第09話 いざ、『学院都市』ルビリアへ!

 ────翌日朝、レイとソフィリアは四年間お世話になった家に別れを告げ、街で馬車に乗りルビリアに向かい始めた。


 三日ほど馬車に揺られたところで、別の街で新しい馬車に乗り換え、そこから四日かけてルビリアに到着するのだった。


 馬車に乗っている間、ソフィリアが「本来の私であればこんなものを使わなくても空間を切り裂いて瞬時に目的地まで行けましたのに……」と、ブツブツ文句を言っていた。

 どうやら天界から追放されたことで、天使としての権能に制限が掛かっているらしい。


 また、ソフィリアの羽や光輪は注目を集めてしまうので、羽は仕舞い込み、光輪は消した。

 天使にとって光輪は外界のマナとの回路の役割を担っているらしく、光輪を浮かべていないソフィリアは、いたいけな人間の少女と何ら変わらない存在になる。


 レイはその間、普段と違うソフィリアのその姿に新鮮味を感じていたのだった────



 □■□■□■



 昼下がり、ルビリアに到着したレイとソフィリアがまず最初にしなければならないこと。

 それは────


「まぁ、ここがくだんの屋敷なんじゃが……」


 そうレイとソフィリアに話すのは、不動産屋の老人だ。

 ルビリアのメインストリートから少し外れたところにいる三人の目の前には、二階建ての立派──であっただろう屋敷が建っている。

 屋根のいたるところに穴が開き、窓は割れ、壁にはヒビが入ってしまっている。おまけに雑草が生い茂り、植物のツルが屋敷に巻き付いている。


「改修するにもこの有り様じゃと結構金が掛かるでなぁ……ほっておかれとった屋敷なんじゃ。本当にこれで良いなら格安で譲っても……いや、むしろ引き取って欲しいぐらいじゃ」


 老人は困ったように苦笑いを浮かべながら、古びたボロ屋敷を見据える。

 しかし、レイとソフィリアの瞳ははキラキラと光ってこの屋敷を映していた。

 なぜなら、今レイの隣に立っているこの堕天使様は、古い小屋を二階建てのリビング、ダイニング、キッチン、浴室、個室ありの家に改築した御方なのだから。


「ぜひこの屋敷を買い取らせていただきますッ!」


 レイの元気な返事に、半ば老人は驚いたように頷いて、この場でこれまでの冒険者稼業で稼いだお金の四分の一程度を支払った。


 最初は手頃な家を借りるはずだったのが、日頃の行いが良かったのかこんな屋敷を買えることになるとは。

 レイとソフィリアは老人が去ったあとハイタッチを交わした。


 そして、相変わらずのお手並みで、ソフィリアが壊れた外壁や屋根、窓ガラスどころか、遊び心で地下室なんか作ったりして……

 魔法による改築が済んだ屋敷は、それはそれは立派な姿を取り戻した。


 そして────


「こうして歩いていると、端から見れば恋人のように見えるのでしょうか?」


「んっ──ッ!? ごぼっごほっ……!?」


 屋敷の改築を済ませたレイとソフィリアはルビリアの石畳の美しい街道を並んで歩いていた。

 沈み掛かった茜色の陽光に照らし出されるルビリアの古風な街並み。もう少しすれば街道の脇に等間隔に置かれた街灯にも明かりが灯るだろう。


 そして、突然のソフィリアの言葉に、レイは思わずむせてしまう。

 そんな様子をどこか可笑しそうに見るソフィリア。


 羽を仕舞い、頭上にも光輪の浮かんでいないソフィリアは──本人は不服かもしれないが──人間の少女と同じ。

 ただ、数百年に一人レベルの美少女であるというだけ……


「ま、まあそれはともかく……今日はどこかで外食してみないか? 今思えば、ソフィーと外食したことなかっただろ?」


「そういえばそうですね。ずっと森の中に引き籠っていましたから……あ、でも私は時折食材の買い出しに街に降りていっていたので、引き籠りは君だけですね」


「おい、お前だけ抜け駆けなんてズルいぞ」


「大丈夫ですか? 崇高なる天使様としかコミュニケーションを取っていなかったので、人間の常識を覚えていますか?」


「人を人外みたいに言うな」


 そんな他愛のない話をしながら、レイとソフィリアはメインストリートから脇道に入り、少し歩いたところにある店の前で立ち止まった。


 凄く有名そうな高級レストランというわけでもなく、かといって髭面のおじさんが一人でやってる怪しげな居酒屋でもない。

 ひっそりとはしているものの、固定客が定期的に通う感じの落ち着いた雰囲気の飲食店だ。

 店名は『思わず天使も堕ちる美味しさ~コロコロ亭~』


 それは立ち止まらずにはいられないだろう、こんな店名。


「俺らにピッタリのところだな……」


「この店は私に喧嘩を売っているのでしょうか……? 喜んで買って差し上げましょう……」


「まあ、その前に料理を買ってあげような? ほら、行くぞ?」


 そう言ってレイは店のドアに手を掛けようとするが、ソフィリアがその場から動かずに佇んでいた。


「ソフィー?」


「エスコートしてください?」


「いや……エスコートするような店じゃないだろ……」


 しかし、ソフィリアはふふっと笑って片手を柔らかく伸ばしてきていた。

 ソフィリアは一度言い出したことはなかなか曲げない。


 レイは面倒臭そうにため息を吐いたあと、ソフィリアの傍に行き、片腕を横に張って腕の中に隙間を作る。

 元々は侯爵家の生まれ──レイはほぼ完璧に紳士の立ち居振舞いを心得ている。


 ソフィリアはレイの腕に自身の手を掛けるように持ち、ほどよく近付く。

 そして、レイもソフィリアも微かな緊張感と気恥ずかしさを覚えながらコロコロ亭に入っていくのだった。




 そして、アスアレシア王立魔法学院の入学試験は、今日から三日後のことになる────

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