうか?」
「なぜ疑問形……んで、それは見たらわかる。聞きたいのはなぜ添い寝をしてるかなんだけど?」
レイは呆れたような顔をする。
ソフィリアの頭上の光輪が淡く光を灯しているので、お互いの顔がぼんやりとだが見える。
ただ、この密着した互いの吐息すら感じられる距離でソフィリアと向かい合っているのだから、レイの精神が平静を保てているわけがない。
ポーカーフェイスで取り繕ってはいるが、実際心臓はバクバクしているし、心の中ではふがぁー! と叫んでいる。
「この場所で過ごせるのも今日で最後……少しこうやって君と話をしてみたかったんです」
ソフィリアはそう答えると、柔らかく微笑んで懐かしむように目を閉じる。
レイはこのとき、もしかしてキスを求められているのかと一瞬焦ったが、どうやらそうではないらしい。
「初めて君と出逢ったときもこの場所で、こういう風にしていましたよね」
「まあ、こんなに密着してないけどな? あと、片方は裸だったけどな?」
と、レイのツッコミにソフィリアが「冷静なツッコミで雰囲気を壊さないでください。あと、次それ言ったら怒りますよ?」と、不満げにジト目を向けて念を押す。
「でも、なんだか……ちょっぴり緊張しますね? 少し前まで君のことを子供で、弟がいたらこんな感じなのかなと考えていましたが……」
「ちょぉ──ッ!?」
ソフィリアが片手をレイの頬にそっと触れさせたので、レイは被っていた冷静の仮面を剥がされ、思わず情けない声を漏らしてしまう。
「時が過ぎるのは早いですね……いつの間にか私より背が高くなっていますし、少しずつ男らしさも出てきたような気がします。
……ドキドキします」
「…………ッ!?」
ソフィリアがどこか甘ったるく微笑む。光輪の光で淡く照らし出されたソフィリアの頬は僅かに赤く染まっていて、銀色の瞳はキラキラと輝いている。
また、セッケンの香りだろうか──ソフィリアの身体から甘い匂いが香り立ち、レイの鼻腔をくすぐる。
二人の間に不思議な沈黙が流れ、互いに相手の瞳から視線が離せない。
(な、何なんだよ……この雰囲気は……)
と、レイがゴクリと喉を鳴らすと────
「ふふっ……もしかしなくてもドキドキしてますよね?」
「へっ!? そ、そんなことはないですけれどもはい!」
レイは動揺のあまり変な口調になる。
そんなレイの様子を見て可笑しそうに笑うソフィリアは、レイの頬から手を離す。
「冗談ですよ。変な勘違いしないでくださいね?
初めて会ったときも言いましたが、たかが生まれて数十年の人間風情が私に惚れるなんてのは不敬ですからね?」
「っ……!?」
からかわれて面白くなかったレイは、機嫌を損ねて寝返りをうち、ソフィリアに背を向ける。
それを見たソフィリアは、少々やりすぎたかなと思ったが、謝る前にレイから言葉が飛んできた。
「ソフィーさ、どうして俺にここまでしてくれるんだ?」
「どういうことですか?」
「元々は、俺がソフィーを治療したことへの恩返しとして魔法を教えて貰ってた。
でもさ、四年間……そんな長い間俺は教えて貰ってる。ただちょっと治療しただけの見返りにしては贅沢すぎるだろ?」
レイがそう聞くと、ソフィリアはしばらく考えるように黙り込む。
そして────
「初めは私もこんな真剣に教える気はなかったかもしれません。
でも、君に魔法を教える日々……共に過ごす日々が悪くないものに思えて、それどころか結構夢中になってしまって……
私は多分、君が成長していく様を──そして、君が今後何を成していくのか見届けたいんだと思います」
「見届ける……? それは、俺がベリオール侯爵家に後悔させてやるって目的のこと?」
「まあ、それもありますね」
「じゃあさ、ソフィーは俺が目的を達成したら……帰っちゃうのか? 天界に……」
「……どうしたんですか? 急に寂しくなりましたか、可愛いですね?」
「うっせ……」
レイは否定しなかった。
帰る場所を失った自分に出来た新しい家。そこにはいつもソフィリアの存在があった。
既にソフィリアはレイの心の支えとなっている。
それを失うことを想像すれば、寂しく思ってしまうのは当然だ。
ソフィリアはそんなレイの丸まった背中を見詰めながら、複雑な表情で微笑む。
「それが私の目的ですし……いつかは必ず訪れる未来です……」
「……そっか」
レイの背中が一層小さくなった──ソフィリアの目には確実にそう映った。
そして、クスッと笑うとソフィリアはレイとの距離を詰める。
ただでさえ身体が触れ合うほどの距離だったのが、ソフィリアの身体前面が完全にレイの背中にくっつく。
ソフィリアの大きすぎず小さすぎない身体との完璧なバランスを保った柔らかく弾力のある二つの膨らみの感触が、背中越しにレイに伝わる。
そして、ソフィリアの細い腕がレイを抱き寄せるようにからめられる。
いつもなら恥ずかしさのあまり「引っ付くな!」とか「熱い!」とか言って拒絶するであろうレイは、今は大人しくしている。
ソフィリアから伝わる体温が心地良いのだ。
「今日は特別です……感謝してくださいね?」
ソフィリアはそう言って目蓋を閉じた。
そして、実は高鳴っているこの心臓の鼓動がもしレイに伝わっていたらどうしようなどと考えながら────
(伝われば良いのに…………)
無意識のうちに、ソフィリアはそんなことを心の中で呟いたあと、眠りに落ちていった────
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